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呪術恋愛戦線 山奥に隠れていた陰キャ呪術師の俺が都会から来た陰陽師美少女に狙われる異能バトルラブコメ  作者: 杉林重工
四章 燃えろ、羅生門

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呪獄ハーレム法案、可決

 

『これが、お前の戦いの果てに至る場所、呪獄ハーレム法案だ』


 合儀家の居間、そのテーブルの上に舞い込んだ一枚の銀杏の葉は肺助にそう言った。


「呪獄、ハーレム法案?」


『そうだ。一か月前に阿賀谷戸天森正統陰陽師政府が制定した新法律により、貴重な呪術を保護するために制定された法律だ。お前は指定重要呪術師に認定された。そのため、なんかいい感じに身近な子女をいくらでも娶ってオッケーだ』


「そんな馬鹿な話が……」


「ちょっと、肺助さん、どうしたの?」


 その時、命香が肺助の右腕に自身の体を絡めて気を引いてくる。さっきまで洗い物をしていたからか、ちょっと洗剤の匂い。同時に、もうどうしようもないぐらいに柔らかな感触が肺助の半身を包んだ。過去にも何度か似たようなシチュエーションは遭遇してきたが、もう二人は結婚しているためその大胆さや密着具合はその比ではない。


(だって胸擦りつけてきてんじゃん! 終わりだよ! 終わり! 解散解散!)


 当然、肺助はそれを突き飛ばすことなど到底できない。


(やわらか~い)


『諦めろ、合儀肺助』


「あー! 本物の抜け駆けだ! いけ好かない奴!」


 ノツルが肺助の左腕に素早く抱き着き、それどころかぐりぐりと頭頂を肺助の肩口に押し付けてくる。肺助の胸に押し寄せてくるは、ずっと幼いころから知り合ってきた彼女の親愛の印ともとれるその行動に対する、ある種の感慨であった。


 ――もしかしたら、おれ達はもっと早くこうなっていてもよかったのかもしれない。


 思い出すのは、中学最後の卒業式の日。気づけば家が同じ方向の二人は並んで帰っていた。そして、何の気なしにあの時は、家にまっすぐ帰らずに、雑談ばっかりして、遠回りだけをし続けていたっけ――もしかしたら、ノツルは、肺助からの『何か』を待っていたのかもしれない。


『諦めろ、合儀肺助』


「ちょっと、肺助はみんなのものって決めたじゃん!」


(結婚すると、和留さんは肺助って呼ぶんだ)


 合儀和留が肺助の背中から抱き着いてくる。当然ながら背中にはっきりと押し付けられる双丘の感覚に、心拍数の上昇を感じる。


「……ねー、あたしのことだけ見て」


 肺助の耳元で和留が囁く。この世の終わりである。つまり、合儀肺助がひたすらに守ってきた理性という枠で守ってきた世界の、である。


「お出かけ中止でよくない? 命香」


「え? それって……」命香が顔を赤くして肺助を見上げる。その瞳はとろんと潤んでいた。


「そんな、昨日だってあんなにしたのに、今から?」ノツルが驚いて見せるが、それ以上の反応はない。むしろ、更に肺助に抱きつく力を強くする。


「もう、肺助ってやっぱりちょろいなー、でもそこが」


 その先は、肺助の首元に唇を埋めて囁かれたので、小さな振動となって肺助の体を内側から穿つ。ぴちゃぴちゃと、肺助の皮膚と和留の唇、舌、前歯が音を立てる。


 恐るべき光景であった。右腕を命香に、左腕をノツルに、そして首を背後に和留にとられ、それぞれの方向にきりきりと引っ張られる。


(痛い、痛いが……これは……!)


