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未来の自分から能力を前借りする俺は、どっちも諦めない  作者: 綴木 灯
同じ能力、違う使い方

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15/27

中継所の報告

五日目の朝。


最後に残っていた排水線を測り終えたのは、太陽が木の上へ出たころだった。


マーレが帳面を閉じる。


「これで行ける」


リオがすぐ聞く。


「中継所?」


「中継所」


今日は止められなかった。


リオは少しだけ勝った気がした。


「そんなに嬉しい?」


シアが言う。


「屋根あるから」


「昨日から見えてたけど」


「今日は入れる」


ヴァンが荷を背負った。


「歩け」


四人で最後の坂を下った。


*


中継所は、近くで見ると古かった。


でも屋根はあった。


壁もある。


扉も閉まる。


中へ入ると、乾いた木の匂いがした。


「床」


リオが言った。


「あるね」


シアが答える。


「平ら」


「見れば分かる」


「屋根もある」


「昨日から見えてた」


「今日は中にいる」


ヴァンが荷物を下ろす。


「そんなに嬉しい?」


リオは答えなかった。


嬉しかった。


野営のあとなら、椅子が四脚あるだけでも立派な宿に見える。


奥には古い机。


壁に色あせた路線図。


小さな暖炉まで残っている。


マーレは休むより先に机を拭いた。


「報告まとめる」


「今?」


リオが聞く。


「忘れる前」


シアも測量箱を開いた。


ヴァンがため息をつく。


「先に水くらい飲ませろ」


マーレは少し考えてから頷いた。


「十分」


リオが言う。


「昨日と同じ」


ヴァンが言う。


「今日は取りに行くものないぞ」


*


報告は、思ったより地味だった。


マーレが地図を広げる。


測った区間を三つに分ける。


「まず、今のまま使えるところ」


ヴァンが地図の南側を指した。


「入口から第一標識まで。路肩だけ掃除すれば、人は通せる」


シアが補う。


「荷馬はまだ。幅が足りない場所が二つ」


マーレが書く。


「次。手入れすれば使えるところ」


リオが昨日までの道を思い出す。


「標識杭を落としたとこの下」


シアが地図へ線を引く。


「こっちの迂回線」


「傾斜は緩い」


ヴァンが言う。


「幅取れば荷馬も行ける」


マーレが頷く。


「排水溝を二本。倒木撤去。標識追加」


リオは少し嬉しくなる。


あの杭を拾わなければ、ここまで細かく線は取れなかった。


シアがこちらを見る。


「杭の話なら、役立ったってもう言った」


「まだ何も言ってない」


「言いそうだった」


マーレが机を指で叩いた。


「次」


三つ目。


閉鎖。


昨日崩れた石棚。


誰も迷わなかった。


「旧棚線は閉鎖」


マーレが赤く塗る。


「部分補修じゃ足りない」


シアが言う。


「山側から作り直すなら別」


ヴァンが頷く。


「今の再開計画からは外す」


リオも何も言わなかった。


もう道は半分落ちている。


そこへ一秒使っても、地図の赤は変わらない。


*


最後に、ハルドの帳面を開いた。


シアが古いページを押さえる。


「ここ」


昨日読んだ水筋の記録。


春。


地中水。


排水位置の変更。


マーレは今朝の測量値と比べる。


「今も同じところ湿ってる」


「少し西へ広がってる」


シアが言う。


ヴァンが聞く。


「これで何が変わる」


マーレは地図上の擁壁を指した。


「修理を始める場所」


「道そのものじゃなくて?」


「道を直す前に、水を逃がす」


シアが言った。


「ここ塞いだまま石積み直しても、また押される」


リオは帳面を見る。


「じゃあ結構役立った」


「役立った」


マーレが答える。


「なくても閉鎖と迂回の判断はできたけど、修理の順番は良くなる」


シアが帳面をそっと閉じる。


少し満足そうだった。


リオは帳面とシアを交互に見る。


「役立ったからって何」


「何も」


ヴァンが言う。


「二人とも仕事しろ」


*


昼。


