空の部屋に払う
西部街道連絡組合の事務所は、思ったより小さかった。
大きな仕事の話だったので、もっと立派な建物を想像していた。
実際は、荷車屋と乾物屋の間にある二階建て。
入口に古い道標が立っている。
「ここ?」
リオが聞く。
ヴァンが紙を見る。
「ここ」
「十八日から二十日の仕事なのに」
「建物の大きさ関係ある?」
「ちょっとある」
「ない」
中へ入る。
*
話をしたのは、白髪混じりの男だった。
名前はドゥーガ。
机の上に、海沿いの地図が広がっている。
「依頼書だけだと分かりにくかっただろ」
「見張り塔三つ」
リオが言う。
「そこは分かった」
「道の確認って書いてあった」
ヴァンが言う。
ドゥーガが頷く。
「確認もする。ただ、本体はこっちだ」
木箱を開ける。
中に、磨かれた金属板。
丸い。
鏡みたいに光る。
「信号鏡?」
ヴァンが聞く。
「交換用」
海沿いの古い見張り塔。
冬前に三基。
壊れた鏡を替える。
油具も運ぶ。
最後の一基では、使わなくなった封印箱と予備レンズを回収する。
組合の技師が二人。
荷役が二人。
護衛が一人。
そこへリオとヴァン。
「調査じゃないんだ」
リオが言う。
「道を見るのは途中だけ」
「海見える?」
ドゥーガが少し笑った。
「見張り塔だからな」
リオはヴァンを見る。
ヴァンは無視した。
「出発は」
「十二日後」
ヴァンが顔を上げる。
「十二日?」
「都合悪いか」
「十日後に用がある」
「終わってから来い。出発は朝だが、二日前の夕方に顔合わせがある」
ヴァンは小さく頷いた。
槍鍛冶のエルダ。
間に合う。
リオも少し安心した。
「期間は?」
「順調で十八日。長くて二十日」
「戻るのは」
「来月の半ば」
そこだけ、リオはすぐ分かった。
来月。
部屋。
「前金は?」
ヴァンが聞く。
「食料、馬、船代は組合持ち。個人の前金は少し出る」
ドゥーガが額を言う。
仕事としては悪くない。
でも、その前金を部屋代へ回したら、旅のための金が減る。
「返事いつまで?」
「三日」
「分かった」
リオは依頼書を受け取った。
まだ受けるとは言わなかった。
*
宿へ戻る。
リオは真っ先に帳場へ行った。
主人がこちらを見る。
「仕事?」
「長い」
「何日」
「十八から二十」
「へえ」
「次の月またぐ」
「そうだな」
「部屋どうなる」
主人は一瞬だけ意味が分からない顔をした。
「家賃払えばそのまま」
「いないのに?」
「前にも聞いた」
「六日と二十日は違う」
「俺の答えは同じ」
リオは帳場へ肘をつく。
「安く置いとくだけとか」
「ない」
「半額で鍵だけ」
「ない」
「誰かに貸して、その間だけ家賃もらうとか」
「又貸し禁止」
「荷物だけ置く」
「箱一つなら預かる。別料金」
「部屋は?」
「空けるなら次へ貸す」
「戻ったとき空いてたら?」
「借りればいい」
「空いてなかったら」
「借りられない」
全部、分かりやすかった。
嫌なくらい。
「厳しい」
「普通」
主人は皿を拭く。
「お前、部屋借りたの初めてだろ」
「初めて」
「そうだろうな」
「何で分かる」
「聞くことが多い」
反論できなかった。
*
部屋へ戻る。
机。
棚。
引き出し。
安い杯。
町歩きの靴。
着替え。
予備鉤。
全部置いてある。
リオは財布を出した。
数える。
次の家賃。
払える。
仕事の前金を使わなくても払える。
ただし、払ったあと。
手元に残る金は少なくなる。
危ないほどではない。
でも、軽くもない。
ヴァンが扉を叩いた。
「入るよ」
「どうぞ」
入ってくる。
「どうだった」
「割引ない」
「何の」
「留守割」
「あると思ってた?」
「ちょっと」
ヴァンは机の紙を見る。
「仕事は?」
「面白そう」
「俺も」
「海沿い」
「鏡運びだろ」
「塔三つ」
「聞いた」
リオは財布を閉じる。
「部屋、次の月も払ったら、結構減る」
「じゃあやめる?」
すぐに聞かれた。
リオは部屋を見る。
「やめたら、戻ってきたとき別の人いるかも」
「いるかも」
「ここじゃない部屋になる」
「なるかも」
「嫌」
ヴァンは頷いた。
「じゃあ払えば」
「簡単に言うな」
「でも答え出てるだろ」
「仕事も行きたい」
「俺も行きたい」
「じゃあ」
「払うしかないんじゃない」
リオは少し黙る。
「半分出す?」
とは、ヴァンは言わなかった。
そのことに、少し安心した。
この部屋は自分の部屋だ。
ヴァンが金を払えば、たぶん少し違うものになる。
「ヴァンはこの部屋なくなっても困らない?」
「俺の部屋じゃないから」
「冷たい」
「でも、お前が嫌なら残せばいいと思う」
「どっち」
「どっちも本当」
そういう答えもある。
*
翌日。
リオは次の月の家賃を払った。
まだ月末ではない。
早めに。
主人が受領の紙を書く。
「そんな急がなくても」
「仕事決めたいから」
「払ったら行くのか」
「行く」
「じゃあ行ってこい」
受領書を受け取る。
部屋へ持っていく。
机の引き出し。
一番上。
中にはまだほとんど何もない。
受領書を置く。
隣に、西部街道連絡組合の依頼書。
二枚並ぶ。
一枚は、いない間も払う金。
一枚は、いない間にする仕事。
*
三日目。
組合へ返事をしに行った。
ドゥーガが聞く。
「受ける?」
「受ける」
ヴァンも頷く。
「二日前の顔合わせも行く」
「よし」
契約書へ名前を書く。
リオ。
ヴァン。
出発日は十二日後。
帰りは十八日から二十日後。
リオは日付を見る。
長い。
部屋を借りてから、一番長く空けることになる。
「何か問題?」
ドゥーガが聞く。
「ない」
少し考える。
「帰る場所はあるから」
「宿?」
「部屋」
ドゥーガはそれ以上聞かなかった。
それでよかった。
*
夜。
リオは自分の部屋で寝た。
来月の途中。
この部屋は二十日近く空になる。
それでも、鍵は持っていく。
戻ったら、自分で開ける。
窓を閉める。
机の引き出しには、受領書と依頼書が並んでいる。
リオは引き出しを閉め、灯りを消した。




