新しい槍
翌朝。
リオとヴァンは乗合馬車でロア町へ向かった。
海沿いの仕事から帰ったばかりなのに、また町を出る。
でも今日は荷物が軽い。
一泊もしない。
鏡もない。
工具箱もない。
「楽」
リオが言う。
「何が」
「荷」
ヴァンは膝の上の今の槍を見る。
「今日はこれが増えるかも」
「二本持って帰る?」
「古いのも捨てない」
「じゃあ増えるね」
「お前に言われたくない」
リオは笑った。
*
エルダの作業場には、前と同じように槍の柄が並んでいた。
違うのは、奥の台に一本だけ完成した槍が置かれていること。
布も掛かっていない。
見せるために置いたみたいだった。
ヴァンが入ってすぐ止まる。
リオも止まる。
「それ?」
エルダが木片を削りながら言う。
「たぶん」
「たぶん?」
「持って決める」
ヴァンが近づく。
槍を取る。
前のものと長さはほとんど変わらない。
穂先は少し短い。
柄の後ろ側が、わずかに太い。
見た目だけでは、リオには大きな違いが分からない。
ヴァンが構える。
一度。
二度。
ゆっくり突く。
戻す。
石突きを半歩引く。
槍先が止まる。
「どう」
エルダが聞く。
ヴァンはすぐ答えなかった。
もう一度突く。
今度は速い。
止める。
戻す。
「前が残らない」
「軽くしたからじゃない」
「分かる」
「重さはほぼ同じ」
エルダが柄の中央より少し後ろを指す。
「ここへ寄せた」
「うん」
ヴァンが横へ払う。
狭い。
今までより戻りが早い。
「穂先」
「短い」
「嫌?」
「ちょうどいい」
エルダが初めて頷いた。
「じゃあ仮完成」
「まだ仮?」
リオが聞く。
「本人が動いて決める」
「俺も触っていい?」
ヴァンがすぐ言う。
「まだ」
「やっぱり」
*
作業場の裏に、小さな土の庭があった。
的が三つ。
木の柱。
麻袋。
エルダがヴァンへ言う。
「今の槍と交互に使って」
古い槍。
新しい槍。
同じ動き。
前へ。
横へ。
戻す。
エルダは何も言わずに見る。
「どっち」
「新しいほう」
「何が」
「止めやすい」
「他」
「持ち替えが楽」
「他」
ヴァンが少し考える。
「前へ出したまま押さえるのは、古いほうが少し強い」
「戻すなら」
「新しい」
「どっちが要る」
「新しい」
エルダが柄の後ろを見た。
「石突き、もう少し重くする案もある」
ヴァンは首を振る。
「今のでいい」
「理由」
「これ以上寄ると、突いたとき軽く感じる」
エルダは短く笑った。
「決まり」
それだけだった。
リオは、なぜか自分まで嬉しくなった。
*
支払いを済ませる。
残りの代金。
安くない。
ヴァンは数える。
払う。
古い槍には布を巻く。
新しい槍は、そのまま持つ。
「触っていい?」
リオがもう一度聞く。
ヴァンは少し考えた。
「持つだけ」
「やった」
渡される。
重い。
思ったより。
「前と同じくらい」
「だからそう言ってた」
「でも持つ場所違う」
リオが構える。
「変」
「お前の槍じゃないから」
「これで走ったら」
「走らない」
「俺なら」
「返せ」
取り上げられた。
短かった。
*
帰る前。
ロア町の外れに、誰でも使える土の練習場があった。
ヴァンが新しい槍をもう少し動かしたいと言う。
珍しかった。
普段なら、帰ってからでいいと言う。
リオは何も言わなかった。
練習場。
丸太の杭。
低い柵。
ヴァンが槍を構える。
「何する」
「慣らす」
「相手いる?」
「いらない」
「俺いるよ」
「知ってる」
「試す?」
ヴァンが見る。
「何を」
「俺が抜けられるか」
「何から」
「間合い」
ヴァンは少しだけ笑った。
