第22話 聖女候補とのお茶会(2)
聖女候補エリザベスのお茶会は、午後三時。
宿舎までアイリスを迎えに来たのは、十五歳くらいの少女だった。
「神殿で、エリザベス様の侍女をしております。どうぞ、ご案内いたします」
支度を整えたアイリスは立ち上がって、少女の後をついていく。
今回、侍女のセイラは同行していないが、ジグムンドが旅の間に付けてくれた侍女が過不足のない仕事をしてくれている。
おかげで、アイリスは不安なく身支度を整えることができていた。
アイリスは、エリザベスとのお茶会に合わせて、黒のドレスの上に青い石のネックレスを重ねた。
手土産として、ノール王国産のコケモモをブレンドした高級茶葉と、上品なピンクのバラのブーケを用意した。
青い石と、ピンクの花は、エリザベスの色合いに合わせたものである。
アイリスの侍女は、部屋の外でアイリスを見送った。
「奥様、いってらっしゃいませ。陛下は明日の最終打ち合わせに出席されています。奥様がお茶会に向かわれたこと、陛下が戻られましたら、お伝えいたしますね」
「ええ。 ありがとう」
アイリスはそう言ってうなずくと、案内の少女について迎賓館を出て、大神殿に向かう。
「エリザベス様は神殿付属の宿舎でお過ごしでございます」
少女は言った。
「わたくし達、エリザベス様が正式に聖女となられるのを、待ちきれない気持ちでおりいますの。わたくしにとって、エリザベス様はもう——ずっと前から、聖女様でいらっしゃいますわ」
アイリスは、頬を赤くして話す少女に目を留めた。
「そんなに以前から、エリザベス様にお仕えしているいるの? あなたも、とてもお若いのに」
「はい。わたくしは、もともと男爵家の次女で——貴族とはいえ、生活はとても厳しかったんですの。そんな中、病気になった父を、エリザベス様は癒しの力で助けてくださったのです。本当に、エリザベス様のおかげです。その後、父は亡くなりましたけど、わたくしはエリザベス様から受けたご恩を返すために侍女として働くことを決めました」
病気になった父。
エリザベス様は助けてくださった。
父は亡くなりましたけど。
アイリスは首をかしげた。
(……矛盾があるわ。この子は、それに気づかないの?)
父親の病を癒したエリザベス。
しかし、結局、彼は亡くなっている。
(本当に、癒したの?)
少女は神殿の宿舎に入り、明らかに最上級に整えられた部屋に、アイリスを連れて入った。
「エリザベス様、シンプソン夫人をお連れいたしました」
「ありがとう」
それは広々とした部屋だった。
白大理石だけが張られた床。
大きな窓に寄せられた、純白のカーテン。
部屋の照明、ランプ、花瓶などはほのかに光に透ける、高価な雪花石膏で作られていた。
そんな高価な花瓶のひとつに飾られているのは、ピンク色の芍薬だった。
バラよりも大きく、花頭が重くて垂れるほどの、重厚なピオニー。
室内でそれだけの量を飾るには、匂いが強すぎるほどだ。
花の存在感が強すぎて、ちぐはぐに感じてしまう。
アイリスはどこか違和感を感じた。
「シンプソン夫人、いらっしゃい!」
明るい声が響き、白のドレスに身を包んだエリザベスがやって来た。
色は白だが、控えめさとはまったく無縁の、ドレスだった。
午前中に神殿で見た彼女とは正反対。
初めてジグムンドに連れられてひそかにエリザベスを見た時と同じ——まるで豊かな体つきを見せつけるような、聖女らしくないドレス。
ドレスに使われているのは、光沢のある、つややかな白い布地。
肩から胸はほぼむき出しで、申し訳程度の白いオーガンジーのスカーフを肩に重ねている。
ウエストは細く、腰からはたっぷりとしたドレープが床の上に広がる。
「来てくださって、嬉しいです。どうぞこちらに座ってください」
「エリザベス様。お招きありがとうございます」
エリザベスの態度もまた、午前中の顔合わせの時とは打って変わって、ひどく砕けたものだった。
(ジグムンド陛下がいないから、と言うこともできるけれど)
不思議に思いながらも、アイリスは落ち着いてカーテシーをして挨拶をする。
そんなアイリスを、エリザベスは待ちきれない、といった様子でお茶の支度が整えられたテーブルへと案内した。
白の丸テーブルの上には、ピンクの花柄のティーセットが並べられ、長方形の皿の上には、ピンクやベージュ、黄色、赤、緑色など、色とりどりの小さなお菓子が品よく並べられていた。
しかし、置かれている椅子は、二脚。
「エリザベス様、今日は、お茶会と——」
エリザベスはさっと椅子に座ると、アイリスにも座るように手招きした。
「ええ。わたしと、シンプソン夫人と、二人きりのお茶会よ」
エリザベスは青い瞳で、上目遣いにアイリスを見上げた。
「ずっとお話ししたかったんですの。アイリス様とお呼びしてもいいかしら?」
その瞬間、アイリスの体にぞっと寒気が走った。
アイリス様?
