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未来の自分から能力を前借りする俺は、どっちも諦めない  作者: 綴木 灯
海沿いの三つの塔

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24/30

空いた箱から

朝、リオは靴紐を結んでいる途中で、体が少しだけ傾いた。


「あ」


壁へ肩をつく。


昨日より前。


最初の塔で、補助索を取りに外梁へ出たときの平衡二秒。


返済だった。


二秒。


戻る。


「終わり?」


ヴァンが聞く。


「終わり」


これで未返済はゼロ。


十秒全部使える。


でも、今朝は使う予定がなかった。


少なくとも、まだ。


*


問題は鏡ではなかった。


鏡を包んでいるものだった。


オルサが二つ目の木枠を開く。


厚い布。


革紐。


その下。


鏡の縁を支えている灰色の緩衝材。


一角だけ色が濃い。


押す。


戻りが遅い。


「駄目?」


リオが聞く。


オルサは指を離す。


「このままは嫌」


「乾かせば」


トーマが言う。


「乾くまで何時間」


「風あるし」


「表面だけなら早い」


「中は?」


トーマが黙る。


オルサが緩衝材を外す。


中まで少し湿っている。


海霧と飛沫。


箱の外まで濡れたわけではない。


ただ、一角だけ縫い目から吸ったらしい。


「替えある?」


ヴァンが聞く。


トーマが予備袋を見る。


「平たい詰め物ならあります」


「成形は?」


「ないです」


鏡の縁へ合わせて切られた、角のある緩衝材。


同じ形はない。


リオは横を見る。


空になった一つ目の鏡箱。


昨日まで鏡が入っていた。


今は何もない。


「そこから取れば?」


全員が空箱を見る。


トーマが先に言った。


「取れます」


オルサはすぐには頷かなかった。


「最終塔の回収箱」


「あ」


トーマが止まる。


リオが聞く。


「何入れる予定?」


「予備レンズ。封印箱。残ってたら油具」


オルサが言う。


「全部じゃないけど、壊したくないものをこれで持ち帰る」


空箱の中。


乾いた緩衝材。


形もいい。


「じゃあ全部取らなければいい」


リオが言う。


「濡れたとこ一つ分だけ」


オルサがリオを見る。


「そうする」


意外と早かった。


「もっと悩むかと思った」


「必要量が分かってるから」


オルサは空箱の緩衝材を一つずつ確認する。


「角材一つ。薄板二枚」


「それだけ?」


「それ以上取ると、最後が減る」


「一つでも減る」


トーマが帳面を開いた。


「回収容量、減」


「書くの?」


リオが聞く。


「書く」


オルサが答える。


「忘れるから」


「覚えてるでしょ」


「今は」


トーマが笑う。


「現場で“たぶん覚えてる”が一番怖いやつです」


昨日までなら、リオは少し大げさだと思ったかもしれない。


今日はあまり思わなかった。


*


濡れた角材を外し、空箱から乾いた成形材を必要なぶんだけ移す。


トーマが新しい布を敷き、リオは言われた端だけを支えた。


「押さない。落とさない」


「分かってる」


「昨日より信用してる」


「どれくらい」


「六割」


「上がった」


「半分から」


悪くない。


鏡そのものは動かさない。


オルサが角度と高さを確かめ、トーマが薄板を差し込む。


最後に指で押す。


今度は戻りが早い。


「これなら行ける」


「濡れたほうは?」


リオが聞く。


「干す」


トーマが縄を張り、外した緩衝材を吊るす。


「乾いたら戻す?」


「主材にはしない」


オルサが言う。


「詰めには使える」


「無駄にはしないんだ」


「使えるものは使う」


リオは少し笑った。


オルサが見る。


「何」


「いや」


「言いたいなら言って」


「俺もそういうの好き」


「知ってる」


即答だった。


*


出発前。


トーマが空になった一つ目の鏡箱へ赤い紐を結んだ。


「何それ」


リオが聞く。


「不足印」


「一つ取っただけで?」


「一つ取ったから」


箱の内側には、緩衝材が一箇所だけない。


空洞。


小さい。


でも分かる。


「最後の塔で戻せば」


「乾いたやつを?」


「うん」


トーマが首を振る。


「同じ形に戻るか分からないです」


オルサが言う。


「戻ったら使う。戻らなかったら、その分は諦める」


「回収する物を?」


「保護できない物を」


リオは空箱を見る。


二つ目の鏡を安全に運ぶために、一つ目の空箱を少し削った。


いま困っているのはそれで解決する。


最後で少し困るかもしれない。


「先に借りた感じ」


ヴァンが言う。


リオが見る。


「何が」


「箱」


「未来から?」


「違う」


「じゃあ違うじゃん」


「似てるって話」


リオは少し考える。


確かに、少し似ていた。


でも箱は三日後に勝手に返ってこない。


「返済来ないけど」


「だから似てるだけ」


オルサが言う。


「話してるなら積んで」


終わりだった。


*


一行は二つ目の塔へ向かった。


海沿いの道。


午後になると、風が強くなる。


鏡箱は荷車の中央。


リオは前よりよく見るようになった。


揺れ。


傾き。


留め具。


全部オルサほどは分からない。


でも、前よりただの箱には見えない。


途中の休憩でも、トーマは赤い紐と帳面の不足印を確認した。


乾いた材料を戻せない限り、印は最終塔までついてくる。


*


夕方。


二つ目の塔が見えた。


一つ目より古い。


丸い石塔。


海側の壁に黒い筋。


入口の上に、古い信号標。


「着いた」


リオが言う。


オルサが鏡箱を見る。


「まだ」


「塔見えてるよ」


「箱を上まで運んで、開けて、台座見るまで着いたことにしない」


「厳しい」


「普通」


最近、その言葉もよく聞く。


リオは笑った。


荷車が止まる。


二枚目の鏡は無事。


空いた一枚目の箱には、赤い紐が残っていた。

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