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未来の自分から能力を前借りする俺は、どっちも諦めない  作者: 綴木 灯
同じ能力、違う使い方

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12/22

四秒まで

朝、シアは片手で靴紐を結び直していた。


もう片方の手は、膝の上に置いたまま動かしていない。


リオが見ていると、一秒ほどして指が動いた。


「昨日の?」


「握力」


「一秒?」


「一秒」


シアは普通に結び目を締めた。


「本当に細かいな」


「返すのも細かいから楽」


「楽かな」


「私は」


それだけ言って、シアは立ち上がった。


替えの靴下は今日も乾いていた。


*


午前の調査は、昨日より遅かった。


道が悪いからではない。


測るものが増えたからだ。


古い擁壁。


排水穴。


階段の傾き。


崩れた石標から次の石標までの距離。


マーレが番号を読み上げ、シアが印を置く。


ヴァンが通行時の足場を確かめる。


リオはその間を行ったり来たりする。


昼前。


道は、山肌へ貼りついた古い階段に変わった。


谷側には低い石壁。


山側には崩れた斜面。


階段の途中に、測量用の荷をいったん置いた。


白い標識杭の束が二つ。


一本ずつ番号が振ってある。


一束は、いま歩いている本道用。


もう一束は、下の斜面へ迂回線を取る場合に使う予備だった。


「先に飯」


ヴァンが言った。


誰も反対しなかった。


少し広い踊り場へ座る。


リオは腕を膝に乗せる。


ちょうどパンを半分食べたところで、両腕から力が抜けた。


「あ」


パンは落とさなかった。


口の中にあったからだ。


ヴァンが見る。


「五?」


リオは頷く。


倉庫街の鉄門を開けたときの腕力。


返済が来た。


五秒。


今日は座っている。


困ることはない。


一秒。


二秒。


マーレが水を飲む。


三秒。


シアは干し果物を食べている。


四秒。


五秒。


力が戻る。


リオは残りのパンを持った。


「終わり」


シアが聞く。


「これで返済待ちなし?」


「なし」


「全部使える?」


「十秒」


「使う予定?」


「今はない」


シアは小さく頷いた。


なぜか、それだけで少し疑われた気がした。


*


飯を片づけた直後だった。


斜面の上で、石が一つ転がった。


小さい。


拳くらい。


階段へ落ちる。


跳ねる。


そのあと、土が続いた。


「離れろ!」


マーレが言う。


四人が踊り場の端へ寄る。


大崩れではない。


山側の浅い土だけが滑った。


ただし、置いていた荷に当たった。


標識杭の束が一つ、階段の下へ落ちた。


ころがる。


二段。


三段。


最後は、崩れた石壁の向こうに残った細い平場で止まった。


もう一束はヴァンが足で押さえていた。


土が止まる。


少し待つ。


マーレが斜面を見る。


「これ以上は来なさそう」


シアが残った束を拾う。


「一束あれば本道は取れる」


リオは下を見る。


落ちた束。


距離は遠くない。


階段から直接は行けないが、石壁の外へ出て、崩れた段差を二つ越えれば届く。


「下の線は?」


リオが聞く。


マーレが答える。


「予備杭があれば細かく取れる。なくても概略は書ける」


「じゃあ取ろう」


シアが言う。


「置く」


リオが見る。


「取れるよ」


「取れるかじゃなくて、要るか」


「あるほうがいいんだろ」


「いい。でも今日の報告に必要なのは一束」


マーレは落ちた束を見る。


「下の迂回線まで精度を上げられるのは確か」


ヴァンが空を見る。


西側に雲が出ている。


雨雲ではない。


ただ、山の日暮れは早い。


「何分」


リオが聞く。


「取りに行くだけなら?」


ヴァンが聞き返す。


「五分」


シアが鼻で笑った。


「帰りまで入れて?」


「七分」


「標識打ち直しもある」


