その涙は何も映さない
外が騒がしくなってきた。
バタバタと扉の向こうで幾つもの足音が聞こえる。そこにウィリアムが含まれている事は容易に想像できるというもの。
ここは王宮で、この客室が王太子夫妻の私邸内なのだから、本人が姿を見せても不思議ではない。
「何をしている」
怒りではなく、兵を束ねる人間へ静かに状況説明を求めるものだ。
この騒ぎへの指摘もあるのだろうが、どうしてキャサリンを見逃したのかという問いのよう。
――まぁ、そうでしょうね。
警護担当が何人も揃っていながら王宮に侵入させた罪は小さくない。
しかも兵側の失態だけでなく、キャサリンの問題行動が公爵家への更なる罰を与える結果となるのも避けたいところ。
扉の前で立ちつくすグレースは、ウィリアムの声が聞こえようとも決してそこを開けようとはせず、成り行きを見守るのみに徹している。
「キャサリン、どうして君がここにいるのだ」
「あの……シャロット様にどうしてもお詫びをしたくて……」
「詫びだと?」
「は、はい……。私の軽はずみな行動が多大なるご迷惑をお掛けしてしまい、謝罪せねばと……」
「その考えが甘いと申しているのだ」
「申し訳ございません……」
キャサリンの声は徐々に小さくなっていく。
――ウィルのあんな尖った声、初めて聞いたわ。
普段から滅多にウィリアムの怒りを見る事はない。ところが今は静かな叱責が余計にキャサリンを怯ませているようだ。
扉を一枚挟んでいても感じるのだから、どれだけ身を震わせているだろうか。
「ここは我が私邸だぞ。今は第三王子妃であるシャロットが滞在している。無礼にもこのように押し掛けて騒ぎを起こすとは断じて許される振る舞いではない。そなたはどれだけ公爵家に泥を塗り足すつもりか。子供染みた真似もいい加減にしないか」
声を荒らげない、その声が怒りの大きさを表している。
「私……愚かにも過ちの重大さにようやく気づきました。どれだけの罪を重ねたのか考えると恐ろしくて……」
「だからシャロットに喋って自分の罪を軽くしようと思ったのか」
「いえ、そのようなつもりは決して……」
「そなたは過ちと申したぞ。それは言葉通りと受け取るが良いのか」
彼女は本当に子供のまま今に至ったのだとわかる。そうでなければ言葉の重みに気づかないわけがない。
「あ……言葉を間違えてしまいました」
「もう良い、そなたは公爵家へと帰れ。今回の処分については改めて公爵を通じて申し渡す」
キャサリンの沈み泣く声が聞こえる。
ところがウィリアムから宥める声はなく、警護の者に王宮から連れ出すように伝えるのみだ。
シャロットは扉を隔てた室内で想像した。
彼女がすべきなのは泣く事ではなかったはずだ。毅然と公爵令嬢らしく振る舞い、一粒の涙も見せてはいけなかったのに。
心は幼い孤独の乙女、それがキャサリンの罪だと言える。そしてそうさせてしまったシャロットにも同様の罪があるだろう。
「グレース、そこにいるのだろう?」
ウィリアムが軽くノックし、グレースは静かに開けてそれに答えた。
扉の先に立っていた彼の顔にまだ怒りの名残りがあるような気がしたが、部屋に足を踏み入れた途端、その雰囲気は霧散したようだ。
彼の長所は良くも悪くもあっさりしている所かもしれない。
「キャサリンはどうなりますの?」
グレースの隣に座り並ぶ二人を見ていると、改めてお似合いの夫婦だなと実感する。
「白紙にしたいところだが、相手は第二王子だ」
ウィリアムは渋い表情をしている。
「つまり、相手方の耳にも届いているのね?」
「陛下はシャロンがお気に入りだからね」
「そうね。シャロット様の為に公妾制度を作ろうとしていたくらいですもの」
「え、公妾?」
――初めて聞くわ、その話。
「君がまだ僕の元にいた頃、陛下に制度を進言した事があったよ」
「ウィリアムはね、貴方を単なる愛人の座に留めておくつもりなんてなかったのよ」