報告の骨組みができたところで、ようやく食事になった。


硬いパン。


干し肉。


残っていた塩辛い果物。


リオは椅子へ座ったまま、急に体の向きが分からなくなる感覚を覚えた。


「あ」


机へ手をつく。


ヴァンが見る。


「平衡?」


「二」


標識杭を拾ったときの返済。


二秒だけ、椅子の背と机に体を預ける。


戻る。


「これでゼロ?」


シアが聞いた。


「ゼロ」


「いいな」


リオがシアを見る。


「そっちは六秒」


「知ってる」


言い方が少し嫌そうだった。


その少し後。


シアが水を取りに立とうとして、そのまま椅子へ座り直した。


「脚?」


リオが聞く。


「三」


昨日の分だ。


シアは自分で数えた。


三秒。


戻る。


立ち上がる。


「これで三秒」


「いつもの範囲」


「そう」


「嬉しい?」


「ちょっと」


「取ったの後悔してる?」


シアは水差しを持つ。


「してない」


即答だった。


「でも六秒は多い」


「俺は七秒使ったことある」


「知ってる。風箔虫でしょ」


リオが止まる。


「なんで知ってるの」


「マーレ」


マーレが顔を上げる。


「聞かれたから」


「何を」


「変な使い方するか」


「それで風箔虫出す?」


「分かりやすい」


シアが笑った。


「七秒で虫見に行く人に、六秒で帳面取ったこと何か言われたくない」


「何も言ってないって」


今度は全員が笑った。


*


報告書は、その日の夕方までにまとまった。


最終判断はマーレが書いた。


全面再開ではない。


全面閉鎖でもない。


南側の安全区間は、人の通行を条件付きで再開。


荷馬は、途中で見つけた下側の迂回線を整備してから。


膨らんだ擁壁は、排水を先に直す。


旧棚線は閉鎖。


大規模修理まで使わない。


リオは地図を見る。


緑。


黄。


赤。


全部つながっているわけではない。


でも、通れる線は残った。


「これで終わり?」


「現地は」


マーレが言った。


「帰って提出。工事担当が確認。問題なければ一部から開ける」


「俺たちの仕事は?」


「帰るまで」


ヴァンが言う。


「まだ山の中だ」


「分かってる」


リオは椅子へ深く座った。


「今日はここで寝る?」


マーレが頷く。


「屋根あるから」


それだけでかなり嬉しかった。


*


帰りは、来た道をそのまま戻らなかった。


調査で残した仮線を確認しながら、二日かけて町へ下った。


帰路の二日目。


昼休みの平らな石に座っているあいだに、シアの平衡三秒の返済も終わった。


これでシアも未返済はゼロになった。


シアは何事もなかったように干し果物を一つ投げてきた。


リオが受け取る。


しょっぱい。


*


北門が見えたとき、リオはかなり本気で走りたくなった。


能力を使うほどではない。


普通に早足になる。


「何急いでる」


ヴァンが言う。


「風呂」


「宿だろ」


「風呂入って、飯食う」


「順番まで決めてるのか」


「大事」


シアが横から言う。


「私は靴下洗う」


「替えいっぱいあるじゃん」


「使ったぶん洗う」


「帰ってまで?」


「帰ったから」


マーレは役所へ。


シアは測量道具を返しに別の倉庫へ。


北門の前で一度止まる。


シアが言った。


「あの杭」


「何」


「取って正解だった」


リオが少し笑う。


「あの棚」


「何」


「切って正解だった」


シアも少し笑った。


「でも、杭は四秒使わなくても取れたかもしれない」


「棚も一秒で見に行けたかもしれない」


「行っても道にならなかった」


「杭は役立った」


「知ってる」


ヴァンが間へ入る。


「終わらないから帰れ」


「またね」


シアが言う。


「また」


リオも答えた。


それで別れた。


*


宿の看板が見えた。


リオは少しだけ歩く速度を上げる。


風呂。


温かい飯。


同じ食堂。


同じ階段。


何度も寝ている部屋。


そのどれも、自分のものではない。


でも今は、それでよかった。


早く戻りたかった。

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