↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来の自分から能力を前借りする俺は、どっちも諦めない  作者: 綴木 灯
鍵を返さない部屋

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/22

置いていける

部屋を借りた翌朝。


リオは床に荷物を並べていた。


短剣。


縄。


鉤。


予備の鉤。


着替え。


予備の着替え。


町歩き用の靴。


雨具。


乾燥肉。


水袋。


小さな金槌。


「一泊だよな?」


扉のところでヴァンが言った。


「一泊」


「引っ越すの?」


「違う」


「じゃあなんで靴二足」


リオは町歩き用の靴を見る。


昨日までなら、持っていくかどうか迷って、そのまま荷物へ入れていた。


「……置いてく」


棚へ戻す。


「着替え二枚」


「一枚置く」


引き出しへ。


「鉤二つ」


「これはいる」


「一個でいい」


「壊れたら?」


「一泊で二個壊す仕事なら先に聞きたい」


リオは少し考えた。


予備の鉤も木箱へ入れた。


荷物が軽くなる。


「変な感じ」


「何が」


「持っていかなくていい」


ヴァンは自分の荷袋を肩へ掛けた。


「前から持っていかなくてよかっただろ」


「宿に置くの嫌だった」


「なんで」


「出てる間に部屋変わるかもしれないし」


「預かってもらえば」


「それは預けてる」


リオは引き出しを閉める。


「これは置いてる」


ヴァンは少し考えてから言った。


「細かいな」


「違う」


「何が」


「違うんだよ」


説明はうまくできなかった。


でも違った。


*


仕事は町の東外れ。


山腹へ水を送る古い水路施設だった。


石造りの細い水路が斜面を横切り、その上に木と鉄で組んだ点検台が吊られている。


現場にいたのは、水路番の男が二人。


年上のほうが名乗る。


「ロッカ」


若いほうが言う。


「ミル」


ロッカが水路を指す。


「明日の朝、上の貯水槽から水を流す。その前に点検台を戻したい」


吊り下げ式の小さな作業台。


水路の外側へ張り出している。


本来は滑車で左右へ動く。


今は途中で止まっていた。


「誰か乗ってる?」


ヴァンが聞く。


「いない」


「じゃあ壊しても?」


ロッカが嫌な顔をする。


「できれば壊すな」


「できればね」


リオが言う。


ミルが笑った。


ロッカは笑わなかった。


*


問題は滑車だった。


上から見ると、片方の車輪だけ斜めになっている。


ロッカが言う。


「軸がずれた」


ヴァンがしゃがむ。


「台まで行ければ直せる?」


「工具があれば」


「誰が行く」


「俺」


ミルが言った。


ロッカがすぐ首を振る。


「お前はまだ吊り台で作業したことない」


「でも構造分かる」


「分かるのと乗るのは別」


リオは台を見る。


距離は三歩ぶんくらい。


水路の外側。


下は斜面。


落ちても即死する高さではない。


でも痛いでは済まない。


台へ渡るための細い横梁が一本ある。


途中で濡れている。


「俺が渡る?」


リオが聞く。


ロッカが見る。


「軸直せるのか」


「直せない」


「じゃあ意味ない」


「ミル連れてく」


ヴァンが口を挟む。


「二人同時に梁乗るのはなし」


リオは振り返る。


「じゃあ俺だけ行って縄渡す。ミルは固定してから」


ヴァンは梁を見る。


「それなら」


ロッカも考える。


「台が落ちたら?」


「落とさない」


「そういう答え嫌いだな」


リオは少し笑った。


「俺もよく言われる」


*


縄を腰へつける。


もう一本を持つ。


ヴァンが後ろの石柱へ結ぶ。


「戻る線、残しとけ」


「分かってる」


「本当に?」


「最近それもよく言われる」


ミルが工具袋を用意している。


ロッカは滑車を見ている。


リオは梁へ足を置いた。


一歩。


濡れている。


普通でも行ける。


ただ、台へ移る最後のところだけ梁が少し下がっている。


水が垂れている。


「脚、二」


ヴァンが何も言わない。


「平衡、二」


未来の二秒ずつを今へ重ねる。


一歩。


もう一歩。


梁が揺れる。


最後の段差。


脚の上乗せで踏み切る。


平衡の上乗せで体を戻す。


台へ着地。


二秒。


終わり。


「着いた」


「見えてる」


ヴァンが言う。


最近、よく返される。


リオは台の支柱へ縄を回した。


「ミル!」


「行く!」


ミルが安全縄を二重に確認してから梁へ出る。


リオがこちら側で張る。


ヴァンが向こうで張る。


時間はかかった。


でもミルは落ちなかった。


*


軸の修理は、リオにはよく分からなかった。


ミルが金槌で留め具を外す。


ずれた車輪を持ち上げる。


ロッカが向こうから指示を出す。


「そこじゃない! 一つ外!」


「分かってる!」


「分かってないから言ってる!」


「今合わせてる!」


リオは横で台を押さえていた。


「親子?」


ミルが言う。


「違う」


向こうでロッカが言う。


「弟子」


「似てる」


「どこが!」


二人の声が重なった。


リオは笑った。


軸が戻る。


車輪が回る。


ヴァンとロッカが滑車を引く。


点検台が、ゆっくり元の位置へ動いた。


終わり。


*


その夜は水路番の小屋に泊まった。


硬い寝台。


薄い毛布。


昨日までなら普通だった。


リオは横になって、少しだけ自分の部屋を思い出した。


机。


棚。


引き出し。


置いてきた靴。


「何」


隣の寝台からヴァンが言う。


「何も」


「部屋?」


「なんで分かる」


「顔」


暗くて見えない。


「見えてないだろ」


「分かる」


「適当」


ヴァンは笑った。


*


翌日、町へ戻った。


宿へ入る。


主人に何も言わず階段を上がる。


屋根裏。


真鍮の鍵。


自分で開ける。


部屋は昨日と同じだった。


町歩きの靴。


引き出しの着替え。


木箱の予備鉤。


全部ある。


当たり前だった。


当たり前なのに、リオは一つずつ見た。


ヴァンが後ろから覗く。


「ある?」


「ある」


「盗まれてなくて残念そうだな」


「残念じゃない」


リオは荷袋を床へ置く。


昨日より軽かった。


それも、よかった。


「次はもっと置いていけるな」


「増やすの?」


「持ってく量を減らす」


「物は増やす?」


リオは少し考える。


「それは別」


ヴァンがため息をついた。


リオは笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。