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第一公演 ーそれから空を見たの?ー



「へー。」



ノートの上に滑らかに走らせる0.3ミリのシャープペンシルは非常に描き心地が良かった。バイトもまだ出来やしない中、有り金費やしてそれを買った価値に浸る。



「あれ映画化したんだってさぁ。」



下書き、線画を行う時のために軽く行う。まだ輪郭を描いている最中で、利き手からなる左向きの顔が量産されない様に、難易度の高い右向きの顔を描く。瞳は左右対称になり、髪型には臨場感を持たせるために靡かせる。



「何それ?今流行ってるやつ?」



今描いているのは男なので、喉仏を忘れずに、着ている服はしっかりと統一させて背景との調和を保つ。



「わかんない、…あれ?そういえばマワル、

 これ好きじゃなかったっけ?」



机が揺れて、ペン先がブレた。俺は密かに嫌な顔をするも、すぐ面を持ち上げる。生徒が騒がしくしていても、当の担任は気持ちのいい冷房の下、健やかに居眠りをしている。教卓の寝心地は相当いい様だ。友達がこちらへ向けるスマホ画面には、逞しい青年と、その少年と同じ髪色の少女だ。絵柄が古く、今の流行りではない。



「知らないな。だいぶ前のやつだろそれ、」



何処か懐かしさを思っては律儀に嘘をつく。席を立っては、筆箱とか書きかけのネーム…、とまでは行かぬ、勉強に使われるはずだった落書き帳を閉じた。



「そんなことないですー、アニメ化したのは今年ですー」



それも知っていた。ただ、端端見る気になれなくて触れていなかった。その作品には恥とも言えるトラウマがあって、それを自分の口から出すこと億劫であったから。



「完結したのは3年前だよ」



席を立ち上がって居残りから脱却する。今日は夏休み前の最終日、青春の真っ只中で荷物の大きい生徒が多いが、俺は計画的なタイプだった為、もう既に殆どの荷物が家にあった。



「んだよ、知ってるじゃねえかよ」



唇を尖らせた同級生に対し、少しだけ頷いて返事をする。



「なに?もう帰んの?」



声をかけていたけども冷ややかに無視をして、後の予定に備えて空を見据えた。夕立が怖い。





カンカンデリの夏、蒸した猛暑日を更新していく日本の都市部、東京。蝉が鳴きとっくに散った桜の下で、中学3年に進級した俺は母譲りの言うことの聞かない直毛を汗に浸しながら1人の、タクミという名の親友の元に歩き出していた。日差しが眩しく、長い下まつ毛が日を照る。




男女の友情はあり得るかと問われた時、俺はそもそも女と仲良くなれる様な立場でないことを踏まえてNOと答えるだろう。よって会いにいく相手は一般的な男子中学生である。三大欲求等しからず、矢鱈に恋人を求めたり卑猥な言葉に浸ったり、それらしい雰囲気を帯びた健全な男子中学生だ。



だいぶ前、それこそタクミと知り合った時に聞いた噂で、彼は小学生の頃ひどく虐められ、引っ越し中学に進学したものの一年も絶たぬうちに学校という閉鎖的空間に耐えきれず不登校になったらしい。俺は中学のほんの少しだけ登校していた時期の友達だ。



互いに趣味が合い、よく家に立ち寄っては語ったり、新作ゲームを一緒にプレイなどしていた。会う度に、なぜ学校に来れないんだろうという決して特に深い意味のない疑問が浮かぶものだ、。


双方に世間から見てオタクへ分類される同種なのに、ひどく差がある。相手はどう頑張っても辿々しくなって周りに人は寄らないのに対して、俺は特に特別な行動をしなくても自然にしていたら友達が出来た。決して卑下しているわけでは無いけど、俺にはこの差が不思議だった。



