第三章ー不機嫌なお姫さま・7
更新が遅くなって申し訳ありませんでした。体調不良で書けませんでした。
「疲れた……」
朝目覚めた、ルスティカに宛がわれた部屋の寝台に倒れ込む。王宮の自室のものと比べたら寝心地は雲泥の差だが横になれるだけでありがたかった。
「絨毯を織るのってこんなに根気のいる作業だったなんて……」
寝心地をよくするためと夜の冷気から守るために敷かれた絨毯に指を這わせながらルスティカは呟いた。
絨毯は黄国の有名な伝統工芸品の一つで村によって織り方も図柄も糸の染め方も異なり、代々母から娘へ受け継がれる女性の仕事の一つだ。
地域によって特色があり絨毯を求めるならば端から端まで見てから買うように言われるほどだ。
絨毯は村の収入源の一つにもなっているので女性達も誇りをもって仕事をしている。
柄のデザインを紙に起こすこともしていない。すべて彼女達の頭の中に入っているためだ。だからルスティカは完成図がさっぱりわからないまま言われるままに手を動かして結び目を作っていった。
機織りをしていた女性達はウズマのように豊満ではあったがしなやかな体つきではなかった。柔和でひとが好さそうな丸顔の女性達は日に焼けてはいたが砂漠の民特有の褐色の肌ではなく、目の色も茶色や緑だった。聞けば武族出身ではなく近くの村や商人の娘で武族に嫁いだらしい。
「どうして武族と結婚したの?」
朗らかな声で馴れ初めを語った彼女達にルスティカはやや硬い声で聴いていた。見た感じ30代後半といった彼女達が結婚する前にあの悲劇は起こったはずなのだ。
なぜ彼女達が逆賊にわざわざ嫁いだのか理解できなかった。
(――違うとは、言われたけど。でもまだ疑いは晴れてないわ。だってまだ捕まっていないもの)
長い間沁みついた感覚はそう簡単には払拭できなかった。
彼女達は困ったように顔を見合わせた。ルスティカの心情も推し量った彼女達はどう答えたものかと悩んだのだ。
やがて一人がゆっくりと口火を切った。
「……武族が王家に二心を抱いているはずがないからです」
静かだが力強い口調だった。
「武族は王家との約定を果たし続けています。今も変わらず――」
「約定……」
何のことを言っているのかすぐに分かった。≪扉≫だ。魔物を狩っていることを指しているのだ。
そこまで考えてなぜ彼女が悲しそうな、寂しそうな笑みを浮かべているのか思い至った。
魔物討伐には命の危険が付き纏う。彼女の夫は討伐に従事している者なのだろう。愛する者が命を賭していることが信じられないのはやり切れない思いになるだろう。
罪悪感が胸に広がる。口の中が苦いものでいっぱいになる。
「――っ、わたし――」
謝ろうと口を開きかけたがそれ以上言葉にならなかった。できなかった。
彼女達がそれを望んでいなかった。
「武族はわたし達にとって英雄なんです。彼らに助けられた話は枚挙に暇がありません。かくいうわたしも助けられた口ですし」
商人の娘だったという女性が言う。
商人と武族との関係は深い。砂漠を渡る時必ず武族の案内が必要になるからだ。
商隊を護衛していた武族に魔物に襲われた際、命を助けられたのだと彼女は言った。
「それで恋してしまいました。安易ですけど」
恋バナを語る彼女は頬を染めていた。まさに恋の花のように。まるでその頃に還った様だ。
その顔にルスティカは思わず見惚れた。現実味がなくなる――。
「またそれーっ」
引き戻したのは口を尖らせたファラフの声だ。知り合いの大人の女たちに会ってファラフとマタルの緊張は解けていた。そもそもファラフはあまり物怖じしない子どもなのだ。緊張した方が珍しい。
「おばさん、いっつもその話するよね……」
マタルも呆れながら言った。小さな頃から耳にタコができるほど聞かされた話なのだ。
「いいじゃないか、恋バナしたって。ノルマはこなしたんだし」
悪びれもせずに彼女達は言う。しんみりした空気はすっかりどこかへ吹き飛んでいた。
「そうだよ。マタルだってもうそろそろ恋の一つや二つしたっておかしくないんだからね、聞いておおき」
「気が早いなあ」
威張る親戚のおばさんにマタルは溜息をついた。
「何言ってんだい、もうすぐだよ。2、3年の内にはするだろうね」
やたら予言めいた確信を持って断言する。その自信はどこから来るのだろう。
「マタルお姉ちゃん、お嫁さんになるの?」
少女特有の高く澄んだ声でファラフがあどけない顔で言った。
「そうだねえ初恋の相手と結婚できるといいんだけどねえ」
「それは相手次第だねえファラフ」
「大丈夫、一族の女総出で面通しして見極めてあげるからね」
2人は屈託のないファラフに笑いかけ、1人はマタルの肩を叩いていい笑顔を浮かべた。
「不安しかないんだけど!なにその試練」
半泣きのマタルに「大丈夫悪いようにはしないよ」とおばさん達は笑った。
目の前で繰り広げられる茶番劇をルスティカは冷めた目でみつめていた。
これには入り込めないとすぐに分かった。
親しい、打ち解けた者とだけする内輪の話だ。
彼女達がいくらルスティカに親切で礼儀正しくてもそれは他人へのものなのだ。
畏まった様子の彼女達にルスティカはようやく王女として遇されたと思った。けどその満足感はすぐに消えた。会話の中心が自分から外れたことに呆然となった。
腹は立たないが置いてけぼりになった気がしてひどく心許ない。
寂しさを感じているのだと気付いたのはファラフが「お嫁さんになるの?」と聞いた時だ。
自分にはもうすぐ結婚直前だった婚約者がいたと思い出したのだ。
(アシュガルお兄さま……)
ここにきてようやっとルスティカは婚約者の存在を意識した。
(わたし、お兄さまのこと愛していなかったの……?)
