第29話 残された者たち
いつも読んでいただきありがとうございます。
夜。
森から離れた場所。
簡易の野営地。
火が揺れている。
だが――
静かではない。
荒い呼吸。
血の匂い。
重い空気。
バルカスが地面に横たわっている。
脇腹。
深い傷。
布が何重にも巻かれている。
それでも、滲む。
「……っ……」
歯を食いしばる。
意識はある。
だが、動けない。
悔しさだけが残る。
「……クソが……」
掠れた声。
拳を握る。
だが、力は入らない。
視線の先。
焚き火の向こう。
セレナが座っている。
背筋を伸ばしたまま。
微動だにしない。
だが。
肩。
首に近い位置。
包帯。
赤が滲んでいる。
それでも、表情は変わらない。
ただ――
1ヶ所を見ている。
ヴァルクを。
その視線の先。
ヴァルクは立っている。
少し離れた場所。
火の外。
影の中。
剣は、ない。
鎧も、外している。
ただ立っている。
何もせず。
何も言わず。
沈黙。
その背中に。
バルカスが声を投げる。
「……なんで……」
途切れ途切れ。
「なんで……退いた……」
悔しさ。
怒り。
混ざった声。
沈黙。
ヴァルクは答えない。
バルカスの拳が震える。
「……俺は……まだ……」
言葉が続かない。
分かっている。
あのまま続けていれば。
自分は、死んでいた。
それでも。
飲み込めない。
その時。
セレナが、ゆっくりと立ち上がる。
静かに。
足音も立てずに。
ヴァルクの方へ歩く。
止まる。
1歩後ろ。
距離を保つ。
そして――
小さく、頭を下げる。
「……申し訳、ありません」
静かに。
はっきりと。
バルカスが目を見開く。
「おい、セレナ……!」
セレナは顔を上げない。
続ける。
「任務……遂行できず」
一瞬間を空け、
「足手まといとなりました」
声は揺れない。
感情を押し殺している。
だが。
その言葉の裏にあるものは――
重い。
ヴァルクが、わずかに振り返る。
目だけで、セレナを見る。
そして。
一言。
「違う」
低く。
それだけ。
セレナの肩が、わずかに揺れる。
顔は上げない。
だが、止まる。
ヴァルクはそれ以上言わない。
再び、前を向く。
沈黙。
だが、その一言で。
空気が、少しだけ変わる。
バルカスが歯を食いしばる。
「……っ!」
何も言えない。
悔しさが、胸に残る。
セレナは静かに下がる。
元の位置へ。
再び座る。
何もなかったように。
だが。
その視線は、変わらない。
ヴァルクへ。
まっすぐに。
しばらくして。
焚き火が小さくなる。
夜が深まり眠りにつく。
疲れ切っている。
誰も、言葉を交わさない。
ただ、休む。
その中で。
ヴァルクだけが、立っている。
動かない。
眠らない。
眠れない!
目を閉じることもない。
ただ――
考えている。
森。
狼。
あの女。
そして。
あの男。
短剣の。
一瞬だけ交えた感触。
「……やらなければならない!」
小さく。
誰にも聞こえない声。
その目に、わずかな光が戻る。
だが――
それだけではない。
視線が落ちる。
血。
自分のものではない。
2人のもの。
守れなかったわけではない。
だが――
傷付けた。
その事実。
「……次は………!」
低く。
確かに。
決意の声。
「逃がさない!」
「終らせる……」
風が吹く。
火が揺れる。
その光が、ヴァルクの影を揺らす。
静かに。
確実に。
次の戦いが、近付いていた。
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