マーレが言う。


ヴァンは少し考えた。


「十分」


「何が」


「十分で戻る。超えたら呼び戻す」


リオは笑う。


「了解」


「借りるなら先に言え」


「脚二、平衡二」


シアがこちらを見る。


「四秒使うの?」


「そのほうが早い」


「十分あるのに」


「早く戻れば、そのぶん下の線も見られる」


シアは何も言わなかった。


止めもしなかった。


*


石壁を越える。


脚二秒。


平衡二秒。


未来の四秒分を、今の二秒へ重ねる。


一段目。


崩れた石へ足を置く。


二段目。


谷側へ傾いた細い平場へ飛び降りる。


平衡の上乗せで着地を戻す。


二秒。


終わり。


あとは普通に歩く。


標識杭の束を拾う。


肩へ担ぐ。


戻りは急がない。


借りたのは、行きだけだった。


「四分」


戻ると、ヴァンが言った。


「七分って言っただろ」


「余った」


「時間は返済できないぞ」


シアが言った。


「使える」


リオは落ちた束をマーレへ渡す。


「下も見る?」


マーレは標識杭を見る。


少し考える。


「見る」


シアがため息をついた。


でも、反対はしなかった。


*


下の迂回線は、思ったより良かった。


本道の階段は短い。


ただし急だった。


荷馬車は無理。


下側は遠回りになる。


その代わり、斜面が緩い。


回収した予備杭を使い、シアが曲線を細かく取った。


最後の一本を打ったところで、マーレが地図を見る。


「これなら荷馬も行けるかも」


ヴァンが傾斜を見る。


「雨の日は?」


「排水見てから」


シアが答える。


リオは少し嬉しくなった。


「取ってよかった」


シアは地図から顔を上げない。


「役には立った」


「でしょ」


「そのせいで遅れた」


「まだ明るい」


「今日の寝床、まだ作ってない」


それはそうだった。


*


野営地へ着いたころには、空が青ではなく灰色になっていた。


暗くなる前にやることが多い。


水。


薪。


寝床。


道具の乾燥。


明日の測量箱の整理。


リオも黙って動いた。


ヴァンと一緒に天幕を張る。


マーレが水を汲む。


シアが杭の番号を帳面へ写す。


「手伝う?」


リオが聞く。


「自分の寝床先にやれば」


「もうやった」


「じゃあ薪」


「取った」


シアが顔を上げる。


「早いな」


「四分で戻ったから」


「そこ自慢する?」


「役立ったし」


シアは帳面を閉じた。


「役立ったよ」


今度ははっきり言った。


「でも、私はたぶん置く」


「杭?」


「今日の条件なら」


「四秒が惜しい?」


シアは少し考えた。


「四秒だけじゃない」


「じゃあ何」


「返済待ちが増えるのが嫌」


焚き火の向こうでヴァンが聞いている。


マーレは鍋を混ぜていた。


シアは続ける。


「仕事中は、だいたい四秒までにしてる」


リオが瞬く。


「上限?」


「自分の」


「十秒使えるのに?」


「使える」


「四秒で足りなかったら?」


「その時に考える」


「毎回?」


「毎回」


リオは少し笑った。


「面倒じゃない?」


「十秒まで埋めて、次に何か来るほうが面倒」


「今日みたいに、使ったら役立つこともある」


「ある」


シアは否定しなかった。


「だから、取ったことには文句ない」


「さっきずっと嫌そうだった」


「今日の寝床が遅くなったことには文句ある」


ヴァンが笑った。


「それは俺もある」


「ヴァンまで?」


「寝床は早いほうがいい」


リオは二対一になった気がした。


マーレが鍋を置く。


「食べるなら皿出して」


話はそれで終わった。


リオは自分の皿を出した。


四秒。


十秒。


どちらも使える。


どちらが正しいという感じは、まだしなかった。


ただ、シアは本当に四秒くらいで止めるらしい。


明日は、もう少し見てみようと思った。

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