エリザベスに上の名前を名乗ったことはないはずだ。
ジグムンド陛下も、ずっと『シンプソン夫人』で通してくれているはず——。
「いいえ」
アイリスは反射的に言ってから、言葉を続けた。
「聖女様には恐れ多いことでございます。どうぞシンプソンとお呼びくださいませ」
言葉はていねいだが、妥協はしなかった。
はっきりと言い返したアイリスに、エリザベスは一瞬、むっとした表情を見せたが、すぐに笑顔に戻ると、自らティーカップにお茶を注ぎ、アイリスに差し出した。
「では、シンプソン夫人。長いから、夫人と呼ばせていただくわ」
エリザベスは勝手にそう決めると、菓子をつまみ上げた。
「そうそう。それで、ジグムンド陛下は、独身なのでしょう? あなた、陛下の愛人をしていらっしゃるの?」
それが、聖女候補と二人きりのお茶会の始まりだった。
アイリスは絶句した。
(なんてことを言い出すの、この人は!?)
エリザベスの部屋には、アイリスを迎えに来た侍女の少女と、無言で壁際に控える相変わらず黒づくめの護衛騎士の姿があった。
護衛騎士の顔は目深に被ったフードのせいで、見ることはできない。
しかし微動だにせず立ち尽くす姿から、いっさいの感情を出していないだろうと思われた。
「わたくしは——」
アイリスは深呼吸をして、口を開いた。
どうやら、長いお茶の時間になりそうだった。
***
「夫人、とても楽しかったわ。就任式の後もぜひ来てくださいね。またあなたとお話ししたいわ」
「エリザベス様。本日はありがとうございました。明日の就任式、楽しみにしております」
午後も遅くなり、ようやくお茶会は終わった。
アイリスは再びていねいにカーテシーをすると、エリザベスの部屋を出た。
エリザベスは一人の騎士を呼び、アイリスを宿舎まで送り届けるように言いつけた。
「お気をつけて、夫人」
そうそっけなく言うと、エリザベスはさっさと部屋の扉を閉めた。
アイリスは一瞬、眉を寄せたが、人の良さそうな顔をした、若い騎士が顔を赤らめて待っているのに気づき、何事もなかったかのようにして歩き出した。
——つもりだった。
エリザベスの部屋から出て、ほんの数歩、歩いた時だった。
突然、目が回る。
意識が遠くなる。
強い耳鳴りがして、周囲の音がすべて聞こえなくなってしまった。
腹部を強い違和感が襲った。
(何? どうしたっていうの!? 何が起こっているの?)
立っていられずに、アイリスは床に手をついた。
そのまま、ずるずると崩れ落ちてしまう。
(助けて……誰か! ジグムンド陛下、セイラ、——ユーグ……!!)
アイリスは途切れかける意識を必死でつなぎ止めようとしたが、抗えずに目を閉じてしまった。
もう、自分の意志で、体を動かすことはできない。
すると、誰かが床に倒れたアイリスの頭を、乱暴に揺すり始めた。
「大丈夫そうね。ちゃんと薬が効いているみたい。護衛騎士、目障りだから、さっさとこの人を連れて行ってちょうだい」
最後にもう一度、意識を確かめるように、アイリスは強く揺すぶられた。
(やめて。わたくしを離して。ユーグ、助けて——!!)
アイリスの体が、持ち上げられた。
薄く目を開くと、自分を抱き上げる黒い騎士服とマントが見えた。
(エリザベス様の護衛騎士……?)
大きな、傷だらけの右手。
戦う手なのに、優しくアイリスに触れ、注意深く抱き上げている。
騎士に抱かれて移動する間、アイリスは視線を上げて、一瞬、ずっとフードの下に隠されていた顔を見たように思った。
懐かしいような、緑の森の色を見たと思ったのは、夢だったのだろうか。
ついに、アイリスの意識は真っ暗な闇に呑み込まれ、そして、途切れた。




