沼に自ら足をつけ
この国では国王や王太子の寵愛を得ていたとしても、地位も何もない愛人の座は貴族令嬢や平民でも同じ。それでもなりたがる者が多いのは煌びやかな王宮で暮らし、人々にちやほやされて傅かれたいという願望を持っているからだ。
ジェシカのいる国では側妃となり、産まれた子供にも王位の権利が与えられるのに対し、この国の愛人が側妃となる事はない。唯一の子供への権利以外は完全に日陰の存在だ。
――そんな日陰が嫌だったのではないわ。
立派な王太子妃がいながら、自分がそこに存在するのがたまらなく申し訳なかったのだ。
もしも彼の子を産めば、どんな未来が待っているのか考えるのが怖かった。権力争いだなんてとても恐ろしい事だから。
――いえ、違うわね。本当は一人占めしたかったのかもしれない。彼の心を半分に分けるのではなく、独占したかったのだわ。だって私は誰が見ても嫌な女よ。グレース様からウィルの愛情を横取りし、更にはキャサリン様からアシュリーを奪ったのだから。
「公妾って、そんな制度無いでしょう?」
「だから作りたかったのさ。そうすれば君はずっと僕の側にいる」
――グレース様の聞いている目の前でそんな告白をするなんて無神経だわ。
「シャロット様、公妾制度については私もウィリアムから相談されて賛成していたのよ」
「グレース様がどうして……」
「貴方はウィリアムを愛していたもの。その想いが報われて欲しいと思ったの」
そう言うグレースは辛そうでも傷ついてもいない、いつもの姉のような優しい表情だ。
――不思議だわ。どうしてこんなにも温かいのかしら。
「まぁ、制度ができる前にアシュリーと婚約してしまったから立ち消えになったがね」
「だったら……」
ミーガンの為に再度、考えはしないのかと聞こうとした。なのにウィリアムはシャロットの言い掛けた言葉を察知したのか、その先を言わせようとしない。
「もう、その制度作りはしないよ。君がいないから」
☆ ☆ ☆
ウィリアムの愛人だった当時、シャロットはアシュリーからの婚姻申し入れを受けたばかりだった。
誰もが突然の展開に驚き、妬み蔑みの声が彼女を囲い込んだ。
シャロットは自らをよく知る人間だ、だからそれも当然なのだと覚悟したのだ。
――皆、言っていたわ。
『今度はアシュリー殿下ですって』
『愛人の座に飽きたのかしら』
『だらしない方ね』
『殿下の妃候補はキャサリン様ではなかったの?』
『あの方があの身体で奪ったのだと聞きましたわ』
『王太子殿下の次は第三王子だなんて破廉恥すぎますわ』
『レオン様も彼女に夢中だそうですよ』
『ご覧なさいな。あのキャサリン様の顔』
『相思相愛の二人を引き裂くなんて下劣極まりないですわね』
夜会やお茶会に参加しても耳に入るのは冷ややかな噂話と、取ってつけた愛想笑いの挨拶。
もう怒りや悔しさより笑いが込み上げて可笑しくてたまらなかった。シャロットはとんでもなく酷い女で、まるで悪魔か魔女扱いだったのだ。
――だからどうだと言うの的な感想が私の感覚でしかなかったのは嘘偽りないところよ。だって皆、私を羨ましがっていたのでしょう? 私が傷つきそうな不快な言葉を並べまくりながら歯噛みしていたものね。それでも私、傷ついたりしないわよ? だって逆ですもの。傷つけたのは私の方よ。例え、アシュリーが私を利用したのだとしても。




