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未来の自分から能力を前借りする俺は、どっちも諦めない  作者: 綴木 灯
鍵を返さない部屋

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20/23

空の部屋に払う

西部街道連絡組合の事務所は、思ったより小さかった。


大きな仕事の話だったので、もっと立派な建物を想像していた。


実際は、荷車屋と乾物屋の間にある二階建て。


入口に古い道標が立っている。


「ここ?」


リオが聞く。


ヴァンが紙を見る。


「ここ」


「十八日から二十日の仕事なのに」


「建物の大きさ関係ある?」


「ちょっとある」


「ない」


中へ入る。


*


話をしたのは、白髪混じりの男だった。


名前はドゥーガ。


机の上に、海沿いの地図が広がっている。


「依頼書だけだと分かりにくかっただろ」


「見張り塔三つ」


リオが言う。


「そこは分かった」


「道の確認って書いてあった」


ヴァンが言う。


ドゥーガが頷く。


「確認もする。ただ、本体はこっちだ」


木箱を開ける。


中に、磨かれた金属板。


丸い。


鏡みたいに光る。


「信号鏡?」


ヴァンが聞く。


「交換用」


海沿いの古い見張り塔。


冬前に三基。


壊れた鏡を替える。


油具も運ぶ。


最後の一基では、使わなくなった封印箱と予備レンズを回収する。


組合の技師が二人。


荷役が二人。


護衛が一人。


そこへリオとヴァン。


「調査じゃないんだ」


リオが言う。


「道を見るのは途中だけ」


「海見える?」


ドゥーガが少し笑った。


「見張り塔だからな」


リオはヴァンを見る。


ヴァンは無視した。


「出発は」


「十二日後」


ヴァンが顔を上げる。


「十二日?」


「都合悪いか」


「十日後に用がある」


「終わってから来い。出発は朝だが、二日前の夕方に顔合わせがある」


ヴァンは小さく頷いた。


槍鍛冶のエルダ。


間に合う。


リオも少し安心した。


「期間は?」


「順調で十八日。長くて二十日」


「戻るのは」


「来月の半ば」


そこだけ、リオはすぐ分かった。


来月。


部屋。


「前金は?」


ヴァンが聞く。


「食料、馬、船代は組合持ち。個人の前金は少し出る」


ドゥーガが額を言う。


仕事としては悪くない。


でも、その前金を部屋代へ回したら、旅のための金が減る。


「返事いつまで?」


「三日」


「分かった」


リオは依頼書を受け取った。


まだ受けるとは言わなかった。


*


宿へ戻る。


リオは真っ先に帳場へ行った。


主人がこちらを見る。


「仕事?」


「長い」


「何日」


「十八から二十」


「へえ」


「次の月またぐ」


「そうだな」


「部屋どうなる」


主人は一瞬だけ意味が分からない顔をした。


「家賃払えばそのまま」


「いないのに?」


「前にも聞いた」


「六日と二十日は違う」


「俺の答えは同じ」


リオは帳場へ肘をつく。


「安く置いとくだけとか」


「ない」


「半額で鍵だけ」


「ない」


「誰かに貸して、その間だけ家賃もらうとか」


「又貸し禁止」


「荷物だけ置く」


「箱一つなら預かる。別料金」


「部屋は?」


「空けるなら次へ貸す」


「戻ったとき空いてたら?」


「借りればいい」


「空いてなかったら」


「借りられない」


全部、分かりやすかった。


嫌なくらい。


「厳しい」


「普通」


主人は皿を拭く。


「お前、部屋借りたの初めてだろ」


「初めて」


「そうだろうな」


「何で分かる」


「聞くことが多い」


反論できなかった。


*


部屋へ戻る。


机。


棚。


引き出し。


安い杯。


町歩きの靴。


着替え。


予備鉤。


全部置いてある。


リオは財布を出した。


数える。


次の家賃。


払える。


仕事の前金を使わなくても払える。


ただし、払ったあと。


手元に残る金は少なくなる。


危ないほどではない。


でも、軽くもない。


ヴァンが扉を叩いた。


「入るよ」


「どうぞ」


入ってくる。


「どうだった」


「割引ない」


「何の」


「留守割」


「あると思ってた?」


「ちょっと」


ヴァンは机の紙を見る。


「仕事は?」


「面白そう」


「俺も」


「海沿い」


「鏡運びだろ」


「塔三つ」


「聞いた」


リオは財布を閉じる。


「部屋、次の月も払ったら、結構減る」


「じゃあやめる?」


すぐに聞かれた。


リオは部屋を見る。


「やめたら、戻ってきたとき別の人いるかも」


「いるかも」


「ここじゃない部屋になる」


「なるかも」


「嫌」


ヴァンは頷いた。


「じゃあ払えば」


「簡単に言うな」


「でも答え出てるだろ」


「仕事も行きたい」


「俺も行きたい」


「じゃあ」


「払うしかないんじゃない」


リオは少し黙る。


「半分出す?」


とは、ヴァンは言わなかった。


そのことに、少し安心した。


この部屋は自分の部屋だ。


ヴァンが金を払えば、たぶん少し違うものになる。


「ヴァンはこの部屋なくなっても困らない?」


「俺の部屋じゃないから」


「冷たい」


「でも、お前が嫌なら残せばいいと思う」


「どっち」


「どっちも本当」


そういう答えもある。


*


翌日。


リオは次の月の家賃を払った。


まだ月末ではない。


早めに。


主人が受領の紙を書く。


「そんな急がなくても」


「仕事決めたいから」


「払ったら行くのか」


「行く」


「じゃあ行ってこい」


受領書を受け取る。


部屋へ持っていく。


机の引き出し。


一番上。


中にはまだほとんど何もない。


受領書を置く。


隣に、西部街道連絡組合の依頼書。


二枚並ぶ。


一枚は、いない間も払う金。


一枚は、いない間にする仕事。


*


三日目。


組合へ返事をしに行った。


ドゥーガが聞く。


「受ける?」


「受ける」


ヴァンも頷く。


「二日前の顔合わせも行く」


「よし」


契約書へ名前を書く。


リオ。


ヴァン。


出発日は十二日後。


帰りは十八日から二十日後。


リオは日付を見る。


長い。


部屋を借りてから、一番長く空けることになる。


「何か問題?」


ドゥーガが聞く。


「ない」


少し考える。


「帰る場所はあるから」


「宿?」


「部屋」


ドゥーガはそれ以上聞かなかった。


それでよかった。


*


夜。


リオは自分の部屋で寝た。


来月の途中。


この部屋は二十日近く空になる。


それでも、鍵は持っていく。


戻ったら、自分で開ける。


窓を閉める。


机の引き出しには、受領書と依頼書が並んでいる。


リオは引き出しを閉め、灯りを消した。

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