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未来の自分から能力を前借りする俺は、どっちも諦めない  作者: 綴木 灯
同じ能力、違う使い方

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14/23

置いていけないもの

四日目の朝。


リオは寝袋を丸めている途中で、両脚から力が抜けるのを感じた。


「二」


自分で言って、そのまま地面へ座る。


昨日より前、標識杭を拾いに行ったときの返済だった。


二秒。


すぐに戻る。


シアが横で見ていた。


「短いね」


「そっちに言われたくない」


「私は一秒だったから」


「もっと言われたくない」


シアは少し笑った。


リオは立ち上がる。


これで返済待ちは平衡二秒だけ。


前借りできる余地は八秒になった。


今日は使う予定はなかった。


少なくとも、朝の時点では。


*


中継所は、もう遠くなかった。


昨日見えた屋根が、今日は木々の切れ間から何度も見える。


ただ、近づくほど道は荒れていた。


古い標識柱。


崩れた排水溝。


斜面へ半分埋まった石段。


マーレは立ち止まるたびに地図へ書き込む。


シアが測る。


ヴァンが通行の幅を確認する。


リオは先の地形を見る。


「昼前には着けそう」


「測らなければね」


シアが言った。


「測っても昼過ぎ」


マーレが訂正する。


「じゃあ昼過ぎ」


「まだ決めるな」


「昨日も言われた」


「学んで」


シアが言う。


「嫌」


「早い」


ヴァンが後ろで笑った。


*


山腹を回り込んだところで、古い石壁が出てきた。


道沿いではない。


少し斜面の上。


半分、土に埋まっている。


マーレが止まる。


「測量標?」


シアが顔を上げた。


石壁の中央に、小さな金属板が見えた。


錆びている。


でも、形は残っている。


「旧標識所かも」


シアが言う。


道から十歩ほど外れる。


マーレが先に近づく。


石壁は、山側へ食い込むように作られていた。


昔、測量具や記録を置いた小さな保管所だったらしい。


入口はない。


正面に、鉄の引き出しが三つ並んでいる。


下二つは潰れている。


一番上だけ、まだ形がある。


ただし、その前の地面が崩れていた。


細い岩棚。


下は急な斜面。


「今の調査に要る?」


ヴァンが聞く。


マーレが首を振る。


「必須じゃない」


「じゃあ印だけ取って進む?」


リオが言う。


シアも頷いた。


「そうしよう」


即答だった。


マーレが地図へ位置を書く。


リオは金属板を見る。


古い文字。


ほとんど読めない。


シアが一歩近づく。


目を細めた。


「……待って」


マーレが顔を上げる。


「何」


シアは金属板の右下を指した。


刻み傷。


斜め線が二本。


その間に小さな点。


「この印」


「知ってる?」


リオが聞く。


シアは少しだけ間を置いた。


「ハルド」


「誰」


「昔の指導役」


マーレが思い出したように言う。


「測量官のハルド?」


「今は退いてる」


シアは鉄の引き出しを見る。


さっきより長く。


「最初の現場で教わった」


「この道?」


「違う。北西」


シアはしゃがむ。


崩れた岩棚。


引き出し。


その距離を見る。


「ここ、ハルドが取った線かもしれない」


マーレが地図をめくる。


「古い写しなら役所にある」


「写しはある」


シアが答える。


「原本は見たことない」


リオが聞く。


「何が違うの」


「余白」


「余白?」


「現場で書いた修正とか。測り直した理由とか。写しには入らない」


シアは鉄の引き出しから目を離さない。


「昔、この峠の水筋を一本ずらしたって記録がある。理由が残ってるかもしれない」


マーレが言う。


「今の再開調査にはなくても進められる」


「分かってる」


「なら位置だけ取る」


シアは答えなかった。


さっきは自分でそう言った。


リオは何も言わない。


ヴァンも黙っている。


少しして、シアが息を吐いた。


「取りたい」


短かった。


リオはシアを見る。


シアはリオを見ない。


「仕事に必要じゃない」


「うん」


「それでも?」


「うん」


マーレは崩れた岩棚を見る。


「一回だけ」


シアが顔を上げる。


「行ける?」


「外の引き出しまでなら」


マーレがヴァンを見る。


「どうする」


ヴァンは周囲を確認した。


丈夫そうな木。


残っている岩棚。