そんな彼が先日、自宅2階から落下したらしい。



それは自らの、歴とした身投げ、投身自殺未遂というわけだ。びっくりしたことに、お見舞いの誘いは彼からで何か話したいことがある、とのことだった。




「、あっちぃ〜…、」




それにしても、彼の状況的に、いつも精神はえげつない事極まりなかっただろうが、自ら地面に身を打ちつける程の努力はなかなかに同意できるものではない。そんな状態の親友と顔を合わせればきっと気まずくなるだろうから、もう顔を合わせられなくなるかもしれない。かといって行かないのも薄情だから、その様な体でいくのであれば、俺はこれから親友へ今生の別れを言いにいく様なものなのだろう。


外と同じ世界とは思えぬほどに冷たくしんとした白い院内の廊下を歩き、汗がだんだんと蒸発して体を冷やす。教室の扉と似た音を立てて、彼のいる病室のカーテンを退けた。



「っ、ああ、マワルか」





普段より声が弱々しい。痛々しく足や頭に包帯が巻かれ、隈を作り憔悴した顔をした親友。引きこもっていた頃からどこか疲れた様子はあったが、それでも好きなものを語る笑顔は輝いていたっていうのに、何が彼をこんなに追い込んだのか、予想がつかなかった。大きくため息をついては、彼と向き直ってパイプ椅子に座る。




「どう?走馬灯見れたか?」



ぎこちない話題提示、それくらいのテンションでないと会話が進まない。



「なにも、きっと見れたとしても碌なものじゃなかったよ」



長い茶髪は引きこもっていた時から変わらずひどく長くて、瞳が見えず目は合わない。いつもそうだ。変わっていない。



「いい加減髪切れよ。」



「一応これでも自分で切ってたんだよ?」

 


「下手くそ」



ふっと、2人で顔を見合わせて笑った。緊張の席が崩れたようで、互いに不安だったのは確からしい。が、友達の前じゃ素顔になってしまうのが結論だった。



「痛みは?どれくらいで退院できるんだよ」



すかさず空気が壊れる前に問いかけを挟む。



「 痛いのは痛いけど、痛み止めあるから平気。

  この様子じゃリハビリを兼ねて半年以上は入院だってさ。

  でも、一年以内に退院だって。 」



意外と楽観的な返答に俺は少し疑念を抱いた。もしかしたら、一度飛べば全て吹っ切れるのだろうか?ならば自分も飛んでみたい。、家にいた時は比較的薬にも頼らず眠れていたから、とだけは言っていたので、疲れているのは痛みのせいか、と腑に落ちた。



「んでさ、本題なんだけど …」



やっと、と言わんばかりに彼が息を呑んだ。彼は少し微笑めば、スマホを取り出してこちらに寄越した。バキバキに割れた、彼のものだ。



「実は僕さ、…最近ずっとweb小説書いてて。結構人気なんだよね」



照れ臭そうに突然何の話をするのかと思いきや、俺は驚いては目を見張った。白い画面に映し出されたのは大量の文字の羅列。上には大きく題名が書かれており、文字数制限にギリギリ収まるよくある長いものだった。ライトノベル様様である。



「転生系?」


「いや、現代が舞台の学園系」



現代文化という馴染みやすい設定の中、ベターに流行りやすい学園系。ライトノベルはあまり読まないのでいまいちピンと来なかったらものの、ハートマークのいいね数や吹き出しのコメント数を見る限り人気があることくらいはわかった。



「へぇ,すげえじゃん…、書籍化とかはしないの?」



「そこまではわからないけど、収益化はできそうなんだ。」



平然とした顔で打ち明けていく。もっと早く言ってくれればよかったのに。単純に関心して、不登校だからと言って疑念の目を向ける奴らを見返せるタイミングじゃないか、と考えながらも,そう話題を広げていく。



「年齢とかは非公開なんだけど、賞賛されちゃって…」



「へぇ〜、全然すげぇじゃん……てか、何で今これ?

