それは遠い記憶
久しぶりの空気。懐かしいというより、居心地が悪い。
きっといつまでも元愛人に拘っていたシャロットの目をミーガンの存在が覚ましてくれたのだろう。
以前ならウィリアムの側にいてもそんな事を感じたりしなかったのだから。
「こうして二人きりでいると、昔を思い出す」
「忘れてしまいました」
「アシュリーとは仲良くしている?」
「殿下のご心配はありがたく存じますわ」
会話が上滑りしていく。
思い出すとしたら愛人になる前の夜会の日だろうか。
あの時は王太子殿下に見惚れられたらしいと気づき、それでも面倒くさくて媚びるのすら嫌で。
他人の噂や視線に振り回されそうになるなんて、なんと愚かな事だと自ら壁を作って距離を取っていた。そんなシャロットに構わず、平気で近づいて最終的に愛人の座にまでさせてしまったのだ。
時が経ち、状況が変化しても今のシャロットはやはりウィリアムとの間に壁を作っている。
会話をしたくないし、面倒だから黙っていたい。ウィリアムではないウィルがここにいるようで妙に嫌な気分だ。
「君に聞きたい事がある」
「何でしょうか」
「どうしてキャサリンがアシュリーの妻のように振る舞っているのだ?」
「あの二人、お似合いでしょう?」
「僕はどういう事だと聞いているのだよ」
「アシュリー本人にお尋ねになればよろしいのでは?」
「あいつと何があった? いや、キャサリンとアシュリーに何があった?」
「存じませんわ。私の預かり知らぬ事ですもの」
「シャロン」
「殿下、私はもう疲れてしまいました。邸に戻らせて頂いて構いませんわね?」
「どうした?」
「どう……というのは?」
「ウィルと愛称で呼ばないのか? どうしてそんなに素っ気ない態度を取る?」
「相応でと申されたのは殿下の方では?」
「それはそうだが」
「殿下、忘れておりました」
「何だ?」
「ミーガンの件、おめでとうございます」
「シャロン……」
「ですが、見損ないましたわ」
大広間から広がる灯りと夜の庭を映し出す灯りの間で、ウィリアムの無表情な顔から感情が読み取れない。
「殿下はグレース様を傷つけたり、悲しませたりなさらない方だと思っておりました。もちろん私がいた頃にそうだったとは申しません。人は客観的立場になると物が良く見えますもの」
「グレースは大事にしている。僕の隣に立つ次期王妃は彼女以外にいない」
「そうですわね」
「覚えているか? 昔、君に言った事がある。二人の子が欲しいと」
「ミーガンは私の代わりだとおっしゃいますの?」
「そうではない、君の代わりにはなれない」
「そうでしょう、でなければ幻滅しているところです」
「我が儘な彼女を見ていると、もう一人の自分がそこにいるような気がするのだ。王太子ではない、自由な何者にも縛られないウィリアムという一人の男が」
「現実逃避なさりたいならお好きになさればいい。ですが、グレース様はどうなるのです? 一人で孤独に耐えていらっしゃるのですよ」
何をしようと王太子だ。誰も何も言わず、できるのは黙って従うのみ。
だから許せない、寄り添うグレースを見ようとしないのが。
「少し言いすぎたようです。今後は王太子殿下に失礼のないように気をつけましょう」
テラスから邸に戻るには大広間を抜ける必要はない。そこから庭に降りる階段を利用して、そのまま庭を突っ切って行けば良い。
「失礼します、王太子殿下」
ドレスの裾を踏まないように気をつけながら降りるのは大変だ。ヒールでほんの少し踏み外しただけでも躓いて転けそうになるのだから。
「あ……っ」
転けそうになったのはそのせいではない。ウィリアムに腕を掴まれたのだ。
「もしも僕がいつか王太子でなくなったら、君は側にいてくれるかい?」
――私の答えは決まっている。だって悪女だもの、そうでなくてはいけないでしょう。
「貴方が王太子でなかったら、私が愛人になる事はなかったでしょう」




