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未来の自分から能力を前借りする俺は、どっちも諦めない  作者: 綴木 灯
同じ能力、違う使い方

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11/21

もう一人いる

火事の翌日は、何も大きな仕事を入れなかった。


その次の朝。


煤の匂いが装備から抜けかけたころ、宿の主人が階段の下から声を上げた。


「リオ、ヴァン。役所の人」


降りると、食堂の隅にマーレがいた。


崖工房で会った監督官だ。


卓には地図が広がっている。


「また崩れる建物?」


リオが聞く。


「今度は建物じゃない」


マーレは地図の上を指でなぞった。


「北東の山越え」


ヴァンが覗き込む。


「閉まってる道?」


「三週間前から」


古い山道だった。


小さな村をいくつかつないでいる。


大雨のあと、落石と擁壁の崩れが続いた。


いまは役所が通行止めにしている。


「再開するの?」


「再開できるか調べる」


マーレは言った。


「数日かけて向こう側の中継所まで行く。古い橋と擁壁を見る。使えない区間は迂回線を取る。戻って報告書」


「数日」


リオは宿のベッドを思った。


「野営?」


「最低三泊」


「野営、嫌なんだな」


ヴァンが言う。


「嫌じゃない」


「今、間があった」


マーレは気にせず続ける。


「二人に頼みたい。崖工房で動きは見たし、倉庫街の話も聞いた」


「役所の調査に冒険者二人?」


「二人だけじゃない」


マーレは地図を畳んだ。


「測量助手が一人いる」


*


集合場所は北門の倉庫だった。


ヴァンが食料袋を確認し、リオが縄と鉤を積む。


マーレは役所の測量箱を数えている。


その横で、見知らぬ女が長い測量棒を荷車へ立てかけていた。


リオと同じくらいの年に見える。


灰色の上着。


腰には短い縄束と、白い印付け用の石筆。


背負い袋の横に、妙に大きな布袋が二つくくりつけてある。


「シア」


マーレが呼んだ。


女が振り返る。


「こっちがリオとヴァン」


「聞いてる」


シアはリオを見る。


「前借りする人」


「そこから?」


「倉庫街の話、そこが一番伝わりやすいから」


「シアもする」


マーレが言った。


リオは少し目を見開いた。


「へえ」


それだけ言った。


シアのほうが少し目を丸くする。


「もっと驚かないの?」


「珍しいけど、いるのは知ってるし」


リオは測量棒を見た。


「何借りる?」


「仕事で必要なやつ」


「それはそう」


ヴァンが横から言う。


「始まる前に能力の品評会するな」


シアが少し笑った。


そのときだった。


荷車の脇に立てかけていた測量棒が滑った。


先端が石床へ落ちる。


シアが手を伸ばす。


「握力、一秒」


棒をつかむ。


細い木の柄が、手の中で止まった。


そのまま立て直す。


終わり。


リオは棒ではなくシアを見る。


「一秒?」


「一秒」


「もっと使わないの?」


「足りたから」


シアは測量棒を今度は縄で固定した。


「二秒使ったら、二秒返すでしょ」


「まあ」


「一秒で足りるなら一秒」


「そうなんだ」


リオは少し考えた。


自分なら、落ち方によっては反射も借りたかもしれない。


たぶん。


ヴァンが荷車へ最後の袋を載せる。


「出るぞ」


*


山道へ入るまで、半日かかった。


最初は農地。


そのあと林。


古い石標を越えると、道幅が急に狭くなる。


マーレが先頭で古い境界杭を確認する。


シアは十歩ごとに白い印を置いた。


リオは崩れた路肩を覗く。


ヴァンは全員の荷物の偏りを見ている。


「リオ」


「何」


「そっち行くな」


「見るだけ」


「見るなら荷物置け」


「そこまで?」


「落ちたら拾う荷物増える」


シアが振り返った。


「人より荷物?」


「人は自分で戻ってくるだろ」


「戻れたらね」


リオが言う。


「その会話やめろ」


マーレが前から言った。


*


午後。


最初の古い擁壁へ着いた。


石組みの半分が外へ膨らんでいる。


マーレが割れ目を測る。


シアは石筆で番号を振る。


リオは上の斜面を見る。


「ここ、通す?」


「まだ決めない」


マーレが答える。


「通れるかと、再開していいかは別」


ヴァンが壁の根元へ槍の石突きを当てる。


「水抜き死んでる」


シアがすぐ横へしゃがむ。


「本当だ。穴が土で詰まってる」


「雨来たら?」


リオが聞く。


「膨らむ」


シアが言った。


「じゃあ駄目?」


「だからまだ決めない」


今度はマーレとシアの声が重なった。


リオは笑った。


「似てるね」


「どこが」


二人とも言った。


*


日が落ちる前に、野営地へ着いた。


少し開けた杉林。


沢が近い。


リオは真っ先に平らな場所を探した。


「ここ」


ヴァンが首を振る。


「低い」


「平らだよ」


「雨降ったら水来る」


「今日降る?」


「降らなくても、下に張る理由がない」


ヴァンは少し高い斜面を選んだ。


石が多い。


寝心地は悪そうだ。


リオは露骨に嫌な顔をした。


シアはもっと嫌な顔をした。


「そこ、水は来ないけど地面湿ってる」


「他ある?」


ヴァンが聞く。


シアは林の奥を指した。


「五十歩先。乾いてる」


「遠くない?」


リオが言う。


「沢から?」


「荷物から」


「運べばいい」


シアは自分の背負い袋を持ち上げた。


横の大きな布袋が揺れる。


「それ何?」


リオが聞く。


「靴下」


「全部?」


「替え」


「二泊だよ」


「濡れた靴下で寝るより重いほうがいい」


ヴァンが頷いた。


「それは分かる」


「分かるんだ」


リオは少し裏切られた気がした。


結局、五十歩先へ移動した。


乾いていた。


悔しいけれど、寝るには良かった。


*


夕食は硬いパンと干し肉だった。


シアは自分の袋から赤い干し果物を出した。


一つ食べる。


リオも一つもらった。


「しょっぱ」


「そこがいい」


「果物だよね?」


「甘いだけだと飽きる」


ヴァンも一つ食べる。


「しょっぱい」


「だからそう言ってる」


マーレは受け取らなかった。


四人で火を囲む。


明日の区間を確認する。


擁壁。


古い階段。


その先に第二標識。


「明日、借りる?」


リオがシアへ聞いた。


シアは干し果物を噛みながら見る。


「何を」


「能力」


「必要なら」


「どれくらいまで使う?」


「仕事なら、あんまり増やさない」


「何秒?」


「決めてない」


「さっき一秒だった」


「一秒で足りたから」


同じ答えだった。


リオは火を見る。


「俺なら二秒くらい使ってたかも」


「棒一本に?」


「落ち方による」


シアは少し笑った。


「じゃあ落ち方が悪かったら考える」


ヴァンが横からパンを投げてきた。


リオが受け取る。


「尋問終わり」


「聞いてるだけ」


「明日も一緒なんだから、明日見ろ」


それもそうだった。


リオはパンをかじった。


火の向こうで、シアは二足目の替え靴下を枝に掛けていた。


今日はまだ濡れていない。


それでも干していた。

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