「やる?」
「やる」
*
危ないことはしない。
穂先には革の覆いをつける。
刺さない。
押すだけ。
線を一本決める。
ヴァンは、その線を越えさせなければ勝ち。
リオは越えれば勝ち。
単純。
「能力なし?」
ヴァンが聞く。
「最初は」
「最初はね」
一回目。
リオが右へ振る。
ヴァンの槍先が来る。
前へ出られない。
左。
柄で止められる。
「終わり?」
「まだ」
三回。
四回。
五回。
越えられない。
「前より嫌」
リオが言う。
「褒めてる?」
「かなり」
ヴァンが少し嬉しそうだった。
本当に少し。
「じゃあ次」
リオが足を下げる。
「脚、二」
ヴァンが眉を上げる。
「遊びで使う?」
「使う」
「返済来るぞ」
「知ってる」
「じゃあ来い」
未来の脚二秒分を、今へ重ねる。
一歩。
速い。
右へ。
ヴァンの穂先が追う。
二歩目。
さらに外。
越えた。
と思った。
槍の柄が横へ来る。
胸の前。
止まる。
二秒。
上乗せが消える。
リオは線の手前にいた。
「え」
ヴァンも少し驚いている。
「今の止めた?」
「止めた」
「もう一回」
「能力もう使っただろ」
「普通で」
「意味ある?」
「ある」
何回かやる。
普通では、やっぱり越えられない。
でも一度だけ。
ヴァンが戻しを急いだとき。
リオの足が線の向こうへ出た。
「入った!」
「一本」
「一本は一本」
「能力なしで」
「だからすごい」
ヴァンが槍を下ろした。
少し息が上がっている。
リオも笑っていた。
負けた回のほうが多い。
でも面白かった。
*
練習場を出ると、入口の石壁にネラが座っていた。
「遅い」
「なんでいるの」
リオが聞く。
「待ってた」
ヴァンを見る。
「槍できた?」
「できた」
「見せて」
ヴァンが持ち上げる。
ネラは少し離れて見る。
「短くなった?」
「穂先だけ」
「いいじゃん」
「分かるの?」
リオが聞く。
「護衛は槍見るよ」
「俺より分かる?」
「たぶん」
「ひどい」
ネラは笑った。
それから、ヴァンへ紙を一枚渡す。
「仕事」
リオも見る。
ネラが紙を少し引いた。
「ヴァンに」
リオが止まる。
「あ、そう」
ヴァンが受け取る。
読む。
六週間。
北。
三日後の朝、北門を出る冬季商隊。
街道が狭くなる区間が多い。
前衛ではなく、荷車列の中段。
通路を保持できる槍役。
一人。
「一人?」
ヴァンが聞く。
「予算が一枠」
ネラが答える。
「リオが駄目とかじゃない。欲しい役が槍一人」
リオは紙を横から読む。
報酬。
高い。
期間。
長い。
「六週間」
ヴァンが言う。
「長いよ」
「冬の往復だから」
「面白そう?」
リオが聞く。
ヴァンは紙を見る。
「面白そう」
即答ではなかった。
でも、かなり早かった。
ネラが言う。
「返事は明日の夕方まで」
「分かった」
「受けるなら北門の組合」
「うん」
ネラは立ち上がる。
「じゃあ」
「ネラは行く?」
リオが聞く。
「私は別隊」
「そっか」
「今回はヴァン枠」
もう一度言われた。
リオは少しだけ変な感じがした。
嫌ではない。
たぶん。
*
帰りの馬車。
ヴァンは新しい槍を膝の間へ立てている。
古い槍は布の中。
仕事の紙は鞄。
リオは窓の外を見る。
「受ける?」
しばらくして聞いた。
ヴァンはすぐには答えなかった。
「考える」
「六週間」
「うん」
「長い」
「さっきも聞いた」
「槍使えるね」
「そうだな」
「北、雪?」
「たぶん」
「寒そう」
「そうだな」
そこまで。
ヴァンはもう一度、鞄から紙を出した。
読む。
リオは今度は覗かなかった。




