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未来の自分から能力を前借りする俺は、どっちも諦めない  作者: 綴木 灯
同じ場所へ帰れるから、別の道へ

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29/30

別々の予定

翌朝。


リオが食堂へ下りると、宿の主人に紙を渡された。


「また手紙?」


「お前宛て」


「誰」


「読め」


短い封。


見覚えのある、細い字。


シアだった。


リオはその場で開ける。


> 東のミレイ湿原に初霜が来た。

>

> 霜硝子の葦原が出る。

>

> 二日後の朝、東門。

>

> 一週間くらい。

>

> 古い標識島を取り直す。

>

> 足が速いのが一人いると助かる。

>

> 見たいなら来る?


最後の一行だけ、少し字が小さい。


リオは二回読んだ。


「何」


ヴァンが後ろから来た。


「シア」


「仕事?」


「半分」


「何それ」


「見て」


渡す。


ヴァンが読む。


「霜硝子?」


「知らない?」


「名前だけ」


「俺知らない」


「じゃあ行きたいだろ」


「行きたい」


早かった。


*


霜硝子の葦原。


宿の主人に聞くと、知っていた。


東の湿原。


最初に強い霜が降りると、葦の表面に透明な鉱塩の膜ができる。


朝日が当たると、葦原全体が白い玻璃みたいに光る。


昼には少し溶ける。


また夜に凍る。


長くても十日ほど。


「音もするぞ」


主人が言う。


「音?」


「風で当たると、ちんちん鳴る」


リオはさらに行きたくなった。


「仕事何だっけ」


ヴァンが聞く。


「標識島」


「もう忘れてる」


「覚えてるよ」


シアたちの目的は、湿原の中に残る古い路標の測り直し。


普段は水と泥で近づきにくい場所が、初霜の時期だけ少し歩きやすくなるらしい。


危ない氷の上を歩くわけではない。


浅い水面と泥が固まり、踏める島が増える。


それでも、崩れた標識を拾うなら足の速い人間がいると楽。


「面白そう」


リオが言う。


「面白そう」


ヴァンも認めた。


「一緒に行く?」


口から出てから。


リオは昨日の紙を思い出した。


北。


六週間。


ヴァンを見る。


ヴァンも分かっていた。


「日、見るか」


*


部屋へ戻る。


机の上に二枚。


ネラからヴァンへ来た北の商隊。


シアからリオへ来た東の湿原。


地図も広げる。


「北は」


ヴァンが指で日付を押さえる。


「二日後の朝」


「返事は今日の夕方まで」


「うん」


「東も二日後」


「朝」


「一週間くらい」


「くらい」


リオは地図を見る。


東。


北。


全然違う。


「東、最初だけ見て北へ追う」


「何しに」


「霜硝子見る。標識一個取る。戻る」


「片道二日」


「馬借りたら」


「一日半」


「じゃあ」


「着いてすぐ帰るの?」


リオは黙る。


嫌だった。


せっかく行くのに。


葦原が光るところだけ見て、すぐ帰る。


シアの調査にもほとんど参加できない。


「逆」


リオが言う。


「ヴァンの北、最初だけ」


「何で」


「出発一緒に行く。最初の宿まで。それから東へ切る」


ヴァンは地図を見る。


「北へ一日行ってから東?」


「近道ある?」


「遠くなる」


「山越え」


「冬前だぞ」


「能力使えば」


「移動時間は増えない」


前にも言われた。


「じゃあ北の出発ずらす」


「商隊全部?」


「ネラに聞く」


「聞くのはいいけど」


ヴァンは止めなかった。


*


ネラは北門の組合にいた。


話をすると、地図も見ずに答えた。


「ずらせない」


「一日」


「無理」


「半日」


「もっと無理」


「何で半日のほうが」


「朝に門出るから」


ネラは帳面を閉じる。


「北の峠、六日目に中継宿へ入れたい。荷車十四台。途中の宿も人も押さえてる」


「ヴァンだけ後から追う」


ネラがヴァンを見る。


「できなくはない」


リオが顔を上げる。


「じゃあ」


「でも嫌」


ネラが言った。


「何で」


