聖女の真実
王立銀行の心臓部から「裏帳簿」を抜き取った夜から数日が過ぎた。
王都は建国祭の祝祭ムードに包まれているが、ナイトメア・ギルドの拠点は、嵐の前の静けさのような冷徹な熱気に満ちていた。
セレスティーヌは奪ったばかりの帳簿を指先でなぞりながら窓の外に目を向けた。
街の至る所で聖女の紋章が入った小瓶が「救済の聖水」としてこれまで以上の頻度で配り歩かれている。
「……ねえ、カイン。最近、あの『聖水』がやたらと目に付くと思わないかしら? 以前よりも配布の規模が異常に拡大しているわ。まるで、何かを焦ってかき集めているかのように」
カインが、蒸留器の火を調整しながら、皮肉げな笑みを浮かべた。
「お察しの通りですよ、ボス。裏帳簿と王領の報告書を照らし合わせて確信しましたが、王家の金庫は今や空っぽです。頼みの綱だった王領の鉱山採掘が、ずさんな管理と無謀な掘削のせいで完全に枯渇し事業が破綻している。資金源を失った王太子たちは、活動資金を捻出するためにあの聖水を信者たちに『寄付』という名目で売り捌き、なりふり構わず現金をかき集めているんです」
セレスティーヌは、手元の帳簿を閉じた。
「鉱山での失敗を、聖水の切り売りで補おうとしているの……。あまりに露骨ね。けれど、街中で配られるその聖水を口にした者たちの様子がどうにも気にかかるの。皆、陶酔しきったような目で次の小瓶を求めて彷徨っているわ」
カインは頷くと、解析台の上に置かれた一本の小瓶を指差した。
「あまりに目にするから気になって、僕も一本掠めて調べてみたんですよ。……結果は最悪です。聖なる力なんて微塵も入っちゃいない。中身は北方の雪山に自生する禁忌の毒草……『忘却草』の抽出液でした。一時的な多幸感と引き換えに、強烈な依存性を植え付ける。彼らは鉱山採掘の失敗で失った富を取り戻すために禁断の薬物を使って国民から金を吸い上げ、同時に『中毒』という鎖で自分たちに縛り付けていたんですよ」
セレスティーヌの口角が、氷のように冷たく吊り上がった。
「なるほど……。山から金が出なくなったから、今度は人間から金を出すために毒を撒き散らすことに決めたわけね。民を救う聖女の顔をしながらその実、国中を廃人に変えようとしている。……救いようのないゴミだわ」
パチン、とセレスティーヌが扇子を閉じた。その音は、腐りきった体制への死刑宣告のようだった。
「準備はすべて整いました、ボス」
影から現れたアルベルトが、恭しく一着のドレスを掲げた。
夜の闇を凝縮したような漆黒のシルクに、不吉なほど鮮やかな深紅の刺繍が這っている。それは地味な公爵令嬢としての「偽りの仮面」を焼き捨てた、真の支配者のための装束だった。
「建国祭のパーティー……。王家はそこを、私を断罪して自分たちの正当性を証明する舞台に選んだようだけれど。……皮肉ね。自分たちが撒いた毒で、自分たちの足元が崩れ落ちる瞬間を、特等席で見せてあげるわ」
セレスティーヌは立ち上がり、ドレスに袖を通す。鏡の中には、十年間隠し続けてきた「真実の彼女」が、傲慢なまでに美しく微笑んでいた。
セレスティーヌは、奪った裏帳簿と薬物の分析書をアルベルトに預けると、迷いなく扉へと歩き出した。
「行きましょう。偽りの聖女と毒に溺れた王家に最高の『引導』を渡してあげるわ」




