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35話 「持てる者、持たざる者」

 翌日の夕方。俺達は夜久がいる神社へ行くことになった。彼は身寄りが無いため、心優しい神主さんに引き取られている。

 そこで夜久は境内の掃除や家の手伝いをしていくうちに、村の一員として認められた。よそ者だった彼は今では立派な住民だ。

 そんな経緯を思い返していると、噂の夜久が境内の掃除をしているところだった。


「久しぶりだな、夜久」


「吉様……! お久しぶりです。皆さんお揃いでどうかされたのですか? それに噂のエンジュ様まで」


「お前もエンジュのことを知ってるのか?」


「もちろんです! 村では美人であの御三家の方達に認められていると持ちきりなんですから」


 そう言って夜久は年相応に微笑む。黒髪のショートボブに、丸みを帯びた黒い瞳。黒の着流しと優しい性格から村の座敷わらしと言われるほどの純粋で純情な少年だ。


「えぇ、私って凄いんだから」

「自分で言うなよ……」


 俺とエンジュのやり取りに夜久が笑っていると、父さんが間に入ってきた。


「夜久くん。おさむさんはいるかな? 君の大事な話をしたくて」


「はい、いらっしゃいます。その……僕の大事な話とは?」


「……。立ち話もなんだし、座ってゆっくり話そう。君の人生に関わる大事な話だからね」


「分かりました。お部屋にご案内いたします」


 丁寧に一礼をし、夜久は俺達を床の間へ案内する。神社と部屋の敷地は広く、小さな村である京魚村でも御三家の次に大きい。


「少々お待ちください。神主をお呼びしますので」


 そう言われて数分経つと、神主こと坂木修(さかきおさむ)さんが紫の着物を着て俺達の前に現れた。七十代でありながら身体を壊すことは滅多に無く、ある時は神主として。ある時は長く村に携わる身として知恵を授けてくれる。


「お待たせしてしまい申し訳ありません。夜久が案内役をしてくれたようで。かしこまることはありません。ゆっくりお話しましょう」


「よろしくお願いします」


 俺とエンジュと両親、四人揃って挨拶する。かしこまらなくてもいいと言われたが、念の為正座をして向き合うことにした。


「……それで、僕の大事な話というのは何でしょう。人生に大きく関わることだと、じん様が」


「あぁ、その話なんだけど……」


「――夜久。春野の養子にならないか?」


「……え?」


「今すぐにとは言わないけどさ。その……俺、春野の次期当主を降りるって決めたんだ。高校を卒業したらエンジュ(こいつ)と一緒に二人暮しして、働きながら生きていこうと思ってる」


「そ、そんな、吉様が……!? 跡取りは貴方しかいないのに!? それを、それを僕に次期当主の代わりになれと貴方は言うのですか……!?」


「……あぁ、それを承知で俺はお前に提案してるんだ。お前は賢くて、周りのことを良く見てる。元が村の外の人間でも、戸籍が無くたって関係無い。お前が必要なんだ」


「そんな、ことは……」


 夜久は目を逸らし、うつむく。十二歳という幼子には重すぎる役目だ。それをどうにかしろと言う俺がどうかしてる。


「その……吉様。僕はこのお話には賛成出来ません。僕は、今まで何も持たなかった人間です。戸籍も……居場所も無く、自我も薄かった。人じゃないものが見えて、オマケによそ者で。

 今では立場は変わりましたが、僕にはこの責任は大きすぎる。……それに、当主の座を引き継がなかったとしても、貴方には幸せになって欲しいんです。だって、貴方は僕に幸せを与えてくれた。初めて人の温もりと言うものを教えてくれた。

 僕は思うのです。貴方が道行く先に、溢れんばかりの幸福が訪れて欲しいのだと」


 夜久は胸元に両手をあてて、それはもう嬉しそうに微笑んだ。


「エンジュ様と幸せになってください。僕は貴方が道を外さない限りは、貴方の背を見送ります」


 なんて優しい子なのだろう。なんて清らかな子なのだろう。俺はこの子にどれほどの理不尽を押し付けようとした――!


「夜久……。……ごめん、俺が悪かった……。勝手に俺の意見を押し付けて、お前のことなんて少しも考えてなかった……!」


「そんなことはございません。吉様の弟になるのは嬉しいのですが、やっぱり僕には出来ないので。

 一緒に駆け落ち出来るほどの人が見つかって良かったです。心の底から、貴方に祝福と幸福が成就するよう祈っております」


 正直言って泣きそうだった。泣くのをこらえるので精一杯で、痛いほど伝わってくる夜久の優しさが眩しい。

 それは右目の視力を失った時、あの冬の寒さを溶かしてくれそうな暖かさで、彼は微笑むのだ。


「……。話はついたみたいだね。修さん、そういう話だったんです。突然押しかけて申し訳ありませんでした」


 父さんが頭を下げる。続けて母さんも「申し訳ないです」と言って頭を下げる。

 俺は、どれだけこの人達に支えられたのだろう。


「構いませんよ。話を聞いた時は驚きましたが、そういうことなら受け入れます。

 私達には貴方達の未来を祈ることしか出来ませんが、どうか良き報せが来るよう願っています」


「ありがとう、ございます……」


 かくして夜久との件は終わりを告げた。彼はこれからも神社の手伝いをしながら神主さんとの生活を続けていく。神社の後を継ぐことも考えているのだそうだ。


 そして、俺に別れと新たな門出が訪れようとしていた――。

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