第三章ー不機嫌なお姫さま・5
食事の後はアカシアと別行動を取ることになった。
「じゃ、よろしくな母さん」
「アンタもしっかりね」
「あぁ。じゃ、またなルスティカ」
軽く手を振ると踵を返してアカシアは颯爽と歩いていく。
(ちょっと、それだけ――!?)
手を振り返す暇もなかった。あまりにも余韻がない。それにも腹が立ったが――
(勝手に連れてきておいて放り投げるの!?)
無責任だと叫びたい。がアカシアの姿はもう見えなくなっていた。どこにも怒りがぶつけられないルスティカは口を尖らせるしかない。
「ほら、いつまでも熱視線送ってないでおいで」
「ちょ、熱視線って――!」
「いつまでもその恰好じゃ嫌だろう?さっさと着替えちまいな」
この親子は見た目はまったく似てないがルスティカの心を掻き乱しておいて頓着しないところは同じだ。自分にとってまったく嬉しくない共通点をみつけてルスティカはため息をついた。
食堂から移動して連れて行かれたのは衣裳部屋だ。
「……けっこう種類あるのね」
色も素材も多様に揃えられていてルスティカは驚いた。
「ま、ここの女たち全員分だからね。――はいこれ」
鮮やかな色で染め抜かれた大判の布を渡される。
「外に出るときはこれを巻くんだよ。じゃないと日光で肌が焼かれちまうからね」
「外に出ろっていうの!?」
信じられなくて素っ頓狂な声を上げる。遮るものが何もない砂漠で熱射に晒されながら野仕事をしろというウズマは言うのだ。
「ちゃんと危なくないようにするから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃないわ!どうしてわたしが――」
「働かざる者食うべからず、だ。さっきそう言ったろ?」
苦情は受け付けないウズマをルスティカは呆けてみつめた。
「横暴だわ……勝手に連れてきてこの扱い……」
「自分でできることは自分でする。アンタより小さい子どもでも弁えてる常識だよ」
「だってそれはっ――わたしは王女だもの。働く必要なんて、ない!」
耳に染み付いた言葉で反論した。父が幾度となくルスティカに言い聞かせた言葉――。
自分の言葉に打ちのめされた気分になった。
ウズマが怒るのではなく悲しそうに、寂しそうに笑ったからだ。
(さっきも、見た……アカシアと、同じ顔……)
口汚く罵倒されるよりもその顔をされる方が心に来る。寄る辺を失ったように心細い気持になるのはどうしてだろう――。
いくつもの漣が生まれて打ち寄せてくる。揺れるルスティカはそれ以上言葉を重ねられなかった。
「確かに王女には有り得ないことだろうが、体験してみたらどうだい?この国の民は――子どもに至るまで、アンタが信じられないって言った生活を現実にしてるんだからさ……」
諭す口調には寂しさが滲んでいて。突っ撥ねることなどできずルスティカはゆっくり、頷いた。
寝間着から長袖で足首まで隠れるワンピースに着替えた。緩いシルエットで締め付けは全くない。
袖も幅広でスカートも広がっているため風通しがよく屋内にいる分には暑さは気にならない。
「あぁ、似合うじゃないか。やっぱりハッキリした色がいいね、あんたには」
町娘の恰好に着替えたルスティカを見てウズマは目を細めた。
「……そう?」
「あぁ」
「……これ、見たことない柄ね。もしかして先祖伝来の柄なの?」
鮮やかな色で染め抜かれたスカートを摘まんで聞く。
「そうだよ。留守を預かる女子供の仕事の一つだ。手仕事はみんなお手の物だよ」
「へえ……」
摘まんだままのスカートをルスティカはジッと眺める。万華鏡のように広がる幾何学模様だ。
ダールはルスティカに薔薇の模様が織り込まれた服をよく当てがった。
『よく似合っているよ、私の黄金の薔薇姫』
満足そうに目を細めて笑ったものだ。
2人とも笑っているのにウズマの方があたたかみを感じるのはなぜなんだろうとルスティカはぼんやりと考えた。
ウズマがスカートの柄を撫でながら言う。
「この柄はね、風除けのまじないなんだ。砂漠を生きる者にとって砂嵐が一番恐ろしいからね」
「だから特有の柄なのね」
この模様は祈りであり、願いであり、叡智の結晶なのだ。そう思うとなんだか愛おしくなってルスティカも織り目を撫でた。




