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未来の自分から能力を前借りする俺は、どっちも諦めない  作者: 綴木 灯
海沿いの三つの塔

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22/23

割れたら終わり

海沿いの道は、歩くほど風が強くなった。


左は崖。


右は低い草地。


その向こうに、ずっと海がある。


「思ったより青い」


リオが言う。


「何色だと思ってた」


ヴァンが聞く。


「もっと灰色」


「曇ってたらそうなるだろ」


前を歩いていたオルサが振り返る。


「景色見るのはいいけど、荷から離れない」


「離れてない」


「昨日から三回目」


「数えてるの?」


「数える」


トーマが笑った。


荷車の中央。


交換鏡の箱は三つ。


厚い布で包まれ、木枠へ固定されている。


見た目だけなら、ただの丸い大荷物だった。


でもオルサは、止まるたびに留め具を確認した。


*


最初の見張り塔は、岬の先にあった。


塔そのものは高くない。


問題は、そこへ行く最後の区間だった。


街道から塔まで、崖が一度えぐれている。


人用の細い木橋は残っている。


ただし、鏡箱を運ぶ幅はない。


その横に、古い荷揚げ台があった。


二本の太い索。


小さな台。


街道側から塔側へ、荷を吊って渡す仕組み。


「これ使う?」


リオが聞く。


トーマが台の下を覗く。


「使う予定」


「予定?」


「動けば」


オルサが言う。


「だから先に空で試す」


ヴァンは索を触る。


「主索は?」


「交換済み」


トーマが答える。


「横揺れ止めの案内索が古い」


「古いって」


リオが見る。


細い補助索が、台の左右から伸びている。


途中で鉄の輪を通り、塔側へ固定されている。


「切れる?」


「切れないと思う」


トーマが言う。


オルサがすぐ見る。


「思うで動かさない」


「分かってます」


「じゃあ言い方」


「切断痕なし。毛羽立ち少。固定具は要確認」


「よし」


リオは少し笑った。


トーマが小声で言う。


「ずっとこうです」


「聞こえてる」


オルサが言った。


*


空の荷台を一度渡した。


遅い。


かなり遅い。


トーマが街道側で巻き機を回す。


ヴァンが補助索を持つ。


塔側には護衛の男が先に渡っている。


台が中央を越える。


少し揺れる。


オルサが目で追う。


「許容」


「どれくらいまで?」


リオが聞く。


「目で見て分かるくらい傾いたら止める」


「ざっくり」


「現場ではそういう基準もある」


空台は無事に戻った。


次は鏡箱。


一つ目。


オルサとトーマが二人で木枠を台へ乗せる。


向き。


紐。


角。


全部確認する。


リオが手を出す。


「そこ持つ?」


「持たない」


オルサが言う。


「了解」


「返事は早いね」


「褒めてる?」


「まだ」


ヴァンが補助索の位置を変えた。


「こっち、張りすぎると台が街道側へ寄る」


トーマが頷く。


「塔側を少しゆるめます」


「俺は?」


リオが聞く。


ヴァンが横の支柱を指す。


「ここで二本目持つ」


「普通だね」


「普通にやれ」


*


鏡箱が動く。


ぎい。


木の台が索の上を進む。


最初は安定していた。


三歩ぶん。


五歩ぶん。


海が下で白く砕ける。


リオは補助索を軽く持つ。


引かない。


張りだけ見る。


オルサが言う。


「そのまま」


トーマが巻く。


「速度、これで?」


「いい」


台がえぐれの中央へ入る。


風が横から来た。


台が少し振れる。


ヴァンが補助索を締める。


戻る。


「今のくらい?」


リオが聞く。


「許容」


オルサは鏡箱しか見ていない。


さらに進む。


そのとき。


金属が跳ねる音がした。


ぱん。


右側の補助索が、一度大きく弛んだ。


「止めろ!」


オルサ。


トーマが巻き機の制動を掛ける。


主索は止まる。


でも、台は少し横へ振れ続ける。


「案内輪!」


トーマが叫ぶ。


崖側の途中。


補助索を通していた鉄輪が、支柱から外れている。


索そのものは切れていない。


ただ、押さえがなくなった。


台が塔側へ斜めに振れる。


その先。


石の受け台。


ぶつかる。


