解れて溶かして
アシュリーの顔から血の気が消え、頬はひきつり、王子らしからぬ動揺を見せている。
シャロットはその瞬間、全てを悟ってしまった。
――そう、そういう事だったのね。こんな時でも冷静でいられるなんて、さすが悪女で通して来ただけあるわよね。大丈夫、どうという事はない。いつかこんな風に突きつけられる日が来るのはわかっていたもの。
全く衝撃がなかったと言えば嘘になるだろう。それでも心の波は静かなのだ。
「王太子殿下、誤解が少々ございますようですので訂正しても?」
自然な微笑みで、ここ一番の魅力的な王子妃殿下の威厳と姿勢を保ちながら言った。
「視察には本来、私も同行予定だったのです。ところが直前になって体調を崩してしまい、起き上がれなくなってしまいました」
「まぁ、それは大変でしたわね。もう大丈夫ですの? 以前にもお怪我もなさったとか」
第一夫人である王太子妃殿下が心配そうだ。
「お心遣い感謝申し上げます。アシュリーにも休むように言われたのですが、やはり同行者は必要です。不徳の致すところで無念ではございましたが、代理を立てる事にし、その旨を皆様にご連絡するはずでした。アシュリーにも忘れずにお伝えするようにと申しておりましたのに、うっかりしていたのでしょう。ですが、結果的に混乱を招いたのは全て私に責任がございます。本当にご無礼を申し訳ございませんでした」
「そうだったのか、なるほど。こちらの妃殿下は才色兼備なお方だ、とても素晴らしい。アシュリー殿下もそう思うだろう」
「いつも助けられております」
「我々はぜひ今後もおつき合いをお願いしたいと思っている。妃殿下同士も気が合うようだ」
「私もシャロット様と、もっとお話がしたいですわ」
「そう言って頂けて感激ですわ。これからも交流を深めてまいりましょう」
二人とはその後も少し喋り、他の招待客の元へと去って行った。
――もう、じゅうぶんでしょう? なんだか疲れたわ。
「シャロット……」
アシュリーの声のトーンは華やかな場には不似合いね。
「貴方との時間が幸せだったのね。だから婚約を受ける気になったのだわ」
「シャロット、違う。そうではない」
「いいのよ、キャサリン様の近くに行って差し上げたら? 婚約の御披露目はまだなのだもの、お一人で寂しそうにしていらっしゃるわ。声を掛けて励ましたらお喜びになるわよ」
「黙っていてすまなかった。だが違うのだ」
「言えなかったのでしょう?」
アシュリーは悲しそうな、苦しそうな顔をしている。
――私といる時はいつもそうね。愛がないのだもの、仕方ないわ。
「テラスで夜風に当たってから邸に戻るわ。なんだか本当に疲れてしまったの」
「すまない」
「ごめんなさい、一人にして」
☆ ☆ ☆
大広間からテラスに出ると、そこには誰もいない静かな夜の世界が広がっている。
王宮の庭を照らす灯りは星々の輝きを邪魔してはいない。背中に届く大広間を賑わせる声の数々はまるで過去の思い出のようだ。
「どうなさったの、シャロット様?」
今日の主役の一人、グレースはどのような装いも似合う。ウィリアムにどれだけ愛人がいても、王太子妃殿下の座は揺らがない。
「星が綺麗で見惚れていたのです」
「本当ね、今日は特にそのようだわ」
「グレース様、どうなさったのです? 夜風に当たってはお身体が冷えてしまいます」
「それは貴方も同じでしょう?……本当はね、テラスの方に出て行くシャロット様の姿が見えたから来てみたのよ」
手摺りに置いた左手は、アシュリーの腕の感触が残っている。なのに、その手を見つめるシャロットの瞳には何も映らない。