 関係なくね?」



スマホを手の中でひらひらと揺らし、疑念を抱いて俺は片眉を上げた。しかしタクミはこれが、これこそが原因だとを否定し首を振った。その意味がわからず首を傾げる。



「っ、そのノベルさ、二ヶ月前に完結したんだけど…ちょっと、コメント見てみて 」



完結していたことにも驚き、俺へ多くの隠し事をしているタクミへの信頼が揺らぎつつも、スワイプしていき閉じられたコメント欄部分をタップした。



[ 流石にこれはないわ ]


酷くふざけたアカウント名だ。

 


[ ファン降ります。

  最終章でその展開は流石に

  モチベ下がったとしか考えられん ]


[ ひどすぎる。流石に嫌悪感 ]


[ お花畑にも程がある。]


[ ハピエン厨もいい加減にしろよ ]




その多くのコメントは、作品を愛していたはずのファンからの、その物語の直接的な結末を批判する声だった。なるほど、それはいわゆる誹謗中傷というものであり、彼の命を奪いかけた原因、似たり寄ったりの幼稚な虐めの二の舞。追い詰められる訳である。




「…なんかさ、別にモチベ下がった訳じゃないんだけど… 」


 


だんだんと震えた声で話し出す。外の蝉の声が大きくなった。




「僕、別に捻じ曲げたわけじゃないけど…。

 みんなハッピーエンドよりバッドエンドを望んでいたみたいで、」


  


ファンのご期待に添えられず、過激な読者からの誹謗中傷、迷惑電話。やめられないエゴサの中に自身の身元を特定しようとするものまであったらしい。



「警察には相談したのか?」



「した、けどそれ飛んだ後だし,…」



タクミはそっとマワルがスマホを取り上げて、電源を消し画面が下になる様手元に置いた。



「って,違う違う!

 僕が話したいのは僕の話じゃないから 」




全然違くない、俺にとっては重大な話だった。、作者本人が納得し創られたエンディングだったのであればそれを揺るがせる者など誰1人いない。確かに分岐点はあったのだろうが、そのバッドエンドなルートに運べば、その物語は惨劇と化していたのだろうか?どちらにせよ、読者が望んだのはそちらの方向だった。胸糞の悪い話だ。少なくとも俺はそう感じる。




「 マワルさ、漫画家になりたいって言ってただろ?」




不意に飛んできたそれは、俺が遥か昔に巧みに対して話していた恥ずかしい夢の一つだった。それはありきたりで、どうしようもないもの。絵を描くのが、物語が、そんな創作が好きとなれば避けては通れない夢だ。



「あぁー、うん、確かに言ったけどさ…」


「やめときな」



間髪入れず食い気味で言ったタクミ、先程から早送りされている会話。アップテンポだったのがまた一気に飛んで出た。



「マワルってさ、結構頑固じゃん。こうなった時炎上待ったなしだし、マワルもどちらかというと

 ハピエン厨だろ?同じ結果になってほしくないんだよ。」



頭の中でとある色褪せた幼い思い出が弾けた。好きな漫画が嫌いになった瞬間…、悲劇が大嫌いで、確かにタクミの言うとおりハッピーエンドが好きな俺。故意的に登場人物を不幸にさせるなんてもっての他だし、それをみて喜ぶ下世話な読者や視聴者は大嫌いだっだ。感情移入のし過ぎだと言われたことがあるけど、俺にとってはこれくらいが丁度いいと思う。




「はぁ、?何?ハピエン厨って、それって個人の考え方の話だろ…。

 お前は逆に自分で作った物語が間違いだとおもうのか??」



「いやっ、そ、…そう言うわけではないんだけど、」



苦笑いをして,眉間に皺を寄せ目線を逸らした。




「読者から望まれない物語は必要ないんだ…」




まるっきりその逸らされた瞳は。タクミ自身が自分の人生と否定される物語を重ね合わせ、幸せになることを周りから拒まれていることを受け入れようとしているかの様に感じた。  


人は等しくみんな幸せであるべきだ。家族を失ってから、ずっとずっと遅いけど、それで他築いた揺るぎのない俺自身の信念。作者は、もし自身の作品を慕う者が望めば自分の物語を一層ハードに、より辛いものにするべきだ、と。そんなバカな話があってたまるか。俺は顔を顰めた。




「え、なになに?これ? 

 これだけを言いたかったの?俺に?、」



「、うん。」


「他には?」


「特に、何も。」




思わず、意気地のない親友の無様な姿苛立って立ち上がる。



「自殺未遂者が人の夢を否定しようと思って、

 わざわざ俺をここまで呼んだのか」



「ッ、僕は善意で言ったんだ!

