謹慎明けの建国祭にて
長いようで短い三ヶ月の謹慎が明け、ついに建国祭の舞踏会当日を迎えた。
会場である王宮の大広間に一歩足を踏み入れた瞬間、華やかな旋律が止まったかのような錯覚に陥るほどの静寂が広がった。
かつての地味で控えめな令嬢、セレスティーヌ・ド・ロシュフォールの姿はどこにもない。
夜の闇を凝縮したような漆黒のシルクに、不吉なほど鮮やかな深紅の刺繍が這うドレス。銀髪を高く結い上げ、傲慢なまでに美しい笑みを浮かべた彼女の変貌ぶりに、居並ぶ貴族たちは息を呑み弾かれるように道を開けた。
セレスティーヌは、複雑な表情を浮かべる兄にエスコートされ、真っ直ぐに玉座の前へと進む。背後には、執事に擬態したアルベルトが影のように静かに従っていた。
セレスティーヌは一切の隙がない芸術的なまでに優雅なカーテシーを披露した。
「公爵令嬢セレスティーヌ・ド・ロシュフォール、謹慎を終え、建国を祝しに参りましたわ」
その凛とした声が響いた直後、玉座の隣にいたエドワード王太子が我慢ならないといった様子で身を乗り出した。その隣には、悲劇のヒロインのように瞳を潤ませ王太子の腕にすがりつく聖女の姿がある。
「セレスティーヌ! 謹慎が解けて早々、なんだその不遜な格好は! 陛下、この女はいまだ反省の色もございません。今ここで、我が愛しき聖女に謝罪をさせるべきです!」
王太子の言葉をなぞるように、国王が重々しく口を開いた。
「……セレスティーヌよ。聖女に対し膝を突き、心からの謝罪をせよ。さすれば、公爵家の面目に免じて処罰を軽減してやろう」
その不当な要求に、背後に控えるロシュフォール公爵夫妻の周囲に冷たい殺気が漂った。愛娘を不当に貶める国王の無礼に対し、焦るどころか今すぐ玉座を灰にし兼ねないほどの静かな怒りを燃やして国王を射抜いていた。
しかし、セレスティーヌは顔を上げるとくすりと艶やかに笑った。
「お断りいたします、陛下」
広間が爆発したような騒然とした空気に包まれる中彼女は喚き散らす王太子を路傍の石のように無視し、列席者の中にいた一人の男に視線を向けた。
公明正大な裁定者として知られ唯一王家に苦言を呈せる存在、王弟殿下である。
「私が謝罪すべき罪など存在しません。むしろ、裁かれるべきはこの場におられる皆様の方。……特にそちらの聖女様、ずいぶんと景気良く『聖水』を売り捌いていらっしゃいますけれど、その資金源についてはご存知かしら?」
セレスティーヌは指を鳴らした。アルベルトが差し出した厚い書類の束を、彼女は自ら王弟の元へと歩み寄って手渡した。
「王弟殿下、これをご確認ください。これは、王立銀行が隠蔽し続けてきた『裏帳簿』です。王太子殿下と聖女が、横領した寄付金や公金をどのように洗浄し、私腹を肥やしていたか……。そのすべてがここに記されていますわ」
さらに彼女は、もう一つの分析書を高く掲げ、広間に響き渡る声で告げた。
「そしてこれが、その資金源となっている『聖水』の成分分析書です。その正体は、依存性のある禁忌の薬物。民を救うどころか、中毒にして金を搾り取る……。これこそが、皆様が守ろうとした『聖なる奇跡』の正体ですわ」
会場は、死のような沈黙の後に、狂ったような喧騒に包まれた。
公爵夫妻は「よくやった」と言わんばかりの冷徹な笑みを浮かべていたが、兄だけは、妹が謹慎期間中にまさか国家の根幹を揺るがす証拠をここまで完璧に揃え、王家を「お掃除」する準備を終えていたことに、隣で絶句していた。
「……セレスティーヌ、お前。まさか三ヶ月の間ずっとこれを……?」
兄の震える問いかけに、彼女は最高に優雅な、そして残酷な笑みを浮かべて答えた。
「ええ。徹底的にお掃除すると決めていましたから。お兄様には本当の『悪役』のやり方を見せて差し上げますわ」




