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34話 「母親の愛」

よし、エンジュさん、待ってたよ。春野家当主として僕が話をしよう」


 待ち構えていたのは当然父さんだった。口調の穏やかさはあるものの、当主として威厳を放ちながら俺達を迎え入れる。


「その……受け入れてくれたのか? エンジュとか、夜久やくのこととか」


「あぁ。驚きはしたけど、最低限会話をする上で僕と母さんはこの話を受け入れたよ。特にエンジュさんに至っては本来月代家……隆司たかしさんに報告しなければならない。でも、僕は月代に口外しないと判断した。たとえ彼らに敵と見なされてもね」


「それは……どうして?」


 エンジュが恐る恐る父さんに問いかける。すると父さんは微笑んで


「どうしても何も、君は僕達家族の一員だ。娘同然の君を、危険にさらす訳にはいかないから」


「そんな、そんなの、ズルいわ……」


 エンジュは声を震わせてうつむいた。歯を食いしばり、喉の奥から出てくる言葉を抑えて、両目からほろほろと涙を流す。


「テオも、ヨシも、ジンも、皆……皆ズルいわ」


 怒りや悲しみからでは無く、エンジュの顔は綻んでいた。その事実に俺と父さんは安堵して、張り詰めていた空気が和らぐことが出来た。


「そうよ、エンジュちゃん。人って案外ズルいものなの」


 母さんがエンジュの隣にやって来て、彼女の頭を優しく撫でる。柔らかな笑みは女神そのもので、母でもあり姉のようでもあるこの人は、どんな空気も安らかにしてくれる。


「それで……夜久のことだけど」


「うん。夜久くんを養子にするという話だね。元々彼は村の外の人間だけど、今じゃ彼も京魚きょうぎょ村の一員だ。

 吉。再三言うけど、この意味が分かっているね? 君は他人の人生を強制的に変えてしまうことになる。本人が断ればこの話は終わりになるけど、承諾してしまえば彼は戸籍上僕らの子供になるんだ。

 僕はどちらかと言うと否定側だけど、僕は彼の意見を尊重したい。それが前提としての絶対条件だ」


「……そんなことくらい分かってる。俺は選択肢の一つとして提案した。これは軽い気持ちで言ったわけじゃないし、俺の代わりなんていくらでもいるだろ。夜久が養子になってくれれば春野は安泰なんだから」


「……吉、それだけは母さん許せない。言っちゃいけない」


「母さん?」


「あなたの代わりなんていない。私の息子は吉だけだもの。あなたは父さんを見て育ってきた。私達が仕事で忙しくて家を留守にしている時でさえ、何も否定せずに引き受けて家のことをして。学校や進路のこともちゃんと考えて……母さん、こんな誇りに思う息子なんていないの。

 だから、冗談でも二度とそんなこと言わないで」


「母さん……」


「父さんも言ってたけど、エンジュちゃんは私達の娘同然で、吉も私達のたった一人の息子なの。私はあなた達と頻繁には会えないけれど、愛情は変わらないから。

 私も父さんも、あなた達のことが大好きよ。これだけは胸に刻んで。忘れないで」


「……うん、忘れない」


「えぇ、ありがとう。ミサキ」


 空気が安らかに、穏やかになっていく。母さんは俺とエンジュを抱きしめて、頭を撫でてくれた。

 母さんは時に姉のように、母親そのものとして俺達を受け入れてくれる。それがいつまでも変わらないのが、俺達の救いでもあった。

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