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未来の自分から能力を前借りする俺は、どっちも諦めない  作者: 綴木 灯
何も諦めない

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4/22

一人で受ける

翌朝、リオが二本目のブーツの紐を締めたところで、部屋の扉が叩かれた。



ヴァンが開ける。


昨日の商隊にいた香料商の女が立っていた。


「朝から悪いね」


ヴァンが少し身構える。


「荷に何か?」


「荷じゃない。仕事」


女はリオも見た。


それから、ヴァンへ戻る。


「あなたに頼みたい」


リオは自然に立ち上がった。


「何を?」


ヴァンが横目で見る。


女は気にせず続ける。


「川倉庫に置いてある香料箱を一つ、昼までに商館へ運びたい。箱そのものより、封が切れてないことの証明が大事でね。倉庫の立会人も連れてくる」


「護衛?」


「半分。昨日、川側を決めたの、あなただろ」


ヴァンは一拍置いた。


「そう」


「途中で何か起きても、私の代わりに決めてほしい」


リオは口を開いた。


「じゃあ俺も――」


「一人で受ける」


ヴァンが言った。


リオの口が開いたまま止まる。


香料商の女も少しだけ驚いた。


「一人で足りるなら、私は構わないけど」


「足りる」


「護衛は?」


「現地で一人つけてくれれば」


「分かった」


女は報酬を伝えた。


悪くない。


リオは黙っていた。


女が帰る。


扉が閉まる。


「なんで?」


すぐに聞いた。


ヴァンは槍の穂先へ布を巻く。


「一回、自分の判断だけで最後までやりたい」


「俺、口出さないよ」


ヴァンが手を止めた。


リオを見る。


「いるだけで出すだろ」


「出さない」


「昨日、俺が荷の寄せ方決めたとき何か言いかけたよな」


「言ってない」


「顔で言ってた」


リオは少し考える。


「縄、持ってく?」


「持ってく」


「予備の短縄も」


「それは置いてけ」


「川沿いなら足場濡れてるかもしれないし」


「リオ」


「何」


「来ないでほしいって話してる」


リオは黙った。


ヴァンの声は怒っていなかった。


そのほうが、少し困る。


「……分かった」


「うん」


「でも長縄は持ってって」


「それは持つ」


「じゃあいい」


よくはなかった。


でも、今のところはそれで終わった。


*


ヴァンが出ていってから半刻もしないうちに、リオは宿を出た。


待っている理由がなかった。


昨日見損ねた南浴場へ行く。


正確には、風呂へ入る前に仕事をする。


浴場の主人が、昨夜の風で屋根の雨除け布が絡まったと言っていた。


直せば銀貨一枚と入浴代なし。


かなりいい。


浴場の裏口へ着くと、主人が屋根を見上げていた。


「本当に登れるのか?」


「登れる」


「未来のやつ使う?」


「使わなくても登れる」


「じゃあ安くならない?」


「なんで能力使わないと安くなるんだよ」


主人は笑った。


「冗談だ」


リオは屋根へ上がる前に、石段へ腰を下ろして水を飲んだ。


そのとき、両脚から力が消えた。


昨日、橋を飛んだ二秒。


リオは杯を持ったまま、足先だけを見る。


「二」


主人が不安そうに覗き込む。


「何が?」


「返済。脚」


「大丈夫なのか」


「座ってるから」


二秒。


戻る。


リオは立ち上がった。


「ほら」


「それ、いつ来るか分からないんだろ?」


「分からない」


「屋根の上じゃなくてよかったな」


「よかった」


本当にそうだった。


それだけ言って、梯子へ手をかけた。


屋根の仕事は、能力を使わなくてもできた。


絡んだ布をほどく。


切れた結び目を作り直す。


端を引いて張りを確かめる。


一度、風に煽られた。


でも、足を開いて踏ん張れば済んだ。


未来を借りなくても、自分の足はちゃんと使える。


