↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来の自分から能力を前借りする俺は、どっちも諦めない  作者: 綴木 灯
海沿いの三つの塔

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/28

寸法を測る

ロア町には、前の日の夕方に入った。


今回は渡し舟を使わなかった。


別に川が嫌いになったわけではない、とヴァンは言った。


「聞いてない」


リオが言う。


「先に言っとく」


「誰も疑ってないよ」


「ならいい」


二人は朝一番で、鍛冶通りへ向かった。


*


エルダの店は、店というより作業場だった。


表に看板はない。


軒先に、槍の柄だけが六本並んでいる。


穂先は一本もない。


「ここ?」


リオが聞く。


ヴァンは手紙を見る。


「ここ」


戸を開ける。


中では、短い髪の女が木材を削っていた。


年齢はよく分からない。


四十くらいにも見えるし、もっと上にも見える。


腕に木屑がついている。


「ヴァン?」


女が先に言った。


「そう」


「エルダ」


それだけ。


ヴァンが今の槍を差し出す。


エルダは受け取る。


すぐには何も言わない。


穂先。


柄。


石突き。


握りの擦れ。


一度、床へ水平にして持つ。


「長く使ってる」


「三年」


「直してるね」


「自分で」


「見れば分かる」


ヴァンが少しだけ嫌そうな顔をした。


リオは笑わなかった。


たぶん今は笑うところじゃない。


*


エルダは槍をヴァンへ返した。


「構えて」


ヴァンが構える。


「いつも通り」


「いつも通り」


「格好つけなくていい」


「してない」


「肩上がってる」


ヴァンは肩を落とした。


リオは今度こそ少し笑った。


「何」


ヴァンが見る。


「何も」


エルダは紐を出した。


手の位置。


肘。


肩から穂先まで。


踏み込み幅。


順番に測る。


「何が嫌」


ヴァンが少し考える。


「嫌ってほどじゃない」


「じゃあ何を変えたい」


「長く持ったとき、穂先が少し前に残る」


エルダが頷く。


「軽くしたい?」


「違う」


「じゃあ」


「重さは欲しい」


ヴァンは槍を少し持ち上げる。


「止めるときに、軽すぎるのは嫌だ」


「でも前が重い」


「そう」


エルダはそこで初めて少し笑った。


「なら全体を軽くする話じゃないね」


奥から柄を三本持ってくる。


どれも穂先はついていない。


一本目。


今の槍より少し細い。


二本目。


太さは近い。


三本目は黒っぽくて重そうだった。


「順番に持って」


ヴァンが一本目を取る。


構える。


一度突く。


戻す。


「軽い」


「嫌?」


「速いけど、嫌」


二本目。


握る。


突く。


石突きを半歩引く。


少し長く持つ。


「これ」


リオが言いそうになった。


ヴァンがこっちを見る。


言っていない。


でも、たぶん顔に出た。


リオは口を閉じる。


ヴァンは三本目も持った。


「重い」


「嫌?」


「重いけど、重心は近い」


エルダが言う。


「同じ重さでも置く場所で変わる」


ヴァンは二本目へ戻る。


しばらく握る。


「二本目に、もう少し後ろ」


「何を」


「重さ」


エルダが頷く。


「できる」


「穂先は今より少し短く」


「理由」


「狭いところで返しやすくしたい」


「届かなくなる」


「今より少しなら」


「止める仕事が多い?」


「多い」


リオは横で聞いていた。


ヴァンが前から言っていたことと同じだった。


敵を追い回すより。


通さない。


止める。


最後だけ突く。


だからその槍が欲しい。


リオが考えるより、ずっと前からヴァンの中では形があったらしい。


*


エルダは紙へ寸法を書いた。


「すぐは無理」


「分かってる」


「冬前までに一度、西へ戻る。そのとき受け取るか、預け先を決める」


「いくら」


金額が出る。


ヴァンが少しだけ黙った。


高い。


リオにも分かる。


「預かりは?」


エルダが言う。


半額ではない。


でも軽くもない。


ヴァンは財布を見る。


