空っぽの宝箱
アシュリーは驚きを隠さない。まるで言われて初めて気づいたかのようだ。
「キティ、どうして君がここに……」
キャサリンは何も発しない。言葉が出ないのだろう、愛する人から透明な生き物扱いされた事に。
「君は明後日がどういう日かわかっているはずだ」
「それは……」
「私がお呼びしたのよ。彼女が貴方の愛人になりたいだなんて話を誰にも知られるわけにはいかないでしょう?」
彼はちらりとキャサリンの方を顔を見ただけで、すぐにシャロットに向き直った。
「そんな事より、何でもなかったのだな?」
――そんな事って……。他の殿方との密会を疑って駆けつける方が意外かもしれないわ。
「どれだけ陛下が私に好意的だと言っても貴方のお父上よ? 考えられないわ」
「だったらどうしてこの別邸だ? 何かあると思うのが普通だろ」
「先ほどまでキャサリン様のお気持ちについて話していたのよ。彼女はアシュリーを愛しておいでなのだもの。そんな泡のような甘い恋心を秘めたままで輿入れさせるのは可哀想だと思わない?」
「もう決まった事だ。それに俺は愛人を作る気はない」
――どうしてかしら、話が上手く噛み合わないわ。まるで彼の頭の中には私と陛下との不貞の構図でもあるような。しかも怒っているのよ。
「日替わりの女達は後腐れないものね」
「君が俺を愛さないからだ」
「王太子の愛人だったのだもの。比べてしまっては申し訳ないじゃない?」
「俺が承知で申し込んだのだ」
「えぇ、そうね。貴方は私でなければ駄目だと言ったわ」
――キャサリン様が泣いているわ。目の前でこんな話だもの、仕方ない。顔を両手で覆っているのは泣き顔を見られたくないから? それともアシュリーを見たくないから? 或いは私への悔しさと怒りを抑えているといったところかしら。キャサリン様との話を無視して、アシュリーの嫉妬のこもった発言も感情に拍車を掛けたようね。
「ねぇ、アシュリー。キャサリン様を愛人になさったら?」
「もう解決済みだと何度言わせるつもりだ。彼女には婚姻の儀が決定している。万一、これを覆せば国の重要事項になるのだぞ」
「まるでキャサリン様は人質ね。政略結婚でもないのに」
「自分で決断したのだ。それに俺は君以外、選択肢にはない」
――これ以上、聞かせるのは酷かしらね。彼もキャサリン様も本音を明かさないのだから。
「そろそろ戻るわ。アシュリーはキャサリン様を公爵邸まで送って差し上げて」
「俺は馬で来たのだぞ」
「乗せれば良いのよ。キャサリン様もきっと喜ぶわよ」
「シャロット、君はいったい……」
「キャサリン様が泣いていらっしゃるわ。そのまま帰すわけにいかないから、しばらくここで優しく宥めて落ち着かせてね」
――私がいては邪魔で話ができないわ。
立ち上がり、座って乱れたドレスの裾を叩いた。そしてホールにいるはずの侍女を呼ぷ。
「帰りましょう。すぐに馬車の用意を」
侍女は全て理解した上で恭しく礼をした。
何も尋ねる事はしない。サラ同様に仕事のできる侍女だ。
「アシュリー、お先に失礼するわ」
二人がこの後どうなり、どうしたいのか、シャロットの知るべきところではない。
――知る必要もないもの。
☆ ☆ ☆
アシュリーが王宮に戻って来たのはその日の夕方。
思ったより早い帰宅だった。シャロットが戻ってから二時間も経過していないのだから。
彼としてはシャロットの目的をすぐに問い詰めようと、キャサリン様を宥めながら送り、馬を走らせたのだろう。
ところが二人が顔を合わせたのは私邸ではなかった。
陛下に呼び出されたのだ。




