崩れた街道
翌朝、南門の前には荷車が六台並んでいた。
リオは数える。
一、二、三、四、五、六。
その横に、七台目が止まった。
「増えてる」
ヴァンが言った。
「増えてるな」
セドは七台目の荷主と話していた。
話すというより、断っていた。
「昨日の契約は六台です」
「一台くらい変わらないだろ」
「変わります」
「護衛はいるんだろ?」
「六台分は」
セドは帳面を閉じた。
「今日の街道は、何も起きない前提で組んでません。増やすなら、出発を遅らせて全員と条件を組み直します」
荷主は不満そうに鼻を鳴らした。
「融通が利かないな」
「融通を売るために、最初の約束は守ってください」
七台目は列から外れた。
リオは少し感心した。
「ちゃんと断るんだ」
戻ってきたセドが眉を上げる。
「俺を何だと思ってる」
「増やせるだけ増やす人」
「増やしたせいで崩れたら、次の仕事がなくなるだろ」
「商売人だ」
「最初からそう言ってる」
ヴァンが荷車の車輪を見ながら言った。
「出るぞ。雨来る前に距離稼ぐ」
*
商隊には、リオとヴァンのほかに護衛が三人いた。
そのうち一人、赤茶の髪を短く切った女が、最初の休憩でリオの巻き縄を見てきた。
「それ、昨日の中継所でも使った?」
「もう話来てる?」
「薬箱飛ばしたって」
「飛ばしてない」
「じゃあ滑らせた」
「それ」
女は笑った。
「ネラ。東まで一緒」
「リオ」
「知ってる」
「あ、そう」
ヴァンが横から口を挟む。
「こいつの話は半分で聞け」
「ヴァンの話は?」
「八割」
「自分で言うんだ」
ネラは笑って、自分の馬へ戻った。
リオは少し考える。
「俺、半分?」
「薬箱が飛んでる時点で半分」
「俺が広げた話じゃないけど」
「嬉しそうに聞いてただろ」
それは否定しづらかった。
*
昼を過ぎたころ、先頭の荷車が止まった。
道が消えていた。
正確には、山側が崩れて街道の半分を埋めている。
残った半分も、外側は崖だった。
馬一頭なら通れる。
荷車は無理だ。
後ろから荷主たちが集まってくる。
「聞いてないぞ」
「昨日の雨だろ」
「戻るのか?」
「東の朝市に間に合わない」
声が重なる。
セドは崩れた土を見て、次にヴァンを見た。
その前に、一人の商人が言った。
「中継所の二人だろ。こういうとき何とかするために雇ったんじゃないのか」
何人かの視線がリオへ集まる。
胸の奥が少し浮いた。
ヴァンが先に前へ出た。
「何とかするかは、見てから決める」
商人が口を開く。
セドが手を上げた。
「契約もそうです。まず見てもらう」
リオはセドを見る。
セドは肩をすくめた。
昨日より少しだけ学習している。
*
街道の上には、古い山道が残っていた。
人と馬なら通れる。
荷車は無理。
崩れた街道の下側には、川沿いへ下る細い作業道もある。
こちらは幅があるが、途中の石橋が一部落ちている。
三つの案が出た。
ここで待って、崩れを削る。
全員で一日戻って迂回する。
荷を分ける。
リオは上の山道を見る。
「軽い荷だけ上へ。残りは下」
ヴァンはすぐには答えなかった。
「下の橋、荷車通る?」
「一台ずつなら」
「誰が見た」
「俺」
ネラが言った。
いつの間にか戻ってきていた。
「橋の手前までは乗れる。落ちてるのは端だけ。でも荷車から見たら怖い幅」
「怖いで済む?」
ヴァンが聞く。
「私なら渡す。六台まとめては嫌」
ヴァンは頷いた。
「上は?」
「馬なら余裕。人も。荷は背負える分」
リオは荷札を見る。
布。
乾物。
工具。
香料。
細工物。
「高いのと、明日の朝市に要るのだけ上へ持ってけば」
「誰が行く」
リオはネラを見る。
ネラもこちらを見る。
「俺と――」
「私は行かない」
先に言われた。
リオは口を閉じた。
ネラは後方の馬車を指差す。
「三台目、若い馬が一頭いる。崖道で暴れそう。私は下に残る」
「そっか」
ヴァンが言う。
「じゃあ上は別の護衛に頼む」
「いや」
