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未来の自分から能力を前借りする俺は、どっちも諦めない  作者: 綴木 灯
同じ能力、違う使い方

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13/22

使わなかった一秒

三日目の朝は、少し冷えた。


リオは起きてすぐ、寝床の石が一つ背中に当たっていたことへ気づいた。


「昨日のうちに取ればよかった」


ヴァンが言う。


「寝るまで気づかなかった」


「寝てから気づいたなら遅い」


「起こしてよ」


「なんで俺が」


隣では、シアがもう靴下を履き替えていた。


濡れていない。


それでも替えている。


リオは何も言わなかった。


言うと長くなりそうだった。


*


午前の道は、昨日より高いところを通った。


山肌に古い石の棚が続いている。


人が二人並べるほどの幅。


昔の道だったらしい。


ところどころに、錆びた鉄杭が刺さっている。


「ここ通せたら早いな」


リオが言う。


マーレは答えず、壁を見た。


シアもしゃがむ。


ヴァンは谷側へ槍の先を出して、棚の縁を軽く叩いた。


一部が欠ける。


「軽い」


「古いからね」


マーレが言った。


しばらく進むと、棚が一度切れていた。


二歩ぶん。


崩れた石が斜面へ落ちている。


向こう側の棚は残っている。


距離だけなら、リオは普通でも越えられそうだった。


普通に跳ぶ。


必要なら一秒だけ脚を借りる。


それで向こうへ行ける。


「俺、先に渡る?」


リオが聞いた。


シアがすぐ言った。


「渡らない」


「なんで」


「そこ、道じゃない」


「向こう残ってるよ」


「見えてる」


シアは崩れた部分ではなく、その手前へしゃがんだ。


石棚の山側。


細い排水穴が三つ並んでいる。


指で触る。


白っぽい粉がついた。


「これ」


リオも見る。


「石の粉?」


「新しい」


次に、古い鉄杭。


一本がわずかに外へ曲がっている。


「昨日の雨?」


「もっと前から動いてる」


シアは槌の柄で棚を軽く叩く。


こん。


少し離れて。


こん。


崩れた部分の近く。


こおん。


音が違う。


中が空いているみたいだった。


「表だけ残ってる」


シアが言う。


「棚の外側が山から剥がれてる」


リオは向こうを見る。


二歩。


「でも俺一人なら渡れる」


「渡れると思う」


シアは普通に言った。


否定されなくて、逆にリオが止まる。


「じゃあ」


「調査するのは、お前が渡れる道じゃない」


マーレが割れ目を見る。


「どこまで剥がれてる?」


「少なくとも、ここから向こうの二本目の杭まで」


「根拠」


シアが順番に示す。


白い粉。


外向きの杭。


空洞音。


排水穴の縁にできた細い段差。


マーレが自分でも叩く。


同じ音。


「閉鎖」


短く言った。


リオはまだ向こうを見る。


「一秒あれば、向こうまで行って状態見られる」


ヴァンが聞く。


「見て何する」


「先が使えるなら」


「ここを通れない」


「縄張れば」


「再開する道だぞ」


ヴァンは棚を指した。


「毎回リオを置くのか」


リオは口を閉じた。


「普通に歩く人が、普通に通れる線を出す」


「分かってる」


「顔が分かってない」


「顔で決めるな」


シアが少し笑った。


「昨日と逆だ」


「何が」


「今日は置いてく日」


リオは崩れた棚を見る。


一秒。


たぶん、それで渡れる。


でも、渡った先を残しても、この二歩が戻らない。


「じゃあ、どこ」


マーレが地図を広げる。


シアは山側を指した。


「杉林の中に古い作業道があるはず」


「遠い?」


「一刻くらい増える」


リオはため息をついた。


ヴァンが言う。


「歩け」


*


作業道は、本当にあった。


ただし、道というより獣道に近かった。


倒木。


根。


湿った土。


昨日の荷馬向け迂回線より、ずっと歩きづらい。


リオは枝を払いながら言う。


「これを再開路にするの?」


「仮線」


マーレが答える。


「整備前提」


「さっきの棚直したほうが早くない?」


シアが後ろから言う。


「直せるなら」


「直せない?」


「山側から全部組み直すなら」


「大工事じゃん」


「だから切った」


リオは振り返る。


「そういうの、すぐ切れるね」


シアが眉を上げる。


「悪い?」


「まだ分かんない」


「じゃあ分かってから言って」


「言ってない」


「言い方で分かる」


ヴァンが前から笑った。


「それ、使えるな」


「使うな」


リオが言った。


*


昼を少し過ぎたころ。


遠くで、低い音がした。


ごろごろ、ではない。


どん、と一度。


そのあと長く石が擦れる音。


四人とも止まる。


振り返っても、木で元の道は見えない。


マーレが言う。


「戻る」


少しだけ引き返し、斜面の開けたところまで出る。


向こうの山肌が見えた。


さっきの石棚。


半分ほど消えていた。


崩れた場所だけではない。


その先まで、外側の石がまとめて落ちている。


リオは黙って見る。


シアが何も言わない。


「言わないの?」


リオが聞く。


「何を」


「ほら、言ったでしょ、とか」


「言ったでしょ」


即答だった。


リオは笑った。


「言うんだ」


「聞いたから」


マーレが地図へ赤い線を引く。


「旧棚線、全面閉鎖」


ヴァンが言う。


「一秒使わなくてよかったな」


リオは少し考える。


「渡るだけなら、まだ渡れた」


「そうだな」


「でも道にはならなかった」


「そういうこと」


それなら、今回は使わなくてよかった。


*


午後。


作業道を抜けた先で、山が開けた。


遠くに屋根が見える。


小さい。


谷の向こう。


「中継所?」


リオが聞く。


マーレが地図を確認する。


「そう」


シアが測量棒を地面へ立てる。


「明日には着ける」


「今日じゃない?」


「まだ測る場所ある」


リオは少し残念だった。


でも、見えている。


昨日までは地図の端にしかなかった目的地が、今は本当に向こうにある。


四人で休憩した。


リオはシアの隣へ座る。


「どうやって決めてるの」


「何を」


「置いてくやつ」


シアは水筒を飲む。


「戻れないものから切る」


「戻れない?」


「壊れた道とか。終わった時間とか」


「あとで取れるものは?」


「あと」


簡単に言った。


リオは昨日の標識杭を思い出す。


「昨日の杭は」


「あとで取れた」


「取ったの俺だけど」


「取らなくても今日の仕事はできた」


「役立ったよ」


「役立った」


シアは認める。


「でも、あとで拾えるものだった」


リオは少し考える。


「誰のあと?」


シアが見る。


「何それ」


「俺にはあとでも、依頼人には今かもしれない」


シアはすぐに答えなかった。


「そういうのは、依頼人に聞く」


「聞けないときは?」


「自分で決める」


「どうやって」


「だから、戻れないものから」


最初へ戻った。


たぶん、シアの中ではちゃんとつながっている。


リオには、まだ全部は分からない。


ヴァンが立ち上がる。


「休憩終わり」


シアも立つ。


リオも続く。


向こうに中継所が見えている。


今日はそこまで行かない。


でも、道は続いていた。

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