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婚約破棄された瞬間、“心の実況”が全国に流れ始めました ~「おっと王太子、ここで致命的失言ー!」じゃありませんわ!~  作者: カルラ


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第四章「近衛騎士団長は胃が痛い」

王宮から正式な書状が届いたのは、貴族会議から五日後のことだった。

リナが持ってきた封筒には、王家の紋章が押してある。

私は少しだけ手が震えながら、それを開封した。

内容を要約するとこうだ。

ミレイユ・ローゼン嬢の有する「実況」なる能力は、国家の安全保障に関わる可能性がある。

つきましては、当面の間、近衛騎士団による身辺警護および行動監視を行う。

担当者は近衛騎士団長クロード・ヴァルナー卿。

以上。

 

『おっとここで王宮から正式に監視対象として認定されました! ミレイユ嬢、婚約破棄から一週間で要注意人物にクラスアップです! 出世が早すぎます!』

 

「出世ではありませんわ……」

 

私は書状を丁寧に折り畳んで、机の引き出しにしまった。

しまってから、また取り出した。

もう一度読んだ。

内容は変わらなかった。

父はこの知らせを受けて、珍しく長い時間考え込んでいた。

それから静かに言った。

 

「断る理由がない。むしろ、お前を守る人間がつくことは悪くない」

 

「……はい」

 

「礼儀正しくしていなさい」

 

「もちろんです」

 

「実況が失礼なことを言っても、お前自身は礼儀正しく」

 

「……努力いたします」

 

父の目が、遠くなった。

娘の将来を案じる目だった。

私も自分の将来を案じていた。

案じながら、どうにもならないので紅茶を飲んだ。

 

 

翌朝、クロード・ヴァルナー卿は定刻きっかりに屋敷の門前に現れた。

馬から降りる動作が無駄なく、音もない。

近衛騎士団の制服は深い紺色で、胸元に金の階級章が光っていた。

二十代後半だろうか、整った顔立ちをしているが、表情というものがほとんど見えなかった。

笑ってもいない。

怒ってもいない。

ただ、真っ直ぐに私を見ていた。

 

『おっとここで担当騎士団長クロード・ヴァルナー卿が登場! 整った顔立ちに無表情、仕事一筋の雰囲気が漂います! 主人公の監視役として配属されましたが、果たしてこの任務、胃が無事でいられるでしょうか!』

 

「……はじめまして、ローゼン嬢。クロード・ヴァルナーです」

 

彼は私の頭上の実況を聞いた後、一瞬だけ眉をわずかに動かした。

わずかに、だ。

それだけだった。

動揺を表に出さないよう訓練されているのだろう、とわかった。

 

「はじめまして、ヴァルナー卿。ミレイユ・ローゼンと申します。その……先にお断りしておきますが、実況は意図的なものではなく、わたくしにも制御ができません。ご不快でしたら申し訳ありません」

 

私が丁寧に頭を下げると、彼は少し間を置いてから答えた。

 

「承知しています。任務ですので」

 

短い返答だった。

好意でも敵意でもない、ただ職務として受け取る、という態度がにじんでいた。

それはそれで、正直なところ少し気が楽だった。

 

『おっと騎士団長、初対面での主人公評価は現在「危険な能力を持つ要注意対象」で固定されている模様! しかし礼儀正しさには少し意外感を覚えた様子! 表情には出ていませんが!』

 

クロード卿の眉が、また微かに動いた。

今度は少し、間が長かった。

 

「……正確ですね」

 

「存じております」

 

「私の内面まで読めるのですか」

 

「読めるというよりは……見えたものが、そのまま出てしまうようで」

 

彼はしばらく私を見た。

それから短く、

 

「わかりました」

 

とだけ言った。

何がわかったのかは、説明されなかった。

 

 

監視、というより護衛に近い形で、クロード卿は私の外出に同行するようになった。

初日から、彼の苦労は相当なものだったと思う。

まず、街に出た途端に人が集まった。

実況令嬢の人気はその一週間でさらに加速しており、私の姿を見かけると遠巻きに人垣ができる。

害意はない。

みんな笑顔だ。

だが人垣はできる。

クロード卿は無言のまま私の少し後ろに立ち、人垣を静かに牽制し続けた。

 

「あの、ヴァルナー卿。大丈夫ですか」

 

「問題ありません」

 

「……顔色は問題ないようですが、こめかみのあたりが」

 

「問題ありません」

 

 

『おっと騎士団長、こめかみに青筋が立ち始めました! 初任務でいきなりの大人気令嬢対応、なかなかの洗礼です! 隊長職という立場上、弱音は吐けない様子! 苦労人の片鱗が見えます!』

 

「……」

 

クロード卿は何も言わなかった。

ただ視線だけが、一瞬私の頭上へ向いた。

実況の声がする場所を確認するような目だった。

 

 

二日目は、さらに試練が待っていた。

私が花屋に立ち寄った際、店主の老婦人が私の手を握って言った。

 

「実況令嬢様! うちの旦那が三十年前からお酒をやめると言い続けてやめてないんですが、実況でどうにかなりませんかね!」

 

