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黄砂に咲いた薔薇  作者: 二色サカ
18/21

間章

4/25 本文追加しました。

金や銀の糸で刺繍がされた絹の服、壮麗なレース。

大粒の宝石があしらわれた豪華なアクセサリー。

花の匂いの香水や、果実の香りがする高級なお茶。


望めば――のぞもなくともルスティカの周りには物で溢れ返っていた。




黄国の庶民の家は大抵日干し煉瓦で作られている。

土に草と水を混ぜて型に嵌めて積んでいく。熱射ですぐに乾いて硬くなる。


安価で安易なこの工法の唯一の弱点は水に弱いこと。


乾燥地帯である黄国でも雨が降る時期がある。雨が降れば溶けて流れ出してしまうがまた粘土を塗って固めればいい。

土で出来た家は表面が滑らかだ。熱風を邸の中に入れないようにするために外から見た時に窓は小さい。なので一見すると閉鎖的だが中庭があり、どの部屋も中庭に向かって開けていてどこからでも中庭が見える。


中庭には泉がある。水を得るのが難しい黄国では水を湛えた泉は最高の贅沢であり安らぎだ。絨毯が敷かれた縁台が置かれ休憩中にお茶を飲みながら泉を眺めるのが癒しだという。

裕福な家では泉の上に高殿を設けて涼台を造ることもある。


大抵の家は涼台はないが葡萄が必ず植えられている。葡萄棚で日陰を作る為だ。他には杏や柘榴といった果樹が植えられている。


巻貝もこの例に漏れず中庭があり広大な泉と葡萄棚がある。

ヴァファーがウズマから言いつけられた耐久水汲みはここから炊事場まで運ぶということなのでかなり辛い作業になる。


ルスティカが巻貝に攫われてから5日後――ウズマ達は中庭に設けられた絨毯が掛けられたベンチに腰掛け茶を飲みながら話し始めた。

「どうだい?あの子の様子は」

集まったのはルスティカに仕事を教えている女性達だ。

頭にスカーフを巻いた女達は顔を見合わせた。誰が口を開くか視線でやり取りする。

「……戸惑っているみたいですが“仕事”に対してはそれほど拒絶感はないように見えます」

「上手くはないですが真面目にこなしてくれています」

「子供達とは……まだぎこちないですが」

「……そうかい」

ウズマは落胆を見せることなく淡々と応じた。

予想はしていたのだ。そう簡単に打ち解けないだろうと。だから期待していなかった。

「思ったのですが……姫さまは子どもと触れ合ったことがないのでは?」

「子どもが嫌いというより、戸惑っているように見えます」

言葉を選びながら女達は心証を明かしていく。

彼女達の感想にウズマは目を細めた。

「子供と関わったことがない、ね……。有り得るね、ダールだったら。ルスティカを持ち上げるのに必死なあの男のことだ。口さがない子供を娘の傍に寄せなくてもおかしくない」

私情を交えず分析するウズマは頼もしい。だからこそ彼女は老若男女問わず信頼を勝ち得ている。

「…………ダール王は、どこまで……」

1人が堪え切れずに苦々しい感情を乗せて零した。両隣に座る2人の女性も顔を曇らせている。

不当に蛮族と貶められ、虐げられている彼女達は当然、ダールへの心証はよくない。

「そうだねぇ。徹底しているねぇ。……あの男は小心者だからね」

憎しみも悔しさも滲んでいない声音だった。表情も呆れているというより困っているようだ。――ウズマとしては武族の王家への不信や敵愾心を煽りたいわけではないのだ。


難しいことだが事実と感情は切り離したい。

客観的に物事を見る目をウズマはアルベルティーヌの傍で養った。国の主と一部族の長とでは治める規模が違うが上に立つ者には必要な素養だ。ウズマ自身は族長ではないが彼女に育てられたアカシアが長となるのは必然だっただろう。


ウズマはアルベルティーヌと少女時代を共に過ごした。故に彼女の夫となったダールのことも見知っている。


旧知の仲の男に貶められたわけだがウズマはさして悪感情を抱かなかった。――ただの一度も、ウズマはダールに対して親しみを覚えたことも信頼を寄せたこともなかったからだ。

裏切りに遭ったと憤る一族たちの中でウズマは冷めていた。勿論、仲間の感情は理解できている。けれど共感できない。


どこかでウズマは予感していたからだ。ダールが自分達に向ける目にウズマは気付ていた。だからこそダールに気を許さなかったのだ。


そのことを語ったことはないが人間は――特に女性は感情に敏い生き物だ。女性達は感情を引っ込めてウズマの顔を窺った。

彼女達の視線に一度頷いてウズマは続けた。


「よく言えば気が回る男だったね。度が過ぎるほどの心配症なんだ、あの男は。だからルスティカの囲い込みは入念に行っただろうね」

擁護ではなく想像できるよ、とウズマは付け足した。


「だからルスティカは筋金入りの、生粋の王女さまだ。マレーナとは違う。……双子でも、育った環境で、ああも違うんだ」

ここでウズマははじめて感情を見せた。

残念がるような、憐憫を滲ませた響き。

「ここでの暮らしはあの娘自身、戸惑うこともあるだろう。何せ世界が違う。王宮では真綿に包まれるようだったからね」


ダールが用意したのは豪奢な檻だ。

不満や疑問を抱かせない鳥籠。“外”に興味を持って飛び立たれないように細心の注意を払って作り上げられた檻。


「アンタ達には面倒をかけるけど、苛立ちを抑えて欲しいんだ」


ルスティカはあまりにも無知だった。民の暮らしに対して。

王宮での暮らしとの差をルスティカは平気で口にする。それを聞いた相手がどう感じるかというところまで考えが回っていないのだ。

不満ではなく疑問を口にしているだけのようだが――いずれにせよひどく傲慢に見えるのだ。

民の暮らしぶりを知ろうとせず、ただ豪奢な暮らしに浴していたルスティカは王族の務めを果たさなかったも同然だ。何不自由ない生活ぶりを披露されれば日頃辛苦を舐めている側としては面白くない。


