女達の意地
「今、なんと……?」
「アシュリーがお好きでしょう? 私の不在時に妻の振りをするのですもの。愛人になって彼を奪うくらいの悪どさや度胸はお持ちなのだと思っておりましたわ」
「いったいどうしてそのような……」
「妻である私がキャサリン様より上の立場なのはご存知のはずでしょう?」
「貴方はまさか私を、平民と変わらぬ立場になさるおつもりですか?」
――キャサリン様の声が震えている。きっと怒りを必死に抑えているのね。
「あら、最初に愛人になりたいと言い出したのはキャサリン様だったわ」
――今、どんな悪女顔をしているかしら。鏡があれば覗き込んで確かめたいわね。今の状況はまさにヒロインを苛める悪役そのものだもの。
「シャロット様が現れなければ、私と彼は愛し合っていましたわ」
「お子様のおままごとの時期は過ぎたのよ」
「私がその立場になる事はないとおっしゃるのですか?」
「えぇ、子供の貴方には無理だわ」
思わぬ攻撃的な言葉の応酬にキャサリンは生まれて初めての険悪な表情に変わった。
行儀良く揃えていた両手の甲は血色を失くし、白さを誇るその肌が哀れみを強調させる。
「アシュリーは貴方ではなく、私を選びましたのよ」
「ですが、噂では形だけの関係だと聞いています」
「そんな噂を本気になさるなんて笑い話にもならないわ」
「ですが、アシュリーには他に共にする女性がお有りでしょう?」
「例えるなら共有……かしら? 貴方のお母上と」
シャロットはわざといつも以上にドレスの胸に手を当てて視線を促してみた。
すると、恥じらいより悔しさが伝わって来る。以前にはなかった感情がひしひしと。
唇を噛みながら、そこから赤い涙が溢れるのではないかと思うくらいに。
「アシュリーがどのように私を愛して下さるか、事細かくお教えしましょうか? 第二王子と近々婚姻なさるのだから、知識も必要でしょう?」
キャサリンの目から本物の透明な涙が今にも零れようとしている。
――駄目よ、キャサリン様。貴方は耐えなくてはならないの。泣いてしまうのは幼さの象徴よ。
「彼への想いに縋る貴方だから言っているのよ。好きな殿方の側にいられるのだもの。公爵令嬢の立場も第二王子妃の立場だって失っても構わないでしょう?」
「シャロット様に不快な思いをさせた事、本当に反省しております……」
「貴方の言い訳なんて聞きたくないわ」
――どうしてこうも次から次へと言葉の羅列ができるのかしら。全く私に相応しくて嫌になるわ、笑えてしまう。まぁ、いいわよね。良い仕事ができていると思うから。
応接間と玄関を隔てる扉の向こう、奥のホールで人の話し声と足音が聞こえる。
――さて、そろそろのようだわ……。
揉めている様子はない。冷静な侍女と苛立った来客の構図が目に見えるようだ。
「アシュリーが私を探しに来たようだわ」
「シャロット様……貴方は……」
「ねぇ、ご存知かしら。愛人でもない貴方が彼と秘密の関係になれば、それはただの不貞よ」
「罪に問われても構いません」
「第二王子婚約者、公爵令嬢の言葉とは思えませんわね。全く自分勝手で呆れるわ」
キャサリンの睨む瞳から耐え切れずに頬を伝う一粒の涙。
そこへ、最高の場面で現れた男。
「シャロット」
険しく妻の名を叫ぶ。
「どうなさったの?」
ごく普段通りの声音で彼に微笑んで問い掛けた。場違いなほどに。
彼が眉間に皺を寄せながら息を切らしているのは馬を走らせて来たからのようだ。
王子らしく馬車で来なかったのは慌てていた為だろう。
「ここにいるとサラに聞いて来た」
「私がいなくて寂しかったのね」
アシュリーは他に何も視界に入らないようで、真っ直ぐにシャロットに近づく。
「ここで何をしている?」
陛下の秘密の遊び場でシャロットがくつろいでいるのが気に入らないらしい。
「相手は誰だ」
テーブルを挟んだシャロットの真向かいのソファーにはキャサリンがいるのに全く気づいていない。それどころか、シャロットがそういう相手と密会しているのだと思ったらしい。
「紹介するわ、アシュリー。貴方の愛人候補のキャサリン・ブランドン嬢よ」




