と、いうことがあった
「……と、いうことがあったんです」
「いや、全然わからん。もう一度説明してくれ」
罪斗罰高等学校、柔道場――の外。廊下。罪斗罰高等学校は過去に柔道で輝かしい成績を残したこともあり、柔道場なる金のかかった設備がある。合儀肺助と真壁動太はその中身の様子をちらちらと見つつ、ぼやぼやと話し込んでいた。別にこの廊下は隅というわけではないのだが、どうにも汗臭い場所であった。
「え、もう一度……?」肺助の顔に困惑が広がり、それを見て動太は笑った。
「嘘だ。正直、お前達の話は、おれからすると理解したくもないのかもしれないな」
「そう、ですか……」
「だが、そういうものだろう。お前達だって、ほら、あれを見ろ」
動太は柔道場の中を指した。組み合った二人の生徒のうち一人が、えいやと見事に相手を投げて見せる。
「今の技、なんという?」
「全然わかりません」
「だろう? そういうものなんだ」
わかったような、わからないような、肺助は唇をへの字に曲げるばかり。
「とにかく、おれはお前が元気そうでよかった」ばん、と動太は肺助の背中を叩いた。
「それはまあ、おかげさまで。聞きましたよ、銀杏の木の精霊が阿賀谷戸先輩を助けてくれたって」
「さあな。おれは銀杏の木の精霊じゃないからわからない。だが、あの女狐めが弱っていたからな。からかってやりたくなったんだろう」
動太は鼻を鳴らした。それをしばしじっと見つめていた肺助は、意を決して言葉を発す。
「それから、真壁さん。ごめんなさい」
そして、肺助は頭を下げた。突然の行動に、動太は思わず目を丸くした。
「いきなりどうした? おれは別にお前に頭を下げられる理由なんてないはずだ」
「いえ、真壁さんの告白、うまくいくように頑張りたかったんですが……」
その言葉に、動太はつい笑ってしまった。
「馬鹿かお前は! そんなこと、どうでもいい。本人にも言ってやったが、あれは大した女ではない。いや、おれ向きではない、とでもいうべきか。とにかく、おれの運命の相手は別にいたようだ。出会ってもいないから、誰かはわからんが。お前こそ、いい女がいたらおれに紹介しろ」
「あ、はあ、もしもいたら……」
肺助も、彼の笑いにつられるように顔を上げた。
「でもなあ、そんなことより今はスピーチの練習をしているんだ。折角だから会場中の客を泣かせてやりたいと思っている。どうだろう、最近は参考のために演劇をよく見るんだが、壇上だけでなく、会場を広く使ったスピーチというのも面白くはないか?」
「それは……よくわからないです。練習だったら付き合いますよ」
「馬鹿いえ、お前がいたら意味がない……まあいいか。とにかく楽しみにしていろ。バスタオルが必要になるぞ」
なんのことやらさっぱりわからなかったが、肺助は浅く頷いておいた。
「それで、最近見ない気がする阿賀谷戸先輩はどうしているんだ? 先輩も元気じゃないと、おれのスピーチの意味がないんだが」
「阿賀谷戸先輩なら、今は……」肺助が丁度言いかけたその時であった。
「真壁、休憩長いぞ!」
と、柔道場からそんな声が聞こえてくる。動太は短くしかし大声で、押忍、と返した。その声量に少し驚いている肺助を、動太はにやにやと見つめる。
「ま、いいか。その話は今度聞く。ところで、なんだが」
「はい?」肺助は首を傾げた。
「さっきからずっと敬語っぽいし、いい加減おれのことは相棒とは呼んでくれないのか? まさか、あの時の話、お前が忘れているだなんてことも無いだろう」
さっきまでの自信たっぷりな様子が一転、どこか寂しげな表情を浮かべて真壁動太は言う。それがおかしくて、肺助は微笑した。
「大丈夫だよ。じゃあ、おれはもう帰る。柔道と恋愛、頑張れよ、相棒!」