「払う」


即答ではなかった。


ちゃんと数えてから。


金を出す。


エルダが受け取る。


「途中で気が変わったら?」


「材料切る前なら変える」


「切ったあと」


「相談」


「返金は」


「全部はしない」


ヴァンが頷く。


リオが聞く。


「完成したら俺も触っていい?」


エルダが見る。


「ヴァンがいいなら」


ヴァンが言う。


「駄目」


「なんで」


「最初は俺」


「そのあと」


「そのあと考える」


リオは少し不満だった。


でも、そういうものかもしれない。


*


昼前にロア町を出た。


帰りは乗合馬車。


ヴァンが払った。


「贅沢」


リオが言う。


「夕方の顔合わせに遅れるよりいい」


「槍代払ったばっかりなのに」


「だから何」


「カード減らす?」


「しばらく」


「しばらく?」


「全部やめるとは言ってない」


そこは変わらない。


リオは笑った。


*


夕方。


西部街道連絡組合の倉庫には、三つの大きな箱が並んでいた。


箱というより、木枠だった。


厚い布。


革紐。


中にさらに丸い枠。


外から中身は見えない。


「触らないで」


入った瞬間に言われた。


リオはまだ何も触っていなかった。


「触ってない」


「触りそうだった」


「なんで」


「目」


女は箱の前へ立つ。


三十代くらい。


濃い茶色の髪を後ろでまとめている。


腰に小さな工具袋。


「オルサ。信号機構担当」


その横の若い男が手を上げる。


「トーマ。補助」


リオも名乗る。


ヴァンも。


オルサは三つの箱を見る。


「これが今回の一番大事な荷物」


「鏡?」


リオが聞く。


「交換鏡」


「見ていい?」


「見るだけ」


オルサが一つの木枠を開ける。


布をめくる。


銀色の円盤。


でも、ただの鏡ではなかった。


裏側に細い金属枠。


縁に小さな調整ねじ。


「きれい」


リオが言う。


「だから触らない」


「汚れるから?」


「それもある」


オルサは木枠の下へ薄い板を差した。


少し持ち上げる。


ほんのわずか。


それから落とす。


こと、と小さな音。


「今ので割れた?」


「割れない」


「じゃあ」


「でも、もっと強くやれば枠がずれる」


トーマが横から言う。


「見た目で分からないこともあります」


「塔へつけて、光を送って、向こうへ届かない」


オルサが言う。


「そうなってから気づく」


リオは円盤を見る。


「じゃあ落とせない」


「落とさない」


「傾けるのは?」


「箱ごとなら範囲内。勝手にやらない」


「走るのは?」


オルサがリオを見る。


「箱持って?」


「たとえば」


「やらない」


即答だった。


ヴァンが少し笑った。


「相性悪そう」


「まだ何もしてない」


「今からするつもりだっただろ」


リオはヴァンを見る。


「オルサまで先回りするようになったら嫌だな」


「何を」


「止めるの」


*


顔合わせは、荷物の順番を確認して終わった。


交換鏡三枚。


油具。


回転軸。


工具。


最後の塔から回収する空箱。


同行する荷役二人と護衛一人もいたが、名前を覚えるのは明日でいいと言われた。


「出発は明後日の朝」


オルサが言う。


「明日は?」


「荷の最終固定」


「手伝う?」


「指示したところだけ」


「分かった」


「本当に?」


今度はヴァンが笑った。


*


翌日は、ほとんど準備だけだった。


リオは部屋へ戻る。


長い仕事。


でも、持っていくものは前より少ない。


町靴。


安い杯。


予備の服。


置いていく。


机の引き出し。


家賃の受領書。


そのまま。


鍵だけは持つ。


翌朝。


町を出る。


西へ。


半日歩くと、空の色が変わった。


山の向こうではなく。


地面の向こうまで続いている。


海だった。


リオは少しだけ足を速めた。


「荷から離れるな」


オルサが後ろから言った。


「見てるだけ!」


「前見て歩いて!」


海は逃げない。


たぶん。


リオは歩く速度を戻した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。