主人が下から言う。


「早いな」


「風呂待ってるから」


「そっちか」


「そっち」


*


仕事を終え、湯に入る前に、リオは浴場の食堂で肉煮込みを頼んだ。


一人分。


少し広い。


卓も。


椅子も。


肉皿も。


二人で座ると狭いと思っていたのに、一人だと妙に余る。


「リオ?」


声がした。


セドだった。


「なんでいるの」


「風呂入りに来た人に言われたくない」


セドは向かいへ座る。


「ヴァンは?」


「仕事」


「別?」


「別」


セドが一瞬だけ面白そうな顔をした。


「ちょうどいい」


「何が」


「リオ名義で一件来てる」


肉を口へ運びかけた手が止まる。


「俺名義?」


「前借りできる冒険者に頼みたいって。明日の夕方。短い仕事。報酬はかなりいい」


「ヴァンは?」


「依頼人は特に指定してない」


「俺たち、共同だよ」


「知ってる」


「じゃあ二人名義でいいだろ」


セドは水を一口飲んだ。


「依頼人が欲しいのは、昨日橋を飛んだほうだ」


リオは少し嬉しかった。


そのあと、少し嫌だった。


順番が逆なら簡単だったのに。


「いくら?」


セドが額を言う。


かなりいい。


「内容は?」


「西門までの緊急搬送。人じゃない。鍵付きの箱」


「危険?」


「まだ詳しくは聞いてない。お前が受ける気あるか先に聞けって」


リオは肉をもう一口食べた。


「ヴァン帰ってから」


セドが眉を上げる。


「一人で受けない?」


「受けないとは言ってない」


「じゃあ?」


「帰ってから決める」


「意外だな」


「何が」


「すぐ取ると思った」


リオは皿を見る。


「取れるならね」


今は、まだ分からない。


*


夕方。


ヴァンは予定より少し遅く帰ってきた。


服の裾に泥がついている。


でも顔は悪くない。


「どうだった?」


リオが聞く。


「終わった」


「箱は?」


「商館」


「昼まで?」


「少し遅れた」


リオはすぐに言いかけた。


川沿いの裏道なら。


北の細路地なら。


荷を持って先に――


「俺なら」


ヴァンが手を上げた。


「聞いてから言え」


リオは口を閉じた。


少し間を置く。


「……何があった?」


ヴァンは椅子へ座った。


「倉庫の立会人が、途中で別の帳簿を取りに戻りたいって言った」


「戻ったの?」


「戻った」


「それで遅れた?」


「そう」


「箱だけ先に運べば」


ヴァンが見る。


リオは止まる。


「……証明が大事って言ってたな」


「立会人が、封を見たまま商館まで行くのが条件だった」


「そっか」


「早く着く仕事じゃなかった」


リオは背もたれへ寄りかかった。


自分なら、たぶん一度は箱だけ先に運ぶ方法を考えた。


たぶん、二つか三つ。


でも、それをやったら依頼人が欲しかったものは減る。


「成功?」


「成功」


「楽しかった?」


ヴァンは少し考えた。


「まあまあ」


それが少し悔しかった。


「風呂、行った?」


今度はヴァンが聞く。


「行った」


「どうだった」


「よかった」


「一人で?」


「一人で」


「ずるいな」


リオは思わず笑った。


「来ないでって言ったのそっちだろ」


「仕事に来るなって言った」


「先に言えよ」


「何を」


「風呂は一緒に行くって」


ヴァンも笑った。


それから、リオはセドの話をした。


リオ名義。


高い報酬。


西門への緊急搬送。


ヴァンは最後まで聞いた。


「受けたい?」


「報酬はいい」


「それは知ってる」


「仕事も気になる」


「じゃあ受ければ」


リオは少し眉を寄せる。


「二人で?」


ヴァンは肩をすくめた。


「そこから話せばいいだろ」


リオは頷いた。


それなら、まだ決められることが多い。

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