規格が合わない
二つ目の塔は、近くで見るとさらに古かった。
石壁が黒い。
入口の金具も錆びている。
塔守の老人が、オルサを見るなり言った。
「今度の鏡、うちの台に乗るのか」
「見てから」
「前に来たやつは合わなかった」
「前って何年前」
「八年」
オルサが一瞬だけ嫌そうな顔をした。
「それ先に言って」
「言ったつもり」
「誰に」
「役所」
「私じゃない」
リオは少し笑いそうになった。
ヴァンが小声で言う。
「笑うな」
「まだ笑ってない」
*
鏡箱を塔の上へ運ぶ。
今度は吊り台ではない。
広い階段。
それだけでかなり楽だった。
問題は、そのあとだった。
古い台座。
真鍮の回転輪。
その中央に、鏡の枠を留める四本のボルト。
トーマが交換鏡の外枠を測る。
次に台座。
もう一度鏡。
「狭い」
「どっちが」
リオが聞く。
「台座側」
オルサがしゃがむ。
穴と穴の間。
交換鏡の固定穴より、少し内側。
「規格違う」
トーマが言う。
塔守の老人が腕を組む。
「だから言った」
「前のは何をつけたの」
「古い枠を直して使った」
オルサは鏡を見る。
「今回は古い枠がない」
「壊れたからね」
「それも先に」
「役所に――」
「分かった」
オルサが止めた。
*
力で押せば入る。
リオにもそれは分かった。
金属の穴を少し広げる。
枠をしならせる。
どちらか。
でも、オルサは最初からその案を口にしなかった。
「削る?」
リオが聞く。
「鏡側は触らない」
「台座側」
「それも最後」
トーマが工具箱から薄い鉄板を出す。
穴がいくつか開いている。
「アダプタ?」
ヴァンが聞く。
「作れます」
「今ここで?」
「時間かかる」
オルサが鉄板を見る。
「でも、それが一番まし」
リオが聞く。
「何をするの」
トーマが床へ座る。
「今の台座の穴で板を留める。板の外側に、新しい鏡の穴を作る」
「間に一枚挟む?」
「そう」
「それでずれない?」
オルサが言う。
「ずれないように作る」
「大変そう」
「仕事だから」
またそれ。
*
午後までかかった。
鉄板を切り、穴を開ける。
仮置きしては外し、端を削ってまた合わせる。
リオにできるのは、工具を渡し、切り粉を払い、風で飛びそうな紙を押さえることくらいだった。
「俺、何かできる?」
「待つ」
「また?」
トーマが笑った。
「精密仕事って、だいたい待ち時間多いですよ」
ヴァンが言う。
「鏡壊したら冒険になるぞ」
「嫌な冒険」
それはそうだった。
*
夕方前。
アダプタ板ができた。
台座へ固定。
穴も合う。
残るのは、交換鏡の枠を乗せること。
問題は風だった。
塔の上。
海側から強く吹く。
鏡そのものはまだ箱の中。
先に、鏡を支える外枠だけを仮の縄で持ち上げる。
「水平保って」
オルサが言う。
ヴァンが左右へ縄を取る。
トーマが下でアダプタ穴を合わせる。
リオは後ろで補助縄を持つ。
「今は?」
「何もしない」
「了解」
外枠を少し浮かせる。
風に揺れるたび、ヴァンが縄で位置を戻す。
オルサの指示に合わせ、トーマがピンを入れた。
一本目。
二本目。
三本目。
そのとき。
海から強い風が来た。
音が変わった。
塔の縁を越える。
外枠が一気に街道側へ押される。
「止めて!」
オルサが叫ぶ。
ヴァンが縄を引く。
でも、三本目のピンはまだ入っていない。
二本だけ。
枠が斜めになる。
石の縁へ近づく。
リオの持つ補助縄が急に重くなる。
「このまま?」
「中央!」
オルサが言う。
「中央へ戻して! でも引きすぎない!」
風はまだ強い。
ヴァンが左を支える。
右側が浮く。
リオは足を一歩外へ出す。
狭い縁。
「握力、三」
縄を握る。
「平衡、三」
未来の三秒ずつを今へ重ねる。
風。
一秒。
補助縄の荷重が増える。
手が開かない。
体が外へ流れない。
「右、二指ぶん!」
オルサ。
リオが少しだけ戻す。
二秒。
「そこ! 止めて!」
止める。
引かない。
止める。
三秒。
上乗せが消える。
でも位置は戻った。
トーマが三本目のピンを入れる。
かん。
「入った!」
ヴァンがすぐ荷重を受ける。
四本目。
かん。
枠が固定される。
「離していい!」
リオは縄を緩める。
手のひらが痛い。
「終わり?」
「仮固定」
オルサが言う。
「まだ鏡入ってない」
「まだあるの」
「今から本番」
リオは少し遠い目をした。
*
本物の鏡を枠へ入れる作業は、驚くほど静かだった。
風が弱まるまで待った。
四人で持つ。
一度置く。
オルサが確認。
トーマがねじを締める。
終わり。
「さっきのほうが怖かった」
リオが言う。
「さっき失敗したら、枠作り直し」
オルサが答える。
「今失敗したら鏡が終わる」
「それ先に言わないで」
「終わってから言った」
「優しい」
「半分」
その言葉に、リオは笑った。
*
夕方。
光を送る。
二つ目の塔。
今回は霧がない。
遠くの一つ目の塔へ。
三。
間。
二。
少し待つ。
返る。
三。
間。
二。
「通った」
トーマが言う。
オルサが台座をもう一度見る。
「通った」
今度は彼女も言った。
二基目。
終わり。
リオは手を開く。
握力。
平衡。
合わせて六秒。
未返済。
使えるのは四秒。
「使ったね」
ヴァンが言う。
「使った」
「次の塔まで残る」
「うん」
「嫌?」
リオは少し考える。
「別に」
強がりではなかった。
さっき使わなかったら。
枠が石へ当たっていたかもしれない。
少なくとも、今の二基目は動いている。
「必要だった」
それだけ。
*
翌朝には、三つ目の塔へ向けて出発する。
荷車には最後の交換鏡。
それと、赤い紐のついた空箱。
回収用。
トーマが出発前に赤紐を確認する。
まだついている。
「最終塔で困るかな」
リオが聞く。
「困るかどうかは、中に何が残ってるか次第です」
「いっぱいあったら?」
「全部は無理」
オルサが言う。
「選ぶ」
リオは少しだけ嫌そうな顔をした。
ヴァンは何も言わなかった。
海風だけが、塔の外壁を叩いていた。




