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未来の自分から能力を前借りする俺は、どっちも諦めない  作者: 綴木 灯
海沿いの三つの塔

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26/30

持ち帰れるもの

朝食の途中。


リオの右手から力が抜けた。


木の匙が皿へ落ちる。


「三」


ヴァンが言う。


「また先に言う」


昨日、二つ目の塔で鏡枠を支えた握力三秒。


リオは手を膝へ置く。


一。


二。


三。


戻る。


「これで?」


トーマが聞く。


「平衡三秒だけ」


「七秒使える?」


「うん」


オルサが道具箱を閉じる。


「使う予定は作らないで」


「作らないよ」


「昨日作った」


「昨日は必要だった」


「それは認める」



*


三つ目の塔は、海沿いの崖から少し内側にあった。


一番低い。


一番古い。


隣に、屋根の半分落ちた小さな中継所がある。


「ここから回収する?」


リオが聞く。


「そう」


トーマが赤い紐の箱を見る。


一つ目の鏡を運んだ空箱。


途中で緩衝材を一部抜いた。


赤い紐はまだついている。


「何が残ってるかな」


リオが言う。


塔守が首を振る。


「十年まともに開けてない箱もある」


「十年?」


「使うものだけ使ってた」


オルサが嫌そうな顔をした。


「保管台帳は」


「ある」


「更新は」


塔守が少し黙る。


「たぶん」


「一番嫌な答え」


トーマが小声で言った。


*


三枚目の交換鏡は、驚くほど簡単についた。


台座の規格も合う。


固定ねじも生きている。


風も弱い。


「本当にこれでいい?」


リオが聞く。


「何が」


「何も起きない」


「起きなくていい」


トーマが言う。


「今日は助かります」


オルサも何も言わなかった。


鏡を載せる。


締める。


方位を合わせる。


遠くの二つ目の塔へ光を送る。


三。


間。


二。


返る。


三。


間。


二。


「三基目」


トーマが言う。


終わった。


本当に。


リオは少し物足りなかった。


でも、鏡は全部無事だった。


それでいい。


*


午後。


隣の中継所を開けた。


扉は半分歪んでいる。


ヴァンが肩で押す。


開く。


埃。


湿った木の匂い。


棚。


箱。


油壺。


古い工具。


「多い」


リオが言う。


「全部持つ気?」


オルサが聞く。


「見てから」


「いい答え」


リオは少し嬉しかった。


*


最初に見つかったのは、封印箱だった。


小さい木箱。


中に予備レンズが三枚。


布と紙で包まれている。


オルサが一枚ずつ見る。


「これ優先」


赤い紐の空箱へ入れる。


残っている成形材を寄せる。


一枚。


二枚。


三枚。


思ったより場所を取る。


「あとどれくらい」


ヴァンが聞く。


トーマが箱の中を見る。


「形のある保護は、二つ分くらい」


「小さいなら三」


オルサ。


「丸いのは無理」


次。


油具。


予備の金具。


新品に近い回転軸。


「これは?」


リオが持ち上げる。


「同じの持ってる」


トーマが言う。


「置く」


「きれいなのに」


「重いし、替えがある」


オルサも頷く。


リオは棚へ戻す。


まだ大丈夫。


*


奥の棚。


トーマが金属の円盤を見つけた。


手のひらより大きい。


歯が切ってある。


「これ古いやつ」


オルサが見る。


「方位カム?」


「たぶん」


トーマは埃を払う。


「今の規格と違う」


「じゃあ置く?」


リオが聞く。


トーマは答えなかった。


裏返す。


細い線。


削った跡。


穴が一つ、少し長い。


「待って」


オルサが取る。


「これ、加工してる」


「現場合わせ?」


ヴァンが聞く。


トーマが棚の横に貼られた古い紙を見る。


数字。


角度。


矢印。


「この塔、地盤が少し動いた記録ある」


オルサがカムと紙を見比べる。


「だから純正じゃ合わなくて、これで補正してた?」