王侯貴族と民との差を埋めるのが自分の役割だと語っていたアルベルティーヌ。

彼女は民の生活環境が円滑に回るように整えていた。


ひとりでも多くの民に、一つでも多い選択肢を渡したいの――。


それがアルベルティーヌの政治理念だった。

自分で決める機会を与えるために学ぶ機会と知る機会を公平に与えたアルベルティーヌは民から信頼され、慕われていた。

だから誰も彼女がどんなに凝った衣装を纏ってもどんなに大きい宝石でその身を飾り立てても不満を持たなかった。


けれど、ルスティカは違う。役割を果たしていない王女は民から血税を搾取していた悪い王女にしか映らない。

ダールの人形として育ったルスティカもある意味では被害者だ。無知と怠慢の罪を自覚がないルスティカに問うのは酷な話だとウズマもマレーナも思ったのだ。

だからココで――王宮から引き離した場所で彼女の知識を増やそうしたのだ。

あのまま王宮にいればマレーナの叛逆の邪魔になったという理由ももちろんある。

ダール達が反マレーナ派の旗頭としてルスティカを担ぎ上げる可能性はとても高い。

そうなれば姉妹で争うことになっていただろう。


国は二分され民は争いに巻き込まれる。どちらか一方が死ぬまで犠牲は出続けるだろう。それは最悪の結末だ。

憎んでもないのにこの世で唯一血を分けた半身を滅ぼさなければならないなんてあんまりだ。

マレーナもそれだけは回避したかったのだ。


「もちろん、心得ていますわ」

「精いっぱい、お役目を務めますわ。力不足なのは否めませんけれど」

「わたしたち、学がありませんから」

女達はウズマの気遣いを笑い飛ばした。彼女達がルスティカの世話役になることは前以って決められていたし、打診していた。その際にマレーナはルスティカを託す条件として「悪感情を出さないこと」を出した。守れそうになければ断ってくれて構わないと言い添えて。

彼女達は押し付けらたわけでも命じられたわけでもない。自らの意志で選び、決めたのだ。


「学は必要ないさ。言ったろ?説得や諭すようなことはしないでくれって。あの子に必要なのは正論ことばじゃない」

ルスティカに必要なのは誰のフィルターも通していない、客観的な事実だ。誰かの感情が入っていたらルスティカは反発するだろう。――たとえそれが正論で、真実であったとしても。

だからあの時のヴァファーの言葉はマズかった。

下手したらルスティカが意地になって頑なに心を閉ざす可能性もあった。そうなれば元の木阿弥だ。だからヴァファーには罰として水汲みを命じたのだ。その意図をヴァファーも分かっていたから抗議はなかった。

けどルスティカ達と別れて水汲みに向かう時、通りすがりにウズマにだけ聞こえる声で言った。


「ならファティマはどうして死んだの」


無感動な声だった。

それだけに彼の無念の深さが判って胸を衝かれる思いだった。


ファティマはヴァファーの妹でたいそう可愛がっていたが二年前、病を得て亡くなった。


薬があれば治る病気だった。だが間が悪いことに薬草を切らしてしまって調合できなかった。調達しようにも砂嵐が到来する時期で隊商も武族も砂漠を越えられなかった。

砂嵐がなければ隊商が到着して薬を補充することもできた。或いは砂漠を越えて武族を監視する駐在部隊の目を掻い潜って王都の市で薬を購入できただろう。


結果としてできなかった。

運が悪かった。間が悪かった。誰のせいでもないという言葉は慰めにならなかった。


ヴァファーは苛立ちや現状への不満をそれまで表したことはなかった。けれどこの一件で王家への不信と憎しみを募らせることになった。

怒りで憎悪が芽吹いてしまった。ヴァファーは物怖しないため大の大人にも生意気な口を叩くこともあったがまだまだ幼い子供だった。素直で元気が取り柄の、悪戯好きの憎めない子どもだったのに。


――決着をつけたい。


それは武族全体の総意であったが何よりウズマとマレーナが危ぶんだのは子ども達にまで憎しみが根差してしまうことだった。ファティマの死は現状に甘んじたがゆえに招いた悲劇だとマレーナは自身を責め、その結果を背負い、父王打倒の決意を固くした。

その一環としてマレーナはウズマにルスティカを託した。ルスティカに植え付けられた価値観は洗脳教育と言って差し支えない程だった。早急にダールから引き離す必要があった。

ルスティカに気付かれないように再教育を施すために敢えて厳しく過酷な自然環境に置いて現状を理解してもらうことにしたのだ。

効果は徐々に現れるだろう。焦ってはいけないとウズマは自身と女達に言い聞かせる。

「歯痒いだろうけどここで焦って仕損じるわけにはいかないからね」

「承知しましたわウズマさま」

「武力の劣ったわたし達が肝心要を担うなんて光栄です」

念押しするウズマに女達は笑って頷いた。そのことに心から安堵した。


「……まったくウチの男達ときたら血気盛んなヤツしかいなくていけないよ。……ナジブがもうちょっと冷静ならねえ」

息子の懐刀で参謀役の若い男の優美な顔を思い出しながらウズマは溜息を吐いた。

「あれが一番厄介なんだよねえ」


ウズマのボヤキに女達は顔を見合わせて苦笑した。





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