痛みを伴う思い出は
「五年よ。長いような、あっという間な気もするわ」
「王太子妃になる事に不安を感じたりなさいました?」
「もちろんよ。毎日泣きそうだったもの」
シャロットが愛人になったばかりの頃、グレースは第一子のエリスを宿していた。
当時、顔を合わせる機会は少なく、 身体の状態を考えても控えるべきだと思っていたのだ。
それでもどういうわけか、シャロットの住む離れをよく訪れ、他愛ない話をするようになっていった。愛人なのだから顔も見たくないはずなのにと感動したのを覚えている。
「婚姻してからの一日が長くて怖くて、きっと私の神経は一年も持たないと思ったわ。だってウィリアムは次期国王、私は王妃になるのよ」
「どのような気持ちの変化が?」
「一年目は必死に振る舞ったわ。ウィリアムにも国にも尽くさなければとしか考えていなかったから。誰も助けてくれないし、あるべき王太子妃像を作り上げる事以外は他に何も浮かばなかった。とても雁字搦めでつまらない女だったはずよ。ところが二年目のある日、ウィリアムに言われたの」
「何と?」
「僕は椅子にただ座るだけの人形を妃にしたのではないと」
「痛烈ですね」
「腹が立ったわ。私の気持ちを知りもしないで勝手な事を言わないでとね」
「私もそう思いますわ」
「ウィリアムは冷たさと優しさが混在しているわ。冷たく見えても芯は温かいし、優しく見える部分は氷のように冷たい。貴方にもわかるでしょう?」
「えぇ、面倒くさくもありますが」
グレースはシャロットの言葉に笑みを作った。
「本当にね、あの人は」
「それが魅力でもあるのでしょうね」
「ミーガンがね……。ミーガンのお腹に彼の子が宿ったらしいの」
「え?」
「あの頃、シャロット様が愛人だと紹介された時は不思議と嬉しかったのよ。理由なんて何もないわ。貴方がもしもウィリアムの子を宿したら素敵だと思った」
「グレース様、そんなご冗談を」
「あら、本心よ? 本当にそうなったら良いのにと思っていたのだもの」
「グレース様……」
「なのにどうしてミーガンなの? あの子はウィリアムを愛してなどいないわ。そんな子が次期国王の子を宿したのよ」
「ジェシカの時のような事は?」
「残念ながら、それはなさそうね」
「そんな……」
それでも自分を叱咤するように笑うグレースが綺麗で尊く見える。
☆ ☆ ☆
「不思議です」
「何が?」
「ずっとグレース様が姉のように感じられていたのです。私には姉がおりませんから。失礼な事を言って、ご気分を害されたら申し訳ございません」
「あら、何を言っているのよ。嬉しいわ。私も同じように感じていたもの」
グレース様の声はさっきまでの暗い気分を一新させる。まるでそよぐ風だ。
「こんな所にいたのか」
大広間にいたはずの彼がテラスへと出て来た。
――グレース様がいない事に気づいて、探していたのね。
「ウィリアム、招待客の皆様を放ったらかしにしてはいけないわ」
「それは君も同じだろう」
手摺りに手を置いて凭れるシャロットと違い、グレースはどんな時でも姿勢を崩さない。それは今もだ。
「私は中に戻るわ。皆様のお相手をしないと」
そう言いながら大広間へと戻って行くグレースと反対に、シャロットの隣へと歩みを進めるウィリアム。




