第27話 最愛のあなた(1)
「ユーグ……?」
アイリスが細い声を出した。
アイリスは勇気を出して、騎士の仮面に手をかけた。
からん、と音がして顔の上半分を覆っていた薄い金属が床に落ちる。
乱れた、茶色の髪が現れた。
実用重視で短く整えられていた髪は、今少し伸びてしまっている。
太い眉と、はっきりとした線を描く目もと。
少し高めの鼻。
愛想笑いはしない口もとは厳しいけれど、アイリスは自分に向けられる優しい微笑みを覚えている。
もし閉じている目を開いたなら、きっと深い森の緑色をしているだろう。
それは愛するユーグその人に違いない。
「ユーグ……!」
アイリスは騎士の体に抱きついた。
「ユーグ! ユーグ!! ユーグ!!!」
アイリスの目から涙が伝い落ちる。
「ユーグ……目を開けて」
アイリスは力尽きて、まだ目を開けない騎士の体に、ただ寄り添った。
そしてようやく。
「アイリス……すまなかった」
懐かしい声が。
懐かしい緑の瞳が。
アイリスを呼び、アイリスを見つめた。
「ユーグ……!!」
ノール王国国王ジグムンドは、驚嘆して、ユーグとアイリスの再会を見つめていた。
「もしや、とは思っていた。しかし、気配がまったくなかったから、わからなかった——」
ジグムンドは呆然としてつぶやいた。
ユーグだけではなかった。
会場のあちこちで、倒れていた者達が次々に意識を取り戻していた。
「う……。これは、いったい——」
うめきながら体を起こしたのは、ロアノーク聖王国国王のパウルスだった。
そして周囲を見回して、思わず息を呑む。
騎士に拘束されている聖女候補エリザベス。
血まみれの大神官イグナチオは床の上に横たわり、ぴくりともしない。
パウルスの顔色が一気に青くなった。
ジグムンドが立ち上がる。
「皆の者」
ジグムンドが手を挙げ、よく通る声で呼びかけた。
「意識を失っていた方々は、エリザベスの魔法の影響下にあった可能性が高い。全員、別室に待機してもらおう。パウルス陛下もだ。医師の診察を受けていただく。イグナチオには緊急の治療を施せ。決して死なせるな。彼には今回の経緯をすべて話してもらう必要がある」
ジグムンドは集まっている騎士達に目を向けた。
「聖王国騎士団長はどこだ?」
「はっ! 陛下、こちらに」
一人の騎士がジグムンドに駆け寄った。
「聖王国騎士団が実働部隊となる。心して務めよ」
「「「「かしこまりました」」」」
ロアノーク聖王国の騎士は全員、ノール王国から派遣されている騎士だ。
ノール国王であるジグムンドの命令に、間髪を置かず動き始めた。
「医師の手配を急げ!!」
「診察が必要な方々を誘導しろ!!」
騎士団長の怒号が響く中、ジグムンドは落ち着いて指示を出す。
「ロアノークの宰相殿は療養中ということだが、パウルス陛下の代理が必要だ。悪いが宮殿にお越しいただくように」
「はっ! 直ちにお迎えを出します!」
神殿内は一気に慌ただしくなる。
「ユーグ。おまえは別室で身支度を整え、待機しろ。アイリスも体を清めて、着替えをしなければならない。二人とも血だらけだ」
「はい、陛下」
ジグムンドがアイリス担当の侍女を呼んだ。
二人の騎士がユーグを助け起こした。
もう一人の騎士が、ユーグの手から血に染まった剣を受け取る。
ユーグは不安げなアイリスに微笑みかけた。
「大丈夫だ」
ユーグはうなずいた。
「もう、心配はいらない」
アイリスはユーグをじっと見つめる。
紫色の目から涙がこぼれ落ちる。
「大丈夫だ」
そんなアイリスの手を、ユーグはもう一度ぎゅっと握った。
「大丈夫だ——支度をしておいで。またすぐ会おう。俺もこの服を着替えてから、きみに会いたいから」
「わかったわ」
アイリスは騎士の助けを借りることなく立ち上がり、微笑んだ。
「奥様、こちらへどうぞ」
心配げな侍女に案内されて、アイリスはいったん神殿を後にした。




