二人名義
「受ければいいだろ」
朝食の席で、ヴァンは簡単に言った。
リオはパンをちぎる手を止める。
「俺名義だよ」
「聞いた」
「かなり高い」
「それも聞いた」
「俺だけに来てる」
ヴァンが顔を上げた。
「だから何」
リオは少し考えた。
昨日、自分で言ったことだった。
ヴァンは一人で仕事を受けた。
自分も風呂へ行った。
帰ってきて、それで終わった。
「別にいいのか」
「俺に聞かないと仕事受けられないの?」
「そういう話じゃない」
「じゃあ受ければ」
ヴァンはスープを飲んだ。
「ただ、俺まで人数に入ってる依頼を勝手に受けるな。それだけ」
「それはしない」
「ならいい」
簡単だった。
簡単すぎて、リオは少し拍子抜けした。
「もっと何かない?」
「頑張れ」
「雑だな」
「一人で受けるんだろ」
リオは笑った。
「じゃあ行ってくる」
その朝、中継所で借りた平衡四秒の返済は、食卓につく前に済んでいた。
今日は、必要ならまだ十分に借りられる。
*
依頼人は西区の公証商会だった。
渡されたのは、両手で抱えるほどではない金属箱。
鍵付き。
重くはない。
中身も教えられなかった。
「開けない。落とさない。西門の郵騎へ、第六鐘までに渡す」
公証人が言った。
「今、第五鐘鳴ったよね」
「鳴った」
「普通に歩けば?」
「間に合う」
「じゃあなんで俺?」
公証人は窓の外を見た。
「普通に歩ければ、な」
リオも見る。
西区の大通りには、人が詰まっていた。
運河の跳ね橋が上がっている。
大きな荷舟が通るらしい。
橋の手前で荷車も人も止められていた。
「この前、崩れた街道を抜けた冒険者だろ」
「二人でね」
「今日は一人で頼んだ」
「そうだね」
公証人は箱を渡す。
取っ手には、公証商会の赤い急送札が結ばれていた。
「間に合わなければ、次便は明日の昼だ」
「中身、腐る?」
「腐らない」
「人が死ぬ?」
「死なない」
「じゃあ何が困るの」
公証人は一拍置いた。
「取引が一つ流れる」
リオは箱を受け取った。
「それは困るな」
命ほどではない。
でも、なくならなくていいものだった。
*
大通りは完全に止まっていた。
跳ね橋は半分まで上がっている。
荷舟の帆柱がゆっくり下を通る。
橋が戻るまで待てば、郵騎は出る。
脇道はある。
でも、遠い。
リオは箱を抱え直した。
橋の手前。
上がり始めた橋板。
向こう側の石畳。
距離は広がっている。
まだ、飛べる。
橋の係員が、箱の赤い札に気づいた。
「急送か!」
「西門!」
「歩行側、あと少しで上げる! 渡るなら今だけだ!」
リオは一度だけ箱の留め具を確かめた。
今日は四秒で足りる。
「脚、二」
橋板へ足をかける。
「平衡、二」
未来の二秒ずつを、今の二秒へ重ねた。
上がっていく板を駆ける。
傾斜が増える。
靴底が滑る。
脚の上乗せで踏み直す。
端。
跳ぶ。
箱が胸の前で浮く。
着地点は、向こう岸の欄干脇。
平衡の上乗せが、片足着地の傾きを押し戻した。
二秒。
終わり。
後ろで係員の笛が鳴った。
リオは片手だけ上げた。
西門へ走る。
今度は、自分の脚だけで。
*
郵騎は、馬へ足を掛けるところだった。
「待って!」
リオが箱を掲げる。
騎手が止まる。
「公証商会?」
「これ」
封印を確認する。
署名。
受領。
終わった。
「間に合った」
騎手が言う。
「間に合わせた」
「橋、上がってたろ」
「途中だった」
「どうやって来た」
「通っていいって言われたから、二秒借りた」
騎手は箱を鞍袋へ固定しながら笑った。
馬が西門を抜ける。
リオはそれを見送った。
一人でも、ちゃんと終わる。
それは思ったより気分がよかった。
*
夜。
宿の食堂で、リオはヴァンに報酬額を見せた。
「高いな」
「高いだろ」
「一人仕事、増やす?」
リオは考える。
「増えてもいい」
「俺も?」
「いいよ」
「じゃあ決まり」
「何が」
「別の仕事受けるとき、いちいち許可取らない」
「元からそうじゃなかった?」
「お前が朝から変な顔してたから確認した」
「変な顔してない」
そこへ、セドが食堂へ入ってきた。
一人ではなかった。
男と女を一人ずつ連れている。
どちらも、指や袖に金属粉が染みついていた。
職人らしい。
二人は同じ卓につく前から、互いを見ていなかった。
「仕事?」
ヴァンが聞く。
「仕事」
セドが答える。
「今度は二人名義」
リオは少しだけ嬉しくなる。
男のほうが先に口を開いた。
「崖工房って分かるか」
ヴァンが頷く。
「東壁の古い鋳造所?」
「明日、役所が入口を潰す」
女が続けた。
「中に二つ、取り残してるものがある」
「何」
「原型の金型」
男が言う。
女はすぐに、
「それと、原帳簿」
と言った。
二人の声がぶつかる。
セドがため息をついた。
「事情はあとで話す。要するに、この二人はそれぞれ別のものが必要だ」
ヴァンが聞く。
「時間は?」
「明日の夕方まで」
「片方しか無理だったら、どっちを優先する?」
男と女が、そこで初めて同じ方向を見た。
二人ともヴァンを見る。
男が言う。
「片方じゃ困る」
女も言う。
「二つとも失いたくない」
ヴァンの視線が横へ動く。
リオを見る。
リオはもう、セドに聞いていた。
「工房、いつ入れる?」