 気をつけろって、、、…」




引き止める声なんぞ聞こえないかの様に、俺は病室を出た。せっかく見舞いに来てやったのに。蝉は泣き止んでいた、独特な土の匂いがする…。確かに俺は、夏の空の様に若干頑固なのかもしれない。






登ってきた坂道を下る中、謝ればよかったとどこか不安と後悔が残る。汗で目が染みたので、額を拭ってはスマホを取り出してタクミが書いたライトノベルの題名をエゴサーチにかける。




「なるほどなぁ…」




あるのはハッピーエンドの杜撰さを指摘する言葉や、噛んで味がなくなったガムのように使い古される、ifルートと称して繰り出されるバッドエンドの妄想であった。


考える分には別に構いやしないが、なぜ押し付ける形になるのだろうか?悲惨に殺されて、バッドエンド軸ならこうなってたとされる主人公の血まみれのイラストが流れてきた。あくまで妄想と範囲内。


画面から目を逸らして、保育園のお散歩を横目に調べない方がよかったなと思う。わざわざ苦手分野に突き進向け必要はなかった。軽く吐き気を催したので熱中症を疑い、そそくさと自宅に戻ることにした。

 




おかえりと言う声はなく、母は妹が死んだ時点で離婚したので、月一で会ってはいるがあんまり関心は向かない。どんな悲しいことがあったとしても絶え間なく、ただ文字打ちに励む小説家の父は変わらず部屋にこもっていた。



俺の身内はみんなして篭りがちらしい。そして何故だか心身ともに疲れたから、冷房の効いた畳の自部屋に…一旦は皆と同じように篭ることにした。



電気をつけることを忘れ、昼を長引かせようとする日光が空を赤く染めていく。心配でただ見舞いに行った友達から自分の夢を否定され、ネットや社会の汚いところを見るハメになるなんて思わなかった。



ペラペラという紙が捲られる音を聞いてハッとした。机の上に置かれていたのは、終盤のページを黒塗りにされた漫画。大好きだったが続きを読むことをためらい続けた漫画だった。こんなところにおいたっけな、。本当にいつの間にだった。最終巻は買ってあるものの、怖くて読めていない。




「…自分さながら怖いな…」




過去の物。幼い頃に、馬鹿なほどに泣きじゃくって黒く塗りつぶしたのは最終巻の一つ前の間であった。黒く塗られて、ところどころインクが滲んで破けている。今思えば非常にくだらない、子供のわがままで、それこそタクミのライトノベル読者と同じ様な感じ…、いや、俺は幸福を願ったから俺の方がまだ善良であるが、故に幼さの感じられる純粋無垢な発狂だったんだろう。




本棚から、埃被ったそのエンディングの描かれた漫画を手に取る…昔はもっと重く大きかったが、今見ると遥かにちっぽけだ。どことなく突然沸いた好奇心と、歳を重ねた安心感が身を押していた。ページはひどく軽い一枚。それが影響して焦燥が沸いた。ねちっこく空に止まっていた火が落ちて部屋は黒く染まり始め…ついにページを…


 ゴトン ッ、


鈍い振動に最終巻を捲る手を思わず止める。父の書斎の方で何か倒れる音がした…。父は昔から食が細く体調が悪くなりやすかった。昔こそ元気だったが、母と妹が死んでからその頻度は高まり、最近は暑さにやられていたので看病は欠かせなかった…けれど、いつもはなにかあればすぐ自分を呼んでいたはずだから、不審な物音にマワルは耳を疑った。




「父さんー?平気?、俺帰ってきてるか… 」




大きくそう呼びかける。文字を打つパソコンの音が聞こえないから、異様に言えば静まり返っていて。何かあったとしか思えない空間で、俺の呼吸と時計の秒針が時間を刻むが響く音だけが響いているのだった。耳をすませば、鼓動も感じることができるほどに。この家は引っ越してきてからずっと、廊下のフローリングがよく軋んでホラー映画みたいな音を出す。これが怖くて夜は歩けずにいた。