「ヴァン!」


リオが言う。


「分かってる!」


ヴァンは左側を張る。


でも片側だけでは戻しすぎる。


オルサが叫ぶ。


「引くな! 右を張るだけ!」


右側の補助索は、外れた鉄輪の向こう。


今いる位置から手が届かない。


少し外へ張り出した整備梁を通れば、途中で拾える。


梁は細い。


海側へ傾いている。


「行く」


リオが言う。


ヴァンが一瞬だけ見る。


「戻り縄」


「つける」


腰へ。


ヴァンが固定。


オルサが言う。


「索を取っても引かない! 張るだけ!」


「分かった!」


「強く引いたら箱が逆へ振れる!」


「分かったって!」


リオは梁へ足を置く。


一歩。


風。


梁が濡れている。


台はまだ、ゆっくり横へ動いている。


石の受けまで遠くない。


「握力、二」


右手を開く。


「平衡、二」


未来の二秒ずつを、今へ重ねる。


一歩。


梁の外側。


足が滑る。


平衡の上乗せで腰を戻す。


二歩。


補助索が目の前を横切る。


右手でつかむ。


握力の上乗せ。


離れない。


二秒。


終わり。


上乗せが消える。


でも、もう索は手の中にある。


「取った!」


「引くな!」


オルサの声。


リオは本能的に引きそうになって止めた。


張るだけ。


台の横揺れが少し減る。


ヴァンがすぐ縄を受ける位置を探す。


「リオ、そのまま!」


「そのままって結構きつい!」


「二呼吸!」


ヴァンが別の短縄を支柱へ回す。


リオの持つ補助索へ結ぶ。


荷重が移る。


手が軽くなる。


「離していい!」


ヴァンが言う。


リオは離す。


オルサがトーマへ。


「半巻き戻す。ゆっくり」


「戻します」


台がほんの少し街道側へ戻る。


揺れが止まる。


「今度は左を一つ緩めて」


ヴァンが調整する。


「右、張り維持」


オルサが言う。


トーマが巻き機を動かす。


台が再び進む。


今度は斜めにならない。


少しずつ。


塔側へ。


護衛が受ける。


台が受け台へ着く。


ごと。


小さな音。


オルサが走るように人用の細い木橋を渡った。


リオも梁から戻る。


「鏡!」


トーマが言う。


「まだ開けない!」


オルサの声が飛ぶ。


*


塔側へ着いてから、木枠を開いた。


オルサが留め具を見る。


裏枠。


調整ねじ。


縁。


一つずつ。


トーマも横で確認する。


リオは少し離れて待つ。


「どう?」


「待って」


「はい」


長い。


かなり長い。


ヴァンが横に立つ。


「割れてないだろ」


「割れてなくても駄目なことあるって昨日聞いた」


「覚えてたんだ」


「失礼」


ようやくオルサが顔を上げる。


「大丈夫」


リオは息を吐いた。


「よかった」


「でも」


「でも?」


「勝手に外へ出た」


「索取らないとぶつかってた」


「それはそう」


「じゃあ」


「行く前に、戻り縄つけたのはいい」


「うん」


「私の指示どおり引かなかったのもいい」


「うん」


「だから結果はいい」


「褒めてる?」


オルサは少し考えた。


「半分」


「少ない」


「次から、触る前に聞く」


「時間なかった」


「それも分かってる」


「じゃあ」


「全部正しかったことにはしない」


リオは少し考える。


「難しいね」


「鏡は難しい」


オルサはそれで終わりにした。


*


一つ目の鏡は、その日のうちに塔へ運び込まれた。


取り付けは明日の朝。


残り二つは荷車。


まだ無事。


トーマが補助索の外れた鉄輪を持ってきた。


固定用のピンが半分腐っている。


「見落とした」


トーマが言う。


オルサは怒鳴らなかった。


「次から、輪じゃなくてピンまで見る」


「はい」


ヴァンが言う。


「俺も見てなかった」


「私も」


オルサが言う。


リオは聞く。


「俺は?」


三人がこちらを見る。


「何」


「何か見落としてない?」


ヴァンが言う。


「落ちるな」


「落ちてない」


「次もな」


「分かってる」


海から風が上がってくる。


塔の窓から、西の空が見える。


一つ目。


まだ三分の一。


リオは残りの鏡箱を見る。


今度は、昨日より少し重く見えた。

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