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黄砂に咲いた薔薇  作者: 二色サカ
16/21

第三章ー不機嫌なお姫さま・6

3/3 追加しました。

衣装部屋からまた別の部屋に移動した。


そこにいたのは見覚えのある3人の子どもだ。1人だけ男の子で年齢は真ん中くらいで一番上と下が女の子だ。


ウズマが引き合わせたのは目を覚ました時にこちらを覗き込んでいた子ども達だった。


「今日から仕事仲間だからね、仲良くやるんだよ」


言い終わった途端、双方から「えーっ」と不服申し立てが上がる。

「仕事仲間って、子どもじゃないっ!」

「こんな姉ちゃんに仕事できるのかよ?お守りじゃねえの?ウズマ姐さん、勘弁してくれよ」


お互いに指を突き付けて不満を吐露した2人は互いの言葉に理解が追い付くと同時に顔を見合わせていがみ合った。


「だれが役立たずでお守りよ!お守りするのはこっちじゃない!」

「誰が子どもだ!俺たちの方がここでは先輩だろ!」

「子どもなのは事実でしょう!?」

「姫さまだって子どもだろ!?まだ成人してないんだから」

「もうすぐ成人よ、わたしは!一緒にしないで!」


ぎゃいぎゃいと2人は言い争う。実に息ピッタリだ。

しかしここで実は気が合うんじゃない?なんて軽口を叩こうものなら2人の舌鋒はこちらに向かうだろうことはウズマもマタルも予想できた。


8歳のヴァファーと同じ次元で言い合うルスティカはとてももうすぐ成人を迎える妙齢の女性には見えない。

舌戦を披露した後はいがみ合うルスティカとヴァファーにウズマは不思議に思った。


「アンタ達初対面じゃないのかい?」

「最初に目を覚ました時わたしの寝顔を覗いてたのよ、この子。礼儀知らずにもね」

険悪な言葉の応酬を繰り広げたのもこのヴァファーであるため、お互いにいい印象は抱いていない。

凄むルスティカは美しいだけに迫力がある。生意気盛りで年上のルスティカにも張り合うヴァファーでさえたじろいでしまうほどに。


ルスティカが本気で怒っていると感じたウズマはなるほどと納得した。これがルスティカの逆鱗なのだ――と。

(これはうまくやらないとダメだね)

そうしないと拗れてしこりになってしまう。


「ヴァファー、ルスティカが言っているのは本当かい?」

まずウズマは感情を挟まず事実確認することにした。

「そっれは……」

金縛りは解けたが今度は目に見えて動揺するヴァファー。目が泳いでいる少年をウズマは追い込んだ。

「どうなんだい?」

「……お姫さまの言う通り、見たけど」

逡巡しながらもヴァファーは認めた。

ここで今まで沈黙していたルスティカが口を挟んだ。

「見た?覗き込んだわよね?凝視してたわよね?偶然じゃなく故意だったわよね?」

鞭のようにしなりながらルスティカは冷静にヴァファーを追い込んでいく。先程のように怒りを露わにしている時よりも今の方が怖いし迫力がある。

冷静に相手を袋小路に追い込んでいく怒り方は双子の妹のマレーナと似ているとウズマは思った。

「……まぁ、そうだけど。でもしょうがないだろ!朝起きて知らない人間がいたら見たくなるだろ!」

畳み掛けられてヴァファーは不承不承認めたが得意の負けん気が顔を出す。

「また開き直るのね。どうして自分の非を認めないの?悪いことしたって自覚があるなら謝ればいいじゃない」

追い詰められて口ごもるヴァファー。


負けず嫌いで口達者なヴァファーが言い負かされるのは珍しくて傍観してる3人は驚いた。

それだけではない。いまルスティカが口にしたセリフはマレーナがヴァファーに対して何度となく放ったものでもあった。


「なんでそんなに上から目線なんだよ、偉そーにしてさ!マレーナ姉の双子の姉だってのに、全然違うじゃんか!」

ルスティカの視線が嫌悪と侮蔑を含んでいることをヴァファーは敏感に察知していた。それもあって余計に彼は意地を張っているのだ。


そのことにウズマはここでようやく気付いた。

(これは少しマズイかもしれないね)