そんな自分に愕然とする。
彼との婚約に不満はなかった。生まれた時から知っている相手が許嫁になった。それだけでしかなかった。
アシュガルとの結婚を決めたのは父ダールと伯父アヒメレクだ。2人の決定にルスティカが否と答えたことはなかった。
当然のように受け入れて――今日に至るまで彼と夫婦になることについて深く考えたことはなかったのだ。
そのことにルスティカは打ちのめされた気分になった。
(わたし、何も考えていなかったんだわ……)
自分の中に在る彼への感情をかき集めて掌の上に乗ったものは『特別』ではなかった。
ありふれた石ころしかなかった。
(恋してなかった、わたし……兄さまに)
思い出の扉が開かれる。
他国の大使から献上されたオルゴールのように記憶が奏でられる――。
(聞きたくない)
見たくない。思い出したくない。
ルスティカの願いとは裏腹に再生が始まった。
いつのことだったか。
だいぶ前だ。まだルスティカがマタルと変わらない年齢の頃の話--
華やいだ容姿に明るい髪と瞳の色の少女たち。上質な衣を身に纏い多数の装飾品に彩られた少女たちは上流階級の出身でルスティカの『お友達』だ。
行儀見習いという名目で王宮に上がっている少女たち。その内の1人が『卒業』することになった。
結婚が決まったのだ。
「おめでとう。×××。幸せにね」
――何という名前の少女だったか、覚えていない。ただありきたりの祝辞を贈った。
「……ありがとうございます」
王女からの寿ぎに少女は恐縮する。
「いいわね、×××。△△さまとの結婚が決まって」
「△△さま、誠実そうな方だものね」
追随した他の少女は純粋な寿ぎではなかった。
嫉妬とやっかみ、相手の男を品定めしようという意地の悪さに――僅かな羨望と憧れ。
「まるで物語みたいね。△△さまに見初められるなんて」
「羨ましいわ、恋愛結婚。わたしも素敵な殿方と恋できないかしら?」
薄っぺらい言葉がうわ滑っていく中でそれはルスティカの琴線に触れた。
「――羨ましいの?恋愛が。……〇×◇、恋、したいの?」
その時集められていた少女たちはルスティカよりも年嵩だった。物の分別も付き弁えている彼女達は王女の幼い発言を侮ったりしなかった。
「ええ殿下。素敵な殿方と恋をして――結婚したいですわ。それはとても幸せなことですもの」
「そうですわ。叶うことなら好きな方と結婚したいですもの」
彼女達は一頻り恋愛結婚への憧れを語った。
「ふうん……。恋した相手と結婚できるのは、幸せなんだ」
ルスティカの幼い理解を彼女達は「そうですわ」と肯定した。
そしてこう結ぶことも忘れなかった。
「姫殿下は幸せですわ。だってあんなに素敵なアシュガルさまと結婚できるんですもの」
「アシュガルさまに恋している者は多いんですよ?姫さまの敵ではありませんけれど」
「あんなにお顔の整った殿方はいらっしゃいませんわ!」
「家柄もお顔もよくて背も高くて勉学にも秀でていらして――文句の付け所のない方ですのよ、アシュガルさまは」
「将来女王陛下になられる殿下にとって最高の相手ですわ!」
「みながアシュガルさまと姫さまの結婚を心待ちにしておりますのよ」
「きっと素敵な結婚式になりますわ。国民一丸となって祝福しますもの!」
一呼吸後、彼女たちは口を揃えて言った。
「――だから姫さまは幸せですわ。だってあんなに素敵なアシュガルさまと結婚できるんですもの――」
アシュガルと結婚することに疑問なんて差し挟んだことはなかった。不安に思うことなんてなかった。
だってそれが正しいことだったのだ。
誰からも望まれた、祝福された結婚だったのだから。
ルスティカは幸せなのだから。
そのはずだ。なのに――
(どうして……?寒い……)
不安で寂しくてたまらない。
けどその感覚が判らないルスティカはただ寒いとしか表せなかった。
色んなことが一度に起こりすぎてルスティカはただ疲れ切っていた。
(……とにかく、寝たい。起きているのはイヤ。もう、考えたくない――)
夕食も摂らずにルスティカは眠りについた。