ネラは少し考えた。
「馬だけ別のやつに任せられるなら、上は行く。朝市の荷、追加手当つく?」
セドが即答する。
「つける」
「どのくらい」
今度はリオが笑った。
「ちゃんと聞くんだ」
ネラが真顔で言う。
「聞くだろ、そこは」
どこかで聞いた台詞だった。
*
最終的に、商隊は二つに分けた。
ネラが軽い荷と二人の荷主を連れて山道へ。
ヴァンは荷車六台を川沿いへ回す。
リオはヴァン側に残った。
「上じゃなくていいの?」
リオが聞く。
「お前が行きたいのは分かる」
「山道、景色よさそう」
「仕事しろ」
「してる」
川沿いの作業道は、思ったより悪くなかった。
問題は石橋だった。
橋の端が崩れて、車輪一つ分ほど路面がなくなっている。
荷車を内側へ寄せれば渡れる。
ただし、橋の入口で馬を大きく振らせる必要があった。
ヴァンは一台目を止める。
「荷、右へ寄せる」
「全部?」
「重い箱だけ。左を軽くする」
「それなら前輪もっと内側入る」
リオが言う。
「後輪が外へ振れる」
「綱つける?」
「つける。お前、向こうで引けるか」
橋の反対側には、綱を取れる太い石柱が残っている。
ただし、そこへ行くには崩れた端を越える必要がある。
回れば五分。
飛べば一瞬。
前借りできる残りは四秒。
「脚二、平衡二」
ヴァンがこちらを見る。
「それで届く?」
「届かせる」
「落ちるなよ」
「そこは普通、止めない?」
「止めて回らせたら五分遅れる」
リオは笑った。
そういうところが好きだった。
二秒分の脚と、二秒分の平衡を重ねる。
地面を蹴る。
崩れた石の端。
空いた部分を越えて、反対側の欄干へ足を乗せる。
一瞬、石が欠けた。
腰が外へ流れる。
平衡の上乗せが、外へ流れた腰を引き戻す。
着地。
終わり。
「取った!」
向こうからヴァンが綱を投げる。
リオが石柱へ回す。
一台目。
ゆっくり。
内側へ。
前輪が通る。
後輪が振れる。
リオが綱を引く。
ヴァンが御者へ声を飛ばす。
「止めるな! そのまま!」
ぎし、と木が鳴る。
後輪が縁をかすめた。
通った。
二台目。
三台目。
四台目で、荷主が言った。
「もっと荷を右へ寄せたほうが安全じゃないか」
リオもそう思った。
口を開きかける。
ヴァンはもう配置を決めていた。
「今ので行く」
「でも――」
リオは止めた。
今の三台で、ヴァンは車輪の振れを見ている。
変えるなら、ヴァンが変える。
リオは綱を握り直した。
「了解」
四台目が渡る。
五台目。
六台目。
最後の荷車が橋を抜けたとき、誰かが大きく息を吐いた。
リオも同じだった。
*
日が傾くころ、川沿い組は山道組と合流した。
ネラたちは先に着いていた。
「遅い」
ネラが言う。
「六台持ってきた」
ヴァンが答える。
「全部?」
「全部」
朝市向けの軽い荷も無事だった。
予定よりは遅れた。
でも、迂回するより半日は早い。
セドが荷主たちと到着時刻を確認している。
一人の商人がリオへ近づいた。
「橋を渡すときの判断、見事だったな」
リオは首を横へ振った。
「そっち」
ヴァンを指す。
商人が少し驚く。
ヴァンも少し驚いた顔をした。
「川側を決めたのも?」
「ヴァン」
「飛んだのは?」
「俺」
「じゃあ半分ずつか」
リオは考えた。
「たぶん、もっと細かい」
ネラが横から言う。
「私は?」
商人が笑う。
「もちろん払うよ、追加手当」
「ならいい」
セドが帳面を閉じて近づいてくる。
「予定外込み、いけるな」
ヴァンが睨む。
「今日いけただけ」
「分かってる」
セドは本当に分かっている顔だった。
少なくとも今日は。
リオは東の空を見る。
町の屋根が見えている。
その向こうに、南浴場の煙突もあった。
「間に合うかな」
「何に」
ヴァンが聞く。
「風呂」
ヴァンはしばらく黙った。
「お前、今まで橋渡してたよな?」
「だから入りたいんだろ」
ネラが笑った。
「それは分かる」
味方が一人増えた。




