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未来の自分から能力を前借りする俺は、どっちも諦めない  作者: 綴木 灯
何も諦めない

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2/30

話が勝手に大きくなる

町へ戻ったころには、リオが薬箱を流した話は、もうリオの知らない形になり始めていた。


「水ん中を走ったんだって?」


宿の主人が言った。


「走ってない」


「屋根から飛んだ?」


「屋根にも上がってない」


「じゃあ何したんだ」


リオは答えかけた。


隣でヴァンが先に言う。


「薬箱を索で送って、こいつが奥へ回った」


「奥へ回るのに未来を借りたんだろ?」


「それはそう」


主人は満足そうに頷いた。


「じゃあ大体合ってるな」


「どこが」


卓の端では、依頼人だった薬屋の男が、助け出した測量役に身振りを交えて同じ話をしている。


薬箱が索を滑った速度は、もう実際の二倍くらいになっていた。


リオが梁を渡った距離も、聞くたびに伸びる。


測量役のほうも訂正する気はないらしい。


「こいつ、本当に薬も俺も持って帰ったんだよ」


「持ってはない」


「細かいな」


「そこ結構違うだろ」


測量役は笑った。


「普通なら、どっちか置いてく」


その一言で、周囲の客がこちらを見る。


リオは少しだけ居心地がよくなった。


ヴァンが横目で見た。


「嬉しそうだな」


「何が」


「話が大きくなってるの」


「薬箱が飛んだことになってるのは嫌だよ」


「そこだけ?」


リオは返事をしなかった。


薬も残った。


人も残った。


そこは大きくなっていない。


なら、まあいい。


*


午後。


リオとヴァンは宿の裏庭で、濡れた装備を干していた。


ヴァンは槍の石突きを外して泥を落とし、リオは巻き縄を膝の上でほどいている。


朝の中継所で使った八秒分は、まだ大半が返済待ちだった。


リオは腰掛けたまま、縄についた泥を布でこする。


ふいに、両脚から力が抜けた。


「あ」


膝が外へ開く。


足裏の感覚はある。


けれど、立てと言われても立てない。


ヴァンが顔を上げた。


「脚?」


「四。朝のやつ」


「座っててよかったな」


「立ってても転ぶだけだよ」


「だから座っててよかったって言ってる」


ヴァンは干しかけていた剣帯を、リオの足元から少し遠ざけた。


リオは縄仕事を続ける。


手は動く。


四秒。


脚に力が戻った。


一度つま先で地面を蹴る。


いつもの脚だ。


「終わり」


「これで四秒空いた?」


「うん」


朝まで残っていた分を含めれば、まだ返済待ちはある。


それでも、大きく借りる余地は少し戻った。


リオは立ち上がり、干していた外套を裏返した。


ヴァンは槍の穂先へ油を引き始める。


そのまま縄を巻き終え、濡れた靴まで並べ直したころ、宿の裏口から声がした。


「リオとヴァン?」


二人が振り返る。


細身の男が立っていた。


三十前後。


旅装ではない。


紺色の上着に、帳面を二冊、腰から下げている。


「表で声かけたら、主人に裏だって言われた」


ヴァンが立ち上がる。


「誰」


「セド。荷主と護衛の仲介やってる」


男――セドは、二人の干した装備を眺めた。


「今朝の中継所の話を聞いた。前借りが使えるって話も」


「いる」


リオが言う。


「返済が残ってても仕事は受ける?」


ヴァンが先に聞き返した。


「仕事の話?」


セドは笑った。


「早いな」


「能力の聞き取りなら料金取るぞ」


「じゃあ仕事の話にする」


セドは近くの木箱をひっくり返して腰掛けた。


「今朝の中継所。薬も人も出したって?」


リオは縄を巻き直しながら言う。


「ヴァンもいた」


「もちろん。二人組だって聞いてる」


セドはすぐに訂正した。


そこは気に入った。


「俺が欲しいのは英雄じゃない。予定が崩れたときに、二案目を作れるやつ」


ヴァンの手が止まる。


「予定外の内容による」


「そう言うと思った」


「じゃあ最初から内容言え」


「言うよ」


セドは帳面を一冊開いた。


「明日の朝、南門から商隊が出る。荷車六台。行き先は東の市」


「普通の護衛?」


リオが聞く。


「普通ならな」


セドは帳面を指で叩いた。


「雨で西の街道が怪しい。道が生きてれば何も起きない。潰れてたら、その場で組み替えてほしい」


「組み替えるって」


「待つか、荷を分けるか、迂回するか。商隊だけじゃ判断が遅い」


ヴァンが眉を寄せた。


「それ、護衛じゃなくて現場判断まで込みだろ」


「だから普通より出す」


「いくら」


今度はリオより先にヴァンが聞いた。


リオは笑う。


セドも笑った。


提示された額は、確かに普通の護衛より高い。


リオは頭の中で二日の宿代を引いた。


東の市なら、南浴場がある。


前に一度だけ入った。湯が熱くて、食堂の肉煮込みがうまい。


「受けたい」


「早い」


ヴァンが言う。


「報酬いいし」


「まだ条件聞いてる途中」


「東だし」


「東?」


「浴場」


セドが帳面から顔を上げた。


「浴場で仕事決めるのか」


「報酬でも決めてる」


「安心した」


ヴァンはこめかみを押さえた。


それからセドを見る。


「こいつの返済が来たとき、商隊止めろって話なら受けない」


「そこまで期待してない」


「予定外だからって、何でも俺たちが埋めると思うな」


「思ってない」


セドは少し間を置いた。


「今は」


ヴァンの目が細くなる。


リオは笑った。


「正直だな」


「仲介は、できることを多く見せる商売だからな」


「俺たちも?」


「できること、多そうだろ」


リオは返事の代わりに、乾き始めた縄を巻き上げた。


多いほうがいい。


できることも。


行ける場所も。


明日の予定も。


ヴァンはまだ帳面を覗き込んでいる。


「街道が死んでた場合、判断権はこっちでいいんだな」


「荷主には話を通す」


「荷を捨てる判断も?」


セドは一拍だけ止まった。


「必要なら」


リオは巻いていた縄から顔を上げた。


「捨てない方法があるなら?」


セドがこちらを見る。


「それを探せるなら、そのために呼ぶ」


その言い方は、悪くなかった。


ヴァンは小さく息を吐いた。


たぶん、リオが何を考えているか分かったのだろう。


「まだ何も起きてないぞ」


「分かってる」


「楽しむな」


「まだ楽しんでない」


「“まだ”って言ったな」


セドが声を立てて笑った。


*


夕方。


セドは契約書を置いて帰った。


リオたちが裏庭から食堂へ戻ると、朝の測量役はもういなかった。


代わりに、知らない客がこちらを見て、小声で連れへ言った。


「あれじゃないか。薬も人も諦めなかったって」


リオは聞こえないふりをした。


ヴァンは本当に聞いていないふりがうまい。


卓につく。


「明日、晴れるかな」


リオが言う。


「雨の話聞いたあとにそれ言う?」


「東の浴場、露天なんだよ」


「仕事しに行くんだぞ」


「仕事終わったあとなら入れるだろ」


ヴァンは黒パンを投げてよこした。


「まず飯食え」


リオは受け取った。


今度は、ちゃんと握れた。

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