鍵を持って
朝。
食堂でパンを半分食べたところで、リオの両脚から力が抜けた。
「あ」
椅子に座っていたので、そのまま止まる。
二秒。
ロア町の練習場。
ヴァンの新しい槍の間合いを抜こうとして借りた脚。
一。
二。
戻る。
ヴァンが向かいでスープを飲んでいる。
「終わり?」
「終わり」
「全部?」
「全部」
未返済はゼロ。
十秒。
今日は、たぶん使わない。
リオはパンの続きを食べた。
*
部屋へ戻る。
荷物は少ない。
東の湿原。
一週間くらい。
短剣。
縄。
鉤。
雨具。
厚い靴下。
着替え。
乾燥肉。
水袋。
「靴下」
扉のところでヴァンが言う。
「ある」
「替え」
「二つ」
「シアに借りるなよ」
「借りないよ」
「前科ある」
「ない」
ヴァンは新しい槍を肩へ立てている。
古い槍は、宿へ預けるらしい。
「そっちは?」
リオが聞く。
「何」
「六週間分」
「下にある」
「多い?」
「お前よりは」
「槍二本?」
「新しいほうだけ」
「古いの置いてく?」
「置いてく」
リオは少し笑った。
「置いていけるね」
「宿に預けるだけ」
「それでも」
ヴァンは答えなかった。
*
リオは机を見る。
安い杯。
家賃の受領書。
いくつかの手紙。
町歩きの靴。
全部置いていく。
引き出しを閉める。
窓を見る。
閉まっている。
寝台。
毛布。
棚。
別に片づけすぎる必要はない。
リオは荷袋を背負った。
最後に、扉の外へ出る。
鍵を掛ける。
真鍮の鍵。
腰袋へ。
帳場まで降りても、主人は何も言わなかった。
「何日」
それだけ聞かれる。
「一週間くらい」
「くらい?」
「シアがそう書いてた」
「家賃は払ってる」
「知ってる」
「手紙来たら」
「置いとく」
「ヴァンのも?」
主人がヴァンを見る。
「北だろ」
「六週間」
「長いな」
「うん」
「手紙来たら?」
ヴァンが少し考える。
「リオの部屋宛てなら預かって」
リオを見る。
「いい?」
「いいよ」
主人は頷く。
「じゃあ行ってこい」
二人で宿を出た。
*
朝の町。
まだ店は半分しか開いていない。
空気が冷たい。
初霜。
石畳の端が白い。
「東、今日きれいそう」
リオが言う。
「霜硝子?」
「うん」
「仕事忘れるなよ」
「覚えてる」
「標識島」
「覚えてるって」
ヴァンは北門のほうを見る。
「そっちは?」
リオが聞く。
「荷車十四台」
「多い」
「知ってる」
「六週間」
「知ってる」
「寒い」
「たぶん」
少し歩く。
中央市場。
そこから道が分かれる。
北門へ行く広い通り。
東門へ行く細い坂道。
ヴァンが止まる。
「ここだな」
「うん」
リオは北の道を見る。
ネラたちの商隊。
たぶんもう荷車を並べている。
新しい槍。
六週間。
次に東を見る。
シア。
湿原。
朝日に光る葦。
一週間くらい。
どちらも見たい。
少しだけ。
本当に。
「北、途中で面白いものあったら」
リオが言う。
「手紙?」
「送って」
「お前、東にいるだろ」
「部屋に」
「帰ってから読むの?」
「うん」
ヴァンが笑った。
「じゃあそっちも」
「霜硝子?」
「それ以外も」
「分かった」
少し間。
「じゃあ」
ヴァンが言う。
「うん」
「また」
「また」
それだけ。
ヴァンは北へ歩き出す。
新しい槍が背中で揺れる。
リオは少し見送った。
自分も東へ向く。
坂道。
朝日。
白い霜。
歩き出す。
腰袋の中で、真鍮の鍵が装備に当たって、一度だけ鳴った。