「父さん?」




夕を乗り越えた夜空で、ひどく腐った匂いが辺りを埋めた。天井にはちぎれたコードが垂れて、床には人間が倒れていた。まるでスポットライトが当たっているかのように、その様子をありありと俺の目が写し込んでいる。

 

死亡原因は縊死だろう。事実、人は首を絞められたら死んでしまう。縊死というのは首やその周りの骨を折られることによって死に至るらしい。ぱっと見、窒息死にも見えるが、結局はどれが最初かによるのだろう?側からじゃ判断がつかない。…そう、どのように踏ん張ってどのように椅子を蹴るか。勢いをつけるか。いつもいつもはじめが肝心だったりする。終わりを始める時だって。




「は、はあ?」




マワルは即座に駆け寄ることができなかった。いつから遺体が放置されていたかはわからないが、夏の暑さで異臭は増し、冷房のついていない部屋で無論冷えることもなかった。密閉されていたとしても、なぜそれほどの匂いに気づかなかったのだろう。物音はコードが重さに耐えきれず切れたことが原因らしい。


朝?昼?、それとももっと前?ひどく焦って、異臭が目に染みて、悲しくて泣く前に生理的な涙を流した




「 ッ ぉえ ぇ゛、 」




体内のものが逆流してくる酸っぱいものに耐えきれずその場で吐瀉物をこぼした。過呼吸と耳鳴りが体を包む。気色の悪いとか言って目を逸らした、。傍観者、俺は傍観者だった?知っていた?いや、知らなかった、そんなこと想像もしたことなかった。いつの間に?いつ?、俺は朝学校へ出る時、父親に行ってきますと挨拶をしたっけ、朝のおはようは?、心はここにあらず、ホラー映画でも見てる気分だった。


乾ききった背筋に伝っているのは、暑さではなくただの冷や汗で、体を白くじんわり冷たくする。目の前の肉の塊のように。汚物と血液が、畳の上に無理やり捩じ込んだフローリングに滲み出ている。膝に力が入らなくて、そのまま崩れ落ちた。手に持っていた最終巻が転げて、賢く聡明だった父の頭に当たった。


転がって開いたページ。串刺しにされた主人公の顔

と目が合った。




「っひ、」




思わず廊下の壁まで後退りしてしまう。

そう、マワルが大好きだった漫画、子供から大人に愛されるその漫画の内容は、ひどいバッドエンドだった。


妹を殺されたところから急展開へと歩みを進め、我を忘れた主人公は狂いきって敵も、味方も、何もかも関係なく、虐殺。最終的に法的に捌かれ、魔女が如く竹槍で刺されて死ぬ。そして、物語は綺麗に幕を閉じる。





「そんなっ、だって、…希望あったじゃん、?、

 なんで、なんで死んで、」





ぐしゃぐしゃになった顔を拭い、漫画に駆け寄る。膝に汚物が付いて滑り、父の遺体に倒れ込んでしまった。うつ伏せになっていた顔が宙を仰ぐ。


舌を出して、だらしなく。もう機能することのない目、鼻、口、耳、手。死んだ者の瞳を間近で見るのは初めてだった、なんせ母も妹も目は閉じていたものだから。目を合わせてたら呪われると思って、憎まれると思って、慌てて全てから逸らすように漫画を手に取る。


一ページ目から描かれていたのは、主人公が惨殺していく描写、それから捕まり、なんの抵抗もなく縛られて刺されるまでが、それはそれは丁重に描かれていた。




「ッ こんなのちがう!!!!」




否定しようもしかし、これら全ては俺に定められた運命でありかけがえのない事実であった。手放すこともなく、できず、どうしょうもない事実。変えようのない悲劇。バッドエンドへ近づくだけの、酷く脆い悲劇なのである。




「 ッ,うぅぅゔ …」



唸り、顔を隠してその場に蹲った 。







同じ音,同じデジャヴであった.もしかしたら昨日をやり直したのかもしれなくて,そう思いたくて、片手に漫画本を携え道を辿った。日付が回り、朝日が昇る。まだ暗がり、さっぱりとした朝になりたての空を見た。逆に訪れることが確定している夕焼けの存在が嫌でたまらなくて、悪夢を影に感じ、今は空にでもいる様な気分だった。

