悪意なき悪意
一週間後、私邸に戻る事にした。
それを伝えたのはグレースが顔を見せに来た時だ。子供達がいては話せない内容を持ち出したのはシャロットの方からだった。
「いつまでだっていいのよ。アシュリーやキャサリンにも反省して貰わないといけないのだから」
「心遣い、感謝致します。ですが、夫婦仲に亀裂が走ったとの噂がこれ以上広まっては陛下やグレース様にも迷惑を掛けてしまいます」
「陛下は承知の上よ。だからこそ貴方をここに置く事に反対しなかったのだから」
噂の広がり方は風の速さとどのくらい違うのだろうか。
好意的なものならそよぐ程度なのかもしれないが、悪意的なものは強風と言えるはずだ。
今回の場合はウィリアムに未練のあったシャロットがアシュリーとキャサリンの密会をきっかけに邸を出たという流れらしい。
――ありえないわ、全く。
アシュリーとキャサリンの件がどんな噂となっているのかは想像できるが、シャロットが王太子と浮気しようとしているとか、それに怒ったグレースが毎日乗り込んでいるらしいとか、状況が良い方向ではないのは明らかだ。
いつまでも好意に甘えるわけにはいかない。
ミーガンの件で頭を痛めているのだから、義弟夫婦の問題は更に迷惑なはずだ。
「彼がどう思っていようと、私が妃なのはこれからも変わりませんものね」
「アシュリーにとってキャサリンは従妹よ。互いに理性だってあるのは今回の婚約が証明しているでしょうし」
グレースはキャサリンも心配なようだ。
嫌っているのではない、いつまでも夢見る幼子のように大人になりきれないのが可哀想だと感じているのだろう。いい加減に絵本を閉じなさい、と。
「キャサリンがどんなに想っていても叶わない恋よ。もちろん真意はわからない。それでもね、その想いを持ち続けるのは悲しい事だと思うのよ」
叶わない恋であり、叶う事のない恋。
「ねえ、シャロット様。キャサリンの苦しい気持ち、忘れないで」
「グレース様……」
「私は何も聞かないし、知るつもりもない。貴方も苦しいのでしょう?」
グレースは今回の件が単なるアシュリーの気まぐれだとか、キャサリンの我が儘だとは思っていない。
――勘が鋭いから、もしかしたら……。あぁ、私はきっとグレース様に聞いて欲しいのだわ。
「あの……」
打ち明けようとした時だった。
「シャロット様!」
客室の扉の向こうでノックしながら、シャロットの名を呼ぶ声が聞こえる。
「え……?」
二人、顔を見合わせた。
キャサリンは公爵家の人間だ、いくら王弟の家系でも気軽な王宮内への立ち入りは許されていない。そもそも彼女は立ち入りを禁止されたのだから。
公爵家にも何らかの処分が下されるはずだったのだが、その前に公爵自身が王宮への立ち入りを控えると申し出た。そこで処分は当分の間、キャサリンのみとされた。
だから、キャサリンがここに現れるのは可笑しいはずなのだ。
「キャサリン、どうして貴方がいるのかしら?」
グレースはシャロットの代わりに問い掛けた。
「その声は……グレース様、ですか?」
「自分の立場をわかっていらっしゃらないようね」
「あの、どうしてもシャロット様にお話をしたくて。お願いできませんか?」
「それはなりません。事が大きくなる前に帰りなさい」
「お願いします! 私、そんなつもりではなかったのです。アッシュと……アシュリー殿下の側にいたくて、無理矢理押し掛けたのです」
「貴方は本当に子供ね、キャサリン。今は婚約者のいる立場だと自覚なさい。このような事があちらに伝わったら、今後どのような影響が出るかわからないのかしら?」
「私、私、本当に愚かでした。唆されたとはいえ、このような振る舞いをすべきではありませんでした」
扉の向こう側で話すキャサリンの泣きそうな声にグレースとシャロットは顔を見合わせた。
「ミーガンに言われたのです。欲しい物は奪ってでも手に入れろと……」
「ミーガン……ですって?」




