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未来の自分から能力を前借りする俺は、どっちも諦めない  作者: 綴木 灯
鍵を返さない部屋

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16/22

鍵を返さない

町へ戻った夜、リオは風呂に二回入った。


一回目は汚れを落とすため。


二回目は、もう一度湯に入りたかったから。


「意味ある?」


食堂でヴァンに聞かれた。


「ある」


「何が違う」


「一回目は作業」


「二回目は?」


「風呂」


ヴァンは理解できない顔をした。


リオは気にしなかった。


温かい肉。


柔らかいパン。


乾いた服。


夜は、何日かぶりに石のない寝床で眠った。


朝起きても、背中は痛くなかった。


かなり良かった。


*


朝食のあと。


リオが部屋の鍵を返しに帳場へ行くと、先に一人いた。


年配の女。


大きな箱を二つ足元へ置いている。


宿の主人へ、真鍮の鍵を差し出した。


「長く世話になったね」


「こちらこそ」


主人は鍵を受け取る。


「娘さんのところ、遠いんだろ」


「馬車で半日。ここより近所付き合いが多そうで怖いよ」


女は笑った。


荷運びの男が箱を持つ。


そのまま外へ出ていった。


リオは帳場へ自分の鍵を置く。


いつもの木札つき。


「今の人、ずっといた?」


「三年くらい」


「宿に?」


「月貸しの部屋」


リオの手が止まる。


「月貸し?」


主人が真鍮の鍵を棚へ掛ける。


「屋根裏の北部屋。普通の客には出してない」


「なんで」


「狭いから」


「どれくらい」


主人がリオを見る。


「見たいのか?」


「見たい」


自分でも早いと思った。


*


階段を一つ上がる。


いつも泊まる階より、さらに上。


最後は少し急な木段。


屋根裏の廊下に、扉が三つあった。


主人が一番奥を開ける。


「ここ」


小さい。


本当に小さい。


天井の片側が斜めになっている。


背の高いヴァンなら、端で頭を打ちそうだ。


窓が一つ。


ベッドが一つ。


古い机。


壁に棚が二段。


引き出しのついた小さな箪笥。


隅に鍵を掛けられる木箱。


豪華ではない。


昨日泊まった客室より狭い。


リオは中へ入った。


窓を開ける。


下に宿の裏庭が見える。


干してある洗濯物。


馬小屋の屋根。


少しだけ通り。


「月いくら」


主人が額を言う。


リオは頭の中で、いつもの宿代と比べた。


安くはない。


一晩ずつ払うよりは安い。


ただし、それは毎日ここにいるならだ。


「出てる間も?」


「払う」


「十日いなくても?」


「払う」


「ひと月いなくても?」


「払う」


「じゃあ損じゃん」


「お前が決めろ」


主人は笑った。


「その代わり、鍵は持ってていい。荷物も置いていい。戻ってきた日に満室でも、ここは空いてる」


リオは真鍮の鍵を見る。


「鍵、返さなくていい?」


「借りてる間は」


すぐに答えられなかった。


主人が少し不思議そうな顔をする。


「そんなにそこ大事か?」


「うん」


答えてから、自分でも少し驚いた。


*


ヴァンを連れてきた。


「狭い」


最初の感想がそれだった。


「そこ?」


「天井低い」


ヴァンは端へ寄る。


本当に少し屈んだ。


「俺なら頭打つ」


「俺は打たない」


「よかったな」


「机ある」


「見える」


「棚も」


「見える」


リオは引き出しを開ける。


空。


閉める。


また開ける。


「何してる」


「ちゃんと閉まる」


「さっきから閉まってる」


ヴァンはベッドへ腰掛けた。


軋む。


「借りるの?」


「考えてる」


「もう借りる顔してる」


「顔で決めるな」


最近それを言う人が増えた。


リオは窓の横へ立つ。


「ヴァンは?」


「いらない」


早かった。


「一緒に借りたら半分になるよ」


「槍代貯めてる」


「まだ買えてないし」


「だから貯めてる」


「ここ泊まれるよ」


「今も泊まれてる」


「荷物置ける」


「持てるぶんしか持ってない」


「鍵」


「返すの困ってない」


全部、正しい。


リオは少しだけ腹が立った。


「何」


ヴァンが聞く。


「別に」


「借りたいなら借りれば」


「一人で?」


「お前が欲しいんだろ」


「そうだけど」


ヴァンは部屋を見る。


「俺が欲しくないと借りられない?」


前にも、似たことを言われた気がした。


リオは少し考える。


「借りられる」


「じゃあそうすれば」


簡単だった。


また。


*


財布の中身を数えた。


一か月分。


払える。


払ったあとも、仕事に必要な金は残る。


でも軽くはない。


二か月。


三か月。


ずっと払うなら、それだけ仕事も要る。


外へ出ている間は、本当にただ部屋を空けているだけになる。


リオは空の棚を見る。


空の机。


空の引き出し。


「ひと月だけでもいい?」


主人に聞く。


「いい」


「次の月、やめても?」


「前の日までに言え」


「途中で遠く行っても?」


「勝手に行け」


「荷物そのまま?」


「家賃払ってるなら」


リオは金を出した。


「借りる」


主人は数える。


受け取る。


それから、さっき棚へ掛けた真鍮の鍵を外した。


リオへ渡す。


「なくすなよ」


「なくしたら?」


「鍵代取る」


「高い?」


「なくしてから聞け」


リオは鍵を握った。


重くはない。


普通の鍵だった。


*


その日、何か大きなものを買うことはしなかった。


市場へ家具を見に行くこともしなかった。


宿の客室から、自分の荷物を運んだだけ。


短剣。


縄。


鉤。


服。


予備の靴。


道具袋。


全部置いても、棚はかなり余った。


引き出しも二段空いている。


「物少ないな」


扉のところでヴァンが言う。


「これから増える」


「増やす前提なんだ」


「空いてるから」


「そういうとこだぞ」


「何が」


ヴァンは答えなかった。


リオは洗ったばかりの上着を畳んだ。


箪笥の一番上へ入れる。


引き出しを閉める。


明日出かけても。


数日戻らなくても。


次に開けたとき、たぶんここにある。


「飯行く?」


ヴァンが聞く。


「行く」


リオは部屋を出た。


扉を閉める。


鍵を掛ける。


階段を下りる。


帳場を通る。


主人は何も言わなかった。


鍵を返せとも言わない。


外へ出た。


真鍮の鍵は、リオの腰袋に入ったままだった。

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