 


「あれ、マワル。」



病室には,意外にもケロッとしたタクミがいた.どうにも、ムカつく顔をしている。俺を嘲笑っている。…勿論そんな訳はなく、俺はもう、家族に近づきたくて憎悪で固まった幽霊で、死人だから生きてる人みんなムカついて見えるだけ。実際には、少し眉を下げて心配そうな顔をしているからあきっと俺はひどい顔をしているのだろう




「 …お前平気か?、なんか顔色悪いぞ。」




八つ当たるものがないから、朝特有のカラッとした空気を多く吸い込んだ。深呼吸しては、ベット隣の椅子に座った。昨日と同じである。




「あ、わかった!!、お前度胸試しに最終巻読んだんだろ。」




予想外の推測が飛んできた.彼は自分が好きだった漫画の最終巻が思うような展開じゃなくて自分の様に憔悴しているのだと思ったらしい。意外にも的を当ててきたことに驚き、下唇を噛む。




「お前なあ、だから言ったらだろ?、、

 決まったエンディングを飲み込めないなら,俺の読者と同価値になるぞ 」



「…え」



返す言葉がなかった。見下していた存在と、俺は一緒。確かに,決まったことを飲み込めないのは酷く哀れな事である。


思わず声が出た。しかし、違うのだ。俺にとっては違かった。妹を奪われた主人公の様に、家族を奪われた俺の様に。理不尽かつ異様に不幸なそれらも必然で拒む事の許されない運命なのだろうか?




「図星かよ、やっぱりお前漫画家向いてねえよ。」




流暢に、少し苦笑いながら言い放つ。



「違う、」


「違くないだろ、何があったか知らないけどさ、

 気持ちはわからなくはないけど…」




何となくタクミが、こいつが周りと馴染めない理由がわかった気がする。




「違うッッ!!!! 

 お前みたいな意気地無しに

 分かられてたまるかよ、!!」



場面表現が足りない空間、病室にただこだまする声。思い切り立ち上がったせいで軽いパイプ椅子は転げ落ちた。起き上がっていたタクミを押し倒し、俺は重鎮なくそう叫んだ。


“ただ言い間違いを訂正しようとした”




「違う,!!何もかもが違うんだ!!

 なぜ人は他人の幸福を望めない?

 何で、物語の中でも他人の不幸を願うんだ!? 」



「ッ マワル!!! 」




「その末路が俺だろ!!!、幸せを憎んで,

 不幸を望み、そんな輩でお前は傷ついた

 、そうだよな?


 俺達の運命は何なんだ!?

 俺はモブか?

 俺はどうでもいいと見放される存在なのか?、    

 なあ、なんでなんだよ!!!! 」



「ッ ぃ″、しっかりしろマワル!!

       なんなんだよっ、つ」




俺はただ力任せに、タクミの首に指を回した。タクミは手を伸ばしナースコールを押そうとすると、折れた足の痛みと震えが走ってどうしようもなかった。


折れろ、折れろ、死んでしまえ。誰かが自分の運命をぐちゃぐちゃにした気がして、ならば自分も誰かをぐちゃぐちゃにしてしまってもいい気がした。そんな許しが自分の中でこだましていたのだ。自分の中からはもう無謀な願いしか吐き出せず、殺意やなんやらを初めて鵜呑みにした。



タクミから聞いたことのない呼吸音が聞こえる。父もこの様に苦しんだのだろうか?手首を掻きむしってくるから、血が滲み、彼の指には俺の皮と血が食い込んだ。


幼い夏の日、庭でホースを使って遊んだ時にホース口を縮めたら、素早く、普段よりも強くホース口から水が飛び出た。人間の喉を締めると、それと同じ感覚を感じた。血液と酸素が生きようと踠いている。激しく暴れる意志を鼓舞する心臓が波打つ。




