33話 「死んだ後の話」
その瞬間、空気が凍り付いた。いくら温厚な両親でもこれには耐えられなかったらしい。何秒か何分かして、口から言葉を発したのは母さんだ。
「え、エンジュちゃん、それって本当? 最近見たテレビの真似かしら。あっ! それとも映画の影響とか? いや~、最近の子は感受性豊かねぇ……はは」
「ミサキ、この話は本当よ。私は吸血鬼の純血でも最後の生き残り。あなた達がいない間に私のせいでマコトやタカシに狙われて、ヨシの足に怪我を負わせてしまった。……ごめんなさい。この首は差し出せられないけれど、ジンとミサキが言うのならこの村を去るわ。そして、ヨシとは二度と会わないようにする」
「そこまで言わないけど……ねぇ。父さんどうするの?」
「……少し母さんと考える時間をくれないか。僕達は別の部屋に行くから、君達もことの重大さと責任を考えるように」
「分かった。謝って済むことじゃないだろうけど……ごめん、父さん、母さん」
頭を下げると、両親は文字通り何とも言えない表情で居間を去っていく。いくつになっても両親には頭が上がらない。昔はワガママばかりだったし、今となっては二人の同意を得ても女の子と同棲してるなんて、本心の彼らは心配しているだろう。
「ごめんなさい、ヨシ。私のせいであなたに迷惑をかけてしまって。……私が人間なら良かったのに」
「謝る必要なんて無い。それに、願ったって今更だろ? 俺はエンジュがどっちにしたって好きなんだ。エンジュ、お前がいてくれるだけで俺の心は幸せなんだよ」
「……。――えぇ、私もあなたがいてくれるだけで嬉しい。だからせいぜい寿命を使い切って欲しいわ」
「あー……努力する。死なんていつ来るか分からないし」
曇った笑顔をした俺を見て、エンジュは真面目な顔で聞いてきた。
「ヨシ、あなたは死についてどう思う?」
「うーん、そうだな……。俺の死生観としては、天国も地獄も無いと思ってる。死んだら何も無い海の世界が広がっていて、永遠の眠りにつく。そんな感じかな。俺が見てきた世界は何も無い、見えない世界が多くて。今だって右目の視力が戻って欲しいって思うくらい」
「……海の世界、ね」
「そういうエンジュはどうなんだ?」
「私は地獄に落ちるタイプの吸血鬼だもの。だって、多くの人間を復讐のためだけに殺し尽くした。神様なんてものが許してくれるはずが無いわ」
「俺が許すよ。お前の命が尽きた時には、俺が迎えに行くから。それか……そうだな。エンジュとなら地獄にいても苦しくないや」
「ヨシ……。えぇ、ありがとう。私が命尽きるのは遅くなるけれど、その時はぜひ迎えに来てね」
少しだけ心が安らかになるような空気が流れていく。死が怖いのは百も承知だが、エンジュのためなら地獄に行こうが彼女を天国に引き上げようが関係ない気がしてきた。
「吉、エンジュちゃん。話があるんだけど……」
そう言って俺達の前に現れたのは母さんだった。俺達二人をどんな顔で見ていいのか分からない、と言った表情で。
「あぁ、こことは別の部屋で話すんだろ? いいよ、この際腹割ってちゃんと話すから」
「……そうね。母さん、ちょっと心配しすぎてるみたい」
母さんは困ったように笑う。いいや、実際困っているんだろう。
俺達は今とは違う部屋へ向かう。それはこれから訪れる人生の分岐点を表しているみたいだ。