『諦めろ、合儀肺助』


 再三聞こえる銀杏の葉の声。肺助はずっと天井を見上げながら、しかして次のように言った。


「……前から思ってたんだけどさ」


 そういう彼の声は冷え切っている。


「おれはやっぱり、諦めたくない」


『なんだって?』銀杏の葉っぱは首を傾げた。そのように肺助は感じた。


「確かに、おれは誰かを助けることを、止められないと思う。それで、その度なんかの後悔を重ねるんだと思う」


『そうだ。お前はそういうやつだ。だから、その後悔に慣れろ。諦めるんだ。お前の人生はそういうものだと受け入れろ! 諦め続けるんだ。人生とは、そういうものだ』


 銀杏の葉っぱは声を荒げた。


『うまくいくと思うなよ』


『――呪われているんだ、お前は!』


 対して、肺助は静かに言う。


「最初はそう思った。相棒の言うことももっともだって! 阿賀谷戸先輩と戦った後も! ぶっちゃけ呪いで結婚ってありだと思わなくもなかったし!」

「ノツルのことだって! 本当はもっといい解決方法があったんじゃないかって、そう思う!」

「それに、夜風さんのことだって、なんだったら何も解決してないし、終わってもいない! それなのに、こんな『終わり』なんてあるか!」


 肺助の手の中に、錫杖がある。


「おれは、結局逃げてばっかりだ。そのまま阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドに、守るだなんて名目で逃げただけだ。ちゃんと向き合わないといけない」


 深呼吸。体が、否、意識が再起動するのを感じる。


「おれは、ちゃんと呪術師になる。守るなんて、大層なことはもう言わない。あれはその場で流されて出た、出まかせ、まやかし……いいや、嘘だ」


 意識が世界を正しく認識する。体が蘇る。


「おれは呪術師になる。この先、おれが何も諦めなくていいように。だから、こんな結末は、いらない!」


(それに、相棒はそんな意味で諦めろ、なんて言ったんじゃない)


 りゃん、と真黒な空間に、錫杖の音が響く。合儀肺助は右手で帝釈天の手印を結び、再び深呼吸する。周囲の空気を吸い、自身の内功と一体化させる。そして、左手に持った錫杖をまた打ち鳴らした。


「『貪』を」


「『瞋』を」


「『癡』を」


「禁じる」


 がしゃん、と鳴り響く錫杖の音に、宇宙は脆くも崩れ去った。


 ――パン!


 肺助の両手の間に、刃があった。その切っ先は彼の眉間に振れるか触れないか。だが、確かに肺助はそれを、見事な白刃取りで受けていた。この刃は、匕首である。


 そして、その匕首でもって肺助の命を狙うのはほかでもなく阿賀谷戸天森だった。カラフルな毒液をまき散らした天森の顔が、驚愕に歪んでいく。


「馬鹿な……究極の甘美なる毒で身を滅ぼす、わが手配の中でも最強の式神だぞ……」


 そうして、宇宙の向こうから現れた少年を見、独り言つ。二人の足元には、中身を失ったスーツだけが落ちている。なんという名前か忘れたが、あの宇宙を思わせる異空間を蝶の翅のように広げて惑わした毒の主は消え去っていた。


「本当に、親子揃って、あんたらの呪術はいい夢見させてくれるよな!」


 肺助はえい、と両手をひねって天森を投げ飛ばす。ついで、白刃は足元を転がった。


「馬鹿な……それでも、あの毒は……」


 天森は驚きの表情を崩さない。対して、命香はやれやれと息を吐いた。


「肺助さんが、そう簡単に物事をはっきりと決められるような正確じゃないのはわかり切っているじゃないですか。優柔不断なんですよ。一回どころか三回も、自分に都合がいい出来事に巻き込まれたくせして、結局何もしないんです。できないんです。人がいいなんて甘い愚かな肺助さんに、最後の大事な決断が下せるわけがない」


「元も子もないこと言わないでください先輩」


「……だから、もっと逃げられないように、一人じゃなくてみんなで、徹底的に囲めば……余計な声が聞こえない、そんな風に……」


「そんなことで、わたしの式が破られるだと!」ついに怒りの表情を浮かべて、天森は立ち上がる。だが、もう趨勢は決まっていた。どんなに威勢良く立ち上がろうと、その足元はふらふらと定まらない。そんな彼に、他に何ができるだろうか。


「お父さん、そもそもですが。肺助さんは、この平安京を脅かし、追放された呪禁師の末裔。それがもう一度平安京に現れたらどんな効果を及ぼすかなんてもう、誰にもわからない。違う?」


 命香は幾分ましになった顔色で言う。ばかな、と口をぱくぱくさせて天森は腰を抜かした。そんな彼に向かい、肺助は錫杖の石突を押し当て、遊環の根元を叩き、がらん、と鳴らした。


「阿賀谷戸天森の、夢を禁ず」


 すでに、この阿賀谷戸天森が、否、阿賀谷戸家が千年近くにわたって築いてきた呪いの都は崩壊していた。火の手は留まるところを知らず、雷鳴もまた然り。遠くではついに、大内裏からも爆発音が轟いた。


 ――その時、阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドも、その主も、終わりの時が来たのだと、誰もが理解した。



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