「欲しいのは初日から列の中段を見る槍役。後から来て道だけ歩く人じゃない」


ヴァンが頷く。


「分かった」


「あと、一枠だからね」


ネラがリオを見る。


「自腹でついてくるなら止めないけど、仕事はないよ」


「護衛手伝える」


「勝手に増える護衛、一番困る」


「そんなに?」


「指揮系統増えるから」


それはオルサにも似たことを言われそうだった。


リオは引いた。


「じゃあヴァンだけ」


「最初からそういう依頼」


ネラは悪くない。


本当に。


*


帰り道。


リオはまだ地図の中を歩いていた。


頭の中で。


北。


東。


一日。


一日半。


馬。


宿。


川。


「東、一日遅らせてもらう?」


ヴァンが聞く。


「霜待ってくれるかな」


「シアに聞けば」


「聞く」


宿へ戻る。


すぐ返事を書く。


> 三日後じゃ駄目?

>

> 途中合流は?


短く。


使いの少年へ渡す。


シアたちの宿泊所は町の東側。


返事は夕方に来た。


> 三日後でも湿原には入れる。

>

> でも先に外周を取るから、中央の標識島は三日目に行く予定。

>

> 途中合流でもいい。

>

> 霜硝子を見るだけなら、朝から来たほうがきれい。


最後。


> 私たちは予定どおり出る。


リオは紙を置いた。


「遅れて行けば?」


ヴァンが言う。


「行ける」


「じゃあ解決?」


リオは少し考える。


二日後。


ヴァンを北へ送り出す。


そのあと東へ。


片道一日半。


シアたちへ追いつくのは、たぶん二日目の夜。


中央の標識島には間に合う。


霜硝子も、まだあるかもしれない。


できる。


「できるね」


「なら」


「でも二日後の朝がいい」


ヴァンが見る。


「霜硝子?」


「うん」


「仕事じゃなくて?」


「仕事も」


「どっち」


「両方」


ヴァンは笑わなかった。


怒りもしなかった。


「じゃあ三日目に行けば」


「ヴァンは?」


「北」


「一人で?」


「商隊いる」


「そうじゃなくて」


言ってから、リオは止まる。


何が言いたいのかは分かっている。


ヴァンもたぶん分かっている。


少し間があった。


「今回」


ヴァンが言った。


「俺に来た仕事だから、俺でやりたい」


リオは黙る。


言葉は簡単だった。


分からないわけではない。


エルダの槍も。


北の仕事も。


ヴァンが自分で選んだ。


「俺が行ったら駄目?」


「駄目じゃない」


「じゃあ」


「楽にはなると思う」


「でしょ」


「でも、今回は俺でやりたい」


もう一度。


今度はそれ以上足すものがなかった。


リオは地図を見る。


北の道。


六週間。


「長いよ」


「長いな」


「途中で何かあったら」


「あるかも」


「前借りできないよ」


「知ってる」


「俺ならできる」


「知ってる」


全部知っている。


それでも行く。


リオは少しだけ腹が立った。


ヴァンにではない。


たぶん。


「新しい槍あるし」


ようやく言う。


ヴァンが少し笑う。


「ある」


「傷つけるなよ」


「使うための槍だ」


「帰ったら触らせて」


「考える」


「まだ?」


そこはいつも通りだった。


*


夜。


リオはシアへ返事を書いた。


> 二日後、東門。

>

> 行く。


それだけ。


ヴァンはネラへの返事を書く。


> 受ける。

>

> 二日後、北門。


机の上。


二枚の紙。


一つは東。


一つは北。


リオの部屋なのに、ヴァンの紙も同じ机にある。


「出す?」


リオが聞く。


「出す」


二人で階段を下りる。


宿の主人へ使いを頼む。


戻る。


「明日、準備?」


ヴァンが聞く。


「うん」


「東、寒いぞ」


「北のほうが寒い」


「たぶん」


「靴下」


「シアが持ってる」


「自分で持て」


「持つよ」


普通だった。


本当に。


でも、二日後。


リオは東門。


ヴァンは北門。


同じ部屋の机で、それぞれの荷物を考えている。


リオは地図を畳んだ。


東と北の線が、折り目で重なった。

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