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未来の自分から能力を前借りする俺は、どっちも諦めない  作者: 綴木 灯
選ばない依頼

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9/21

間に合わなかった

北町へ行く渡し場は、朝から人が多かった。


ヴァンは珍しく早起きしていた。


いつもより早く。


リオが起きたときには、もう槍の手入れまで終わっていた。


「楽しみ?」


「普通」


「早起きしてたけど」


「普通」


「服もいつもよりきれい」


ヴァンが睨む。


「黙れ」


リオは笑った。


朝食のうちに、残っていた平衡三秒の返済も済んだ。


これで返済待ちは、昨日の脚七秒だけ。


前借りできるのは三秒。


ヴァンはそれを聞いても何も言わなかった。


今日は、能力を使う予定のない日だった。


*


渡し場の看板には、北町まで一刻半と書いてある。


尾根道なら歩いて三刻。


ヴァンは舟の時刻を確認した。


「これなら余裕」


「尾根じゃなくていい?」


リオが聞く。


「昨日の夜、上流に雨なし。風も弱い」


「船酔いする?」


「しない」


「俺が」


「知らない」


渡し場の親方にも聞いた。


「北まで動いてる?」


「朝便は出るよ」


ヴァンは頷く。


決まった。


舟へ乗る。


川面は静かだった。


リオは船縁へ座る。


ヴァンは槍を膝に置いている。


「頼むならどんな槍?」


リオが聞く。


「まだ頼むって決めてない」


「見るだけ?」


「まず見る」


「値段高い?」


「高い」


「今の槍でいいじゃん」


「お前、宿は寝られればどこでもいいの?」


「よくない」


「同じ」


「同じかな」


「俺には同じ」


ヴァンは槍の柄を撫でる。


今の槍も悪くない。


ずっと使っている。


でも、手の幅より少し太い。


穂先も、自分で削り直した跡がある。


ヴァンが何か新しいものを欲しがる話を、リオはあまり聞いたことがなかった。


だから今日は、少し面白かった。


*


舟が止まったのは、出発して半刻ほどしたころだった。


最初は流れが遅くなっただけかと思った。


船頭が櫂を止める。


前の舟も止まっている。


岸から鐘が鳴った。


二回。


船頭が舌打ちした。


「上の水門か」


ヴァンが立つ。


「何?」


「止水の鐘。たぶん門に何か噛んだ」


しばらくして、小舟が下ってきた。


役人が叫ぶ。


「上流門、流木詰まり! 除去まで航行停止!」


舟の中で声が上がる。


「どれくらいだ!」


「分からん!」


「北まで歩けるか!」


「ここからなら東岸へ上がって二刻半!」


ヴァンが時間を見る。


「間に合わない」


小さく言った。


リオも計算する。


戻る。


尾根道。


二刻半。


槍鍛冶は昼に出る。


無理だ。


「先に俺だけ行く?」


リオが聞く。


ヴァンを見る。


「三秒だろ」


「うん」


「何ができる」


それは責める言い方ではなかった。


ただの確認だった。


リオも岸を見る。


三秒だけ脚を増やしても、二刻半は消えない。


荷物を置いて走っても同じだ。


先に着いて「待って」と言える距離でもない。


「できない」


「だよな」


ヴァンは座り直した。


少しだけ、槍を握る手が強い。


リオは言いかける。


「尾根にしてれば――」


ヴァンが先に言った。


「尾根にしてれば間に合った」


リオは黙る。


「でも、今朝の情報なら俺はまた舟を選ぶ」


「うん」


「雨もなかった。親方も動くって言った」


「うん」


「だから、失敗したけど、間違ったとは思ってない」


リオは川を見る。


流れは穏やかだ。


昨日、七秒使わなければ。


そう考えることもできる。


十秒空いていれば、何か。


いや。


二刻半を数秒で埋めることはできない。


仮にできたとしても、昨日の塔で見た空が消えるわけじゃない。


「俺も昨日の七秒、後悔してない」


ヴァンがこちらを見る。


「聞いてない」


「今言いたかった」


「そう」


それだけだった。


*


結局、北町へ着いたのは昼をかなり過ぎてからだった。


槍鍛冶のエルダは、もういなかった。


広場の端に、小さな露店跡だけが残っている。


鍛冶仕事に使ったらしい鉄台。


炭の粉。


店を手伝っていた少年が片づけをしていた。


ヴァンが聞く。


「エルダは?」


「南へ出ました」


「次どこ?」


「知らないです。たぶん冬前には西の方」


ヴァンは頷いた。


「分かった。ありがとう」


それだけ。


リオは横から覗く。


「伝言とか」


「いい」


「注文書だけでも」


「実物見てから頼みたい」


「次いつ会えるか分からないよ」


ヴァンが槍を肩へ掛ける。


「分からないな」


「それでいいの」


「よくはない」


少し間を置く。


「でも、いないんだから仕方ない」


リオは何も言わなかった。


広場を出る。


*


帰りは尾根道にした。


「帰りこそ舟でよくない?」


リオが言う。


「歩きたい」


「機嫌悪い?」


「ちょっと」


「俺に?」


「違う」


「舟に?」


「近い」


リオは笑う。


少し先へ行く。


ヴァンが後ろから言う。


「笑うな」


「ごめん」


「ごめん顔じゃない」


「でも、また会えるだろ」


「たぶん」


「そのとき買う?」


「見てよかったら」


「高いんでしょ」


「貯める」


「カードやめる?」


ヴァンは黙った。


リオが振り返る。


「そこは即答じゃないんだ」


「全部はやめない」


「槍代、減るじゃん」


「勝てば増える」


「負けたら?」


ヴァンは一瞬だけ黙った。


それから、槍の石突きでリオの靴を軽く突いた。


「歩け」


リオは笑って前を向いた。


間に合わなかった。


それはそのままだった。


でも、道までなくなったわけではない。

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