「 ッ ぁあ ゛ 」




俺はひどく残忍な笑みを浮かべていることだろう。モブではなくて、今、心の淵に悪役が世界を知ろうとしている。なんだ、不幸を編み出すことはこんなにも簡単なんだって、実感する。




「 ははっ、はっ、……? 」



ふと、カイワの瞳に俺と、その背後に、見知らぬ誰かが映った。その姿,切羽詰まり死にかけているとしても、日本人らしい親友の黒い瞳の中にくっきりと写り、土壇場でも逆に美しく光った。


太陽の様に。そう、まさに太陽の様に。


オレンジ色の髪が靡くのを鮮明に見た。ひどく美しく、それは女神のようで。



時が止まった様な気がした、白い手が伸びてくる。、俺と言う死体よりずっと冷ややかで、背筋に鳥肌が立つのを感じて。思えば正気へ連れ戻す。


ハッとし、長旅に出ていた我は帰り慌てて手を離した。かの女神はいない。耳鳴りが響く,締められていたのは相手の首と、自分の理性だったらしい。あのオレンジ色の光は何なのだろうか?俺の理性はオレンジ色なのだろうか、。




濁流になった焦りに歯止めは効かず,落ち着きを取り戻すことはできなかった。白く冷たい病室はさらに冷え、咳き込んでは人を呼ぼうとするたった今殺そうとした、元親友である被害者から逃げなくては。と言う思考がただただ走った。後ろを向いて,振り返らずに走った。




坂を駆け下り、駆けて、駆けて。今頃院内ではどんな騒ぎになっているのだろうか?親友が自分を殺そうときてきました。殺人未遂の犯人が逃亡中です。



俺は何もない背後に、今にもドラマでしか見たことのないようなスーツ姿のおっさん達が並びこちらへ銃口を向けているのではないかと言う感覚に陥る。


脳裏にくっきり浮かぶのは、口刺しにされて二度と動くことのない、俺を鼓舞してくれたり、剣を振るって敵を切ることのないあの主人公だった。俺もあの様に背から口へ串を刺されてしまうのだろうか?何度もパニックになった。漫画の結末や、家族の死。それらの積み重ねもあるが、その前に自分の行ったこと、そして、行おうとしていた時の得体知れぬ自分への畏怖の影響が非常に大きかった。




…ちょっと待った。逃げるよりも状況を説明した方が身のためなのでは?あの時自分は家庭内のことで疲れ切っており、混乱した結果親友を殺めようとしてしまったのです。なんだこりゃ、こんな説明を誰が聞くって言うんだ?いや、違うな。殺めようとしたではなく喧嘩になってカッとなり、と言えばどうにかなる。



頭がおかしくなったふりをすればいい。あいつ自ら炎上し、結局耐えきれず死のうとして得た傷より何倍も痛いんだ。こっちは。そう。何倍も…。


今だけは,悲劇の主人公になりたい。そう、成り切ろう。そうすればきっと、誰もが赦しを与えてくれる。そう思い振り返っては病院に戻ろうと決意し


 


「なぁ〜んで殺してくれなかったのかなぁ、」



「うわぁ ッッッ!!! 」




突然目の前に現れたのはまんまるの瞳であった。驚きのあまりそう叫び、ふらついては尻餅をついた。



「な、なに? 」


俺は目を瞬き、目の前にいる相手を見ようとした。



「何もこうも,

 君、親友と言えるボクを

  殺そうとしていたじゃん。」



スーツを着こなした相手は、まるで全てを見通したかのような瞳を俺に向けてきた。湿った空気が自身の情けなさを突き刺してくる。



「た、タクミ?」



夕立は霊がよく現れると言うが、生霊もその対象に入るのは初耳だ。、、一体全体、いつ降ったのだろうか?、




初めまして。


処女作にして早くも絶作となりそうな此方をご観覧していただき誠に有難う御座います。


タイトルも仮で、とりあえずの二つ目投稿になります。

スマホのメモアプリでちまちま書いていたものを放出予定ですが、投稿は推敲出来次第になるためいつになるかなどは不明です。誤字脱字も酷いかと思われます。それでも、もし先が気になる、なんて方は沢山急かしていただければと思います。何卒よろしくお願い致します。

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