自分の認識の甘さに舌を打ちたくなったがそんな暇はない。ルスティカに口を開かせてはならない――そんな予感がした。


「偉くて当然じゃない。王女だもの」


遅かった。ルスティカは事もなげに言い放つ。

至極当然のように、息をするように自然にルスティカは言った。

それがどれだけ相手には高慢に映るかなんて気にもとめない。

それが今までのルスティカの認識(せかい)だからだ。


マタルは思わず溜め息をついた。

2人の溝が深まったと察して。

ウズマも溜め息を禁じ得ない。

同じ言葉で話しているのに伝わらないのはなぜなのだろう――。


「なにが、なにが王女だ!ただ王女に生まれただけじゃないか!」



圧倒されていたヴァファーだがルスティカの一言で烈火のように怒った。


「何が言いたいのよ?」

鼻白むルスティカ。実際、ヴァファーの言葉はルスティカにとって意味不明で理解不能なものだった。彼が何を問題にしているのか理解できないのだ。


「王女なのに、バルンステンにいたのに何も知ろうとしないで、何もしないでただ胡坐かいてたんだろ!」


「ヴァファー」

興奮するヴァファーを制止するためウズマは低い声で呼んだ。怯んだヴァファーは顔を歪めてウズマを見る。

「なんでだよ、姐さん。だって、お姫さまなら――」

「やめて、ヴァファー」

ヴァファーが何と言おうとしていたのか分かったマタルは悲しくて仕方なかった。

痛くて。それ以上聞きたくなくて――聞かせたくなくてヴァファーを止めた。

「なんだよ、マタル姉までそいつの味方するのかよっ!?」


スカートにしがみつくファラフがヴァファーの声にびくつく。その頭をマタルは優しい手つきで撫でた。緊迫した雰囲気に幼いファラフは怯えていた。その顔を見てヴァファーは愕然とした。

妹分にそんな顔をさせたくなかったのだ。ヴァファーは唇を噛んでこぶしを握り締めた。悔しさと自分への苛立ち。


「……何よ。いったい……何なのよ……」

少し前のルスティカならばヴァファーが押し黙ったことで自分の正当性を示せたと勝ち誇っただろうがさすがにこの状況で優越感に浸ろうとは思わない。


そもそもルスティカはヴァファーを言い負かしてなどいない。

ウズマとマタルがヴァファーを止めたのだってルスティカに味方したからではない。あの時2人に浮かんでいたのは諦念だ。

言っても仕方ない。

言ったところでなにも変わらない。

思念が透かして見えた。

それは屈辱だった。他人から媚びられ、期待されることこそあれ、諦められたことはなかった。

傅かれ、何不自由なく育ったルスティカは全能感を持っていた。

周囲はルスティカの思いのままに動いた。

罰も褒賞もルスティカの胸一つだった。宝石の一つでも与えれば侍女たちは喜んで自らルスティカの意志を忖度したものだ。


なのに。

(何なのよ、その乾いた眼は……!)

気に入らない。

先ほどまで敵愾心剥き出しで爛々としていたヴァファーも戦意を削がれてマタルとウズマと同じ乾いた眼になっていた。

(なんで、こんなにイライラするのよ)

敗北感でいっぱいなのはどうしてだろう。説明できなくて苛々する。

だからって声を荒げて当たり散らすわけにもいかない。幼いファラフを怯えさせたことはルスティカも堪えていた。

もっともこの重苦しい空気を払拭させる話術も生憎持ち合わせていないのだが。

(これ以上続けたらただのひとり戦ね)