「たぶん」


トーマの声が変わった。


さっきまでは、古い金具なら置いていく、という感じだった。


今は違う。


「持って帰ったほうがいいです」


オルサが聞く。


「理由」


「図面にこの削り、ないです」


「うん」


「今の部品に置き換えるなら、補正値から取り直しになる」


「うん」


「これ自体が記録です」


オルサが小さく頷いた。


「持つ」


トーマも頷く。


リオは少し笑った。


「何」


トーマが見る。


「前、古いのは替えればいいって言ってなかった?」


「全部じゃないです」


「今変わった?」


「見たら変わることもあります」


「いいね」


「何が」


「それ」


ヴァンが横から言う。


「煽るな」


「煽ってない」


*


問題は、箱だった。


予備レンズ三枚。


古い補正カム。


あと、油圧調整用の小さな器具。


全部入れたい。


でも、保護材が足りない。


赤い紐。


一つ抜いた角材。


二つ目の鏡を守るために使った。


その分がない。


「油具を外す」


オルサが言う。


「これはまた持って来られる」


トーマが頷く。


「カム優先」


「レンズ優先」


「その次カム」


「うん」


リオが棚を見る。


他にも使えそうなものはある。


新しい油壺。


真鍮の工具。


予備ねじ。


「これ全部、置く?」


「全部じゃない」


オルサが答える。


「持って帰れる分だけ」


「袋に入れれば」


「壊れていいものは袋でいい」


「じゃあ工具は」


「荷車に空きがあれば」


ヴァンが言う。


「重量はまだある」


「じゃあ工具は袋」


トーマがまとめる。


「油壺は?」


「漏れるから置く」


「軸」


「重い。置く」


「ねじ」


「少量だけ」


一つずつ。


思ったより普通だった。


誰かが「諦めろ」と言うわけでもない。


保護できるもの。


そのままでも運べるもの。


また作れるもの。


ここに残すもの。


分けるだけ。


*


リオは、乾かしていた古い緩衝材を持ってくる。


完全には元の形へ戻っていない。


でも柔らかい。


「これ、詰めに使える?」


オルサが触る。


「隙間なら」


予備レンズの横。


補正カムの周り。


リオが少しずつ詰める。


「押しすぎない」


「分かってる」


「そこもう少し」


「どっち」


「海側」


「箱に海側ある?」


「今はある」


「難しい」


トーマが笑った。


最後に蓋を閉める。


赤い紐。


トーマが外そうとして止める。


「まだ不足?」


リオが聞く。


トーマは箱を押す。


「不足じゃない」


「じゃあ外す?」


「回収仕様」


「何それ」


「中身変わったから」


赤い紐を結び直す。


意味が変わったらしい。


それでいい。


*


夕方。


三つ目の塔から最後の光を送った。


二つ目。


一つ目。


順番に返る。


三基。


全部動いている。


オルサが帳面へ線を引く。


「終わり」


今度こそ。


トーマが言う。


「帰れますね」


ヴァンが海を見る。


「長かった」


リオは数える。


何日目か。


途中で分からなくなった。


でも、部屋を出てからずいぶん経った。


「帰ったら何する?」


トーマが聞く。


ヴァンはすぐ答える。


「槍」


「完成してるんですか」


「たぶんまだ」


リオが言う。


「俺は風呂」


「部屋じゃないの」


ヴァンが聞く。


「両方」


言ってから、少し笑った。


今回は誰も止めなかった。


*


帰りの荷車。


交換鏡はもう載っていない。


三枚とも塔に残った。


代わりに、赤い紐の箱が一つ。


中には予備レンズ。


古い補正カム。


少量のねじ。


それだけ。


運んできたもの全部が残ったわけではない。


残っていたもの全部を持ち帰るわけでもない。


でも、三つの塔は光を返す。


それを見てから出発した。


リオは荷車の横を歩く。


平衡三秒の返済は、まだ来ていない。


使えるのは七秒。


帰り道には、それで十分そうだった。

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