崩れた縁。


「縄つける」


シアが頷く。


「戻り三分」


「短くない?」


リオが言う。


「引き出し一個だ」


ヴァンはシアを見る。


「奥へ入るな。引き出し開かなかったら戻る」


「分かった」


「本当に」


「分かったって」


今度はリオが少し笑った。


*


縄はヴァンが木へ回した。


もう一本をリオが持つ。


シアの腰へ結ぶ。


マーレは崩れた縁に立たず、少し離れて時間を見る。


「普通に渡る?」


リオが聞く。


シアは岩棚を見る。


「途中が動く」


石が一つ、足元から落ちる。


下へ消える。


「じゃあ」


シアが短く息を吸う。


「脚、三」


リオが少し眉を上げた。


「平衡、三」


六秒。


いつものシアなら、あまり持たない量。


シアは何も説明しなかった。


踏み出す。


一歩。


岩棚が崩れる。


二歩目を早く置く。


上乗せされた脚が、沈む前に次へ出る。


体が谷側へ流れる。


平衡の上乗せで戻す。


二秒。


三秒。


金属板の前。


上乗せが消える。


「着いた!」


リオが言う。


「見えてる!」


シアが返す。


鉄の引き出しへ手をかける。


動かない。


一度。


二度。


「時間!」


ヴァンが言う。


「分かってる!」


シアが腰を落として引く。


錆が剥がれる。


引き出しが半分出た。


中に、細い金属箱がある。


シアが取る。


蓋に同じ二本線と点。


一瞬だけ手が止まった。


「シア!」


ヴァンの声。


「戻る!」


箱を胸へ入れる。


帰りは走らない。


縄を張ったまま、一歩ずつ戻る。


岩棚が一度崩れた。


リオが縄を引く。


ヴァンも支える。


シアがこちら側へ足を掛ける。


リオが腕をつかむ。


上がった。


「三分?」


シアが聞く。


マーレが言う。


「二分十二秒」


「余った」


「時間は返済できないぞ」


リオが言った。


シアがこちらを見る。


「昨日の真似?」


「使えるから」


ヴァンがため息をついた。


*


金属箱は、その場では開けなかった。


崩れた斜面の横で古い紙を広げる理由がない。


少し進んだ平らな場所で休憩する。


マーレが封を確認する。


役所の古い標。


シアが蓋を開けた。


中に、薄い革表紙の帳面。


端は湿気で波打っている。


でも読める。


最初の数ページは数字。


距離。


方角。


傾斜。


シアが黙ってめくる。


途中で指が止まる。


「これ」


マーレが覗く。


リオも横から見る。


何が書いてあるのか、ほとんど分からない。


シアが読む。


「春、水量増加。旧線の西側、地中水が上がる。排水位置を一段下へ変更」


マーレの目が変わる。


「今朝見た湿地帯」


「たぶん同じ水筋」


「役には立つ?」


リオが聞く。


マーレは少し考える。


「立つ」


シアが帳面から顔を上げる。


「なくても報告は書ける」


自分で言った。


「でも、排水の修理位置は絞れる」


「じゃあ取ってよかった」


リオが言う。


シアは小さく頷く。


それから、帳面を閉じた。


「うん」


「六秒使ったけど」


シアがこちらを見る。


「数えてた?」


「聞こえたから」


「そう」


「四秒までじゃなかった?」


「だいたい」


「今日は六秒」


シアは少しだけ嫌そうな顔をした。


でも、言い訳はしなかった。


「欲しかったから」


それだけ。


リオは笑いそうになった。


やめた。


「そっか」


「何」


「別に」


「絶対何か言いたいだろ」


「言わない」


ヴァンが遠くで笑った。


「それ、もう全員使うな」


*


午後の調査を終えたころには、中継所の屋根がかなり近くなっていた。


あと少し。


行こうと思えば行ける。


リオが言う前に、マーレが地図を閉じた。


「今日はここまで」


「見えてるのに」


「最後の排水線が残ってる」


「中継所で寝たほうが楽じゃない?」


「調査終わらせてから入る」


シアが帳面を抱えたまま頷く。


「明日の朝すぐ終わる」


リオは中継所を見る。


屋根。


煙突。


たぶん中には床がある。


壁もある。


「ベッドあるかな」


ヴァンが言う。


「期待するな」


「屋根あるだけでいい」


「昨日まで野営嫌がってただろ」


「だから屋根がいいんだよ」


シアが言った。


「靴下乾かせれば何でもいい」


「そこは違う」


リオは即答した。

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