喉までせりあがった色んな感情を飲み下してルスティカはウズマに向き直った。


「で?わたしは何をしたらいいの」

そういえばまだ仕事内容を聞いていなかったと思い出したのだ。ヴァファーを完璧に無視するルスティカにウズマを一瞬目を見張ったがすぐにいつもの蠱惑的な笑みを浮かべた。


「色々あるさ。炊事洗濯に針仕事。きりきり働いてもらうよ!――手始めにマタルとファラフと一緒に機織りの手伝いをしてくれ。ヴァファーは耐久水汲みだよ!」


ウズマは手を叩いて号令をかける。

ヴァファーは口を尖らせたものの反論せずに背中を向けた。


「……じゃあ行こう、お姉ちゃん」

おずおずと差し出された手をルスティカは跳ね除けなかった。

「わかったわ」

「励んでおくれよ」

ウズマに笑顔で送り出された。


マタルと手を繋いで機織りが置いてある部屋まで向かう。その間無言だった。

ファラフは相変わらずマタルのスカートにしがみついて時折ルスティカを盗み見た。ヴァファーとのやりとりを見ているのでルスティカを恐れる気持ちはあるものの生来の旺盛な好奇心が発揮されている。

子どもに慣れていれば安心させるために笑いかけるだろうがルスティカは子どもに接する機会が殆どないのでファラフの緊張に気付いても和らげる術を知らない。

ただこれ以上ファラフを刺激しないようにつとめて冷静な顔を装っていた。

それはルスティカなりの気遣いだが、逆効果だった。整いすぎた美貌は感情が乗っていないと冷たい印象になるのだ。

事実、マタルとファラフは彼女が不機嫌のように見えていた。


(そういえば、つい手握っちゃったけど放さなくていいのかな?)

放す時機を逸してしまったため手は繋いだままだ。その手をマタルはちらりと見た。

(……綺麗な手)

一族と違いルスティカの肌は真っ白だ。

砂漠の民以外の人間に会う機会は多くないが、ある。

彼らも武族ほどではないにせよ日に焼けていてルスティカほど白くない。


ルスティカの手は労働を知らない手だ。


しっとりとしていて、柔らかくて気持ちがいい。

重いものなど持ったことがなく、傷もかさつきも知らない。きっとささくれたこともないに違いない。


(これが王女さまの手なんだ……)


対して自分の手はかさついているし、硬い。胼胝もある。手入れしているがルスティカと比べればかさついているだろう。もしかしたらルスティカは握っていて不快かもしれないとマタルは心配し始めた。

だからルスティカは不機嫌なのだろうかと。

横顔を窺うものの、マタルにはルスティカの表情が読めない。

(早く着かないかなー)

速度を上げればルスティカが躓いてしまうのでこのまま進むしかないが早く着いて手を放したいとマタルは強く思った。


結果的に言えばマタルの心配は杞憂だった。

手荒れに気付いたルスティカは不快に思うのではなくただ驚いていた。


(どうしてこの子の手、こんなに荒れてるの?わたしがこの子くらいの時、こんな手だったかしら?)

思い返して即座に否と断じる。そしてなぜかと考えれば――

(わたしが……王女だったから…)

労働などしたことがなく過酷な環境で生活しているとは思えない快適な暮らしを送っていた。


毎日肌の手入れは欠かさなかった。

朝摘みした薔薇を摘んで蒸留した薔薇水にアルガンオイルとオリーブオイルをふんだんに使って肌を整えていたのだ。

きっとここにはないと想像がついた。

(あればこの子の手はこんなに荒れてないもの……)

不満を覚えるどころかもの悲しい気持になった。

はっきりと突き付けられた気がしたのだ。


お前は何も知らない。

お前は何もしていないと――。


(……マレーナの手は、どうだったかしら……)


ふと、そう思った。

ここで育った双子の妹の手はどうだったかと。王宮で育たなかった王女はこの少女と同じ手なのだろうか――。

その想像は胸に差し込まれるような痛みを伴った。

自分がひどく浅はかだと思ったのだ。

(同じだなんて……よく浮かれられたものだわ)

自嘲する。


マレーナも内心では呆れ、失笑していたかもしれない。

暗澹たる気分に浸ったルスティカは一切口を開かなかったが表情はどこか暗く、妙な迫力があった。

そのため2人の少女は誤解したのだが自分のことで精いっぱいのルスティカはそれに気付けなかった――。




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