「それはわたくしの実況でどうにかなる話ではありませんわ……」

 

すると実況が流れた。

 

『おっと花屋の店主、旦那の飲酒問題を実況令嬢に相談! これは管轄外ですね! ただ旦那のギュンター氏、今まさに通りの向こうの酒場から出てきたところです! 目が合いました!』

 

通りの向こうで、中年の男性がびくっと固まった。

老婦人が振り返った。

男性は笑顔で手を振ったが、その笑顔が引きつっていた。

 

「ギュンター!!」

 

「あっ、いや、これはその、通りすがりに——」

 

花屋の前でちょっとした夫婦劇場が始まった。

私は静かにその場を離れた。

クロード卿が無言でついてきた。

しばらく歩いてから、彼は静かに言った。

 

「……任務の想定範囲を、大幅に超えています」

 

「申し訳ありません」

 

「ローゼン嬢が悪いわけでは、ない」

 

最後の部分を、彼は少し言いにくそうに付け加えた。

正確を期すためにわざわざ言い直してくれる人だ、とわかった。

 

『おっと騎士団長、フォローを入れました! 無愛想に見えて、きちんと公平な視点を持っている様子! 主人公の評価が「危険な要注意対象」から「制御不能だが悪意はない対象」に微妙にアップデートされました!』

 

クロード卿は私の頭上を見た。

見てから、小さくため息をついた。

ため息がこれほど雄弁な人を、私は初めて見た。

 

 

三日目の夕方、私たちは偶然、王都の広場を通りかかった。

広場の中央では、大道芸人が人を集めていた。

近づいてみると——芸人が実況の真似をしていた。

 

「おっとここで! 旦那さん、財布を落としそうになりましたねー!」

 

観客が笑った。

芸人は大げさな身振りで続ける。

 

「えー本日の実況令嬢劇場! おっとここで奥様、旦那の浮気を嗅ぎつけましたー!」

 

さらに笑いが広がった。

私は固まった。

クロード卿も固まった。

 

『おっと大道芸人が実況の物まねを披露中! 完成度は六十点といったところですが、観客の受けは上々! 主人公、自分が庶民文化に取り込まれていることを今リアルタイムで実感中です!』

 

「六十点……採点していますの」

 

芸人が私の声に気づいて振り返った。

観客も振り返った。

全員の目が丸くなった。

それから、どっと沸いた。

 

「本物だ!」

 

「実況令嬢が来た!」

 

「本物と偽物が並んでる!」

 

私は笑顔を保ったまま、内心で白目を剥いた。

クロード卿がすっと前に出て、人垣を静かに制した。

その動作は素早く、的確で、無駄がなかった。

群衆が少し引いた後、彼は私の横に戻った。

そしてほんの少し、声を低くして言った。

 

「……毎日これですか」

 

「始まってからずっと、はい」

 

「……」

 

「ヴァルナー卿。もしかして、胃が」

 

「問題ありません」

 

言い方が、朝よりも少しだけ早かった。

 

『おっと騎士団長、即答しましたが声のトーンが若干低くなりました! 胃の状態は本人申告と実態が乖離している可能性があります! 心配されます!』

 

「……」

 

クロード卿は何も言わなかった。

だが視線だけが、一瞬だけ遠くなった。

何か深いところで、覚悟を固めているような目だった。

帰り道、私は少し申し訳なくなって声をかけた。

 

「本当に……巻き込んでしまってすみません。任務とはいえ、ご負担をおかけしているとわかっています」

 

彼は少し間を置いてから、こちらを見た。

 

「任務です」

 

「はい」

 

「任務ですから、問題ありません」

 

「……はい」

 

「ただ」

 

珍しく、彼は言葉を続けた。

 

「明日からは、花屋には寄らないでいただけますか」

 

「……善処いたします」

 

 

『おっと騎士団長、初めての個人的なリクエストを提出! 花屋のギュンター事件がよほど堪えた様子! 苦労人としての本領発揮が始まりました!』

 

クロード卿のこめかみが、また少し動いた。

私は前を向いたまま、静かに歩いた。

空は茜色に染まり、王都の夕暮れが長い影を伸ばしていた。

騎士団長の足音が、私のすぐ後ろで規則正しく続いている。

頼りになる音だ、とふと思った。

思ったと同時に、実況が流れる前に私は素早く別のことを考えた。

夕飯のメニューを。

明日の天気を。

とにかく、今の気持ちだけは、流させたくなかった。

 

『おっと主人公、何かを必死に考えまいとしています! 珍しい! 何が起きたのでしょうか!』

 

「なんでもありませんわ!!」

 

クロード卿が、後ろで一瞬だけ足を止めた。

止めてから、また歩き始めた。

何も言わなかった。

夕暮れの中、私たちは並んで屋敷への道を歩いた。







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― 新着の感想 ―
伯爵令嬢なのに頻繁に町へ出かけるんですね?しかも徒歩? 用件は書いてなかったけど、こんな騒がれやすい時期の外出は控えるべきでは?
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