偽りの平穏
突然だった。公爵家からキャサリンの婚約決定が静かに発表されたのだ。
その人物は他国の第二王子で、真面目な殿方。想い人も愛人らしき女性もいない。決して容姿がどうとか性格に難ありとか、そんな事はないらしい。
ただ少々堅物なのだとか。
そんな王子がキャサリンを見初め、ぜひ妃に迎えたいと使者を通じて公爵家に申し入れたのだが、アシュリーに片想いの彼女はその話を固持していた。
そもそも公爵令嬢と他国の王子が顔を合わす機会は多くない。
――だから驚いたのよ。すると実は、私達がそのきっかけだったらしいわ。
婚姻の儀では他国の王族関係者も招待していた。
招待客の中にその王子もいて、見掛けたキャサリンを国に帰ってからも覚えていたのだろう。
本来が堅物で奥手な性格、文での交流を始めたものの、踏み込んだ関係とはいかなかった。
――それはそうよね。キャサリン様の想いを知っている公爵閣下も強引に話を進めるわけがないもの。それなのに……。
キャサリンが自ら王子の住む国に出向いた事は後になって知った。
王子もこの機会を逃すような愚かさは持っていないはずだ。意外な積極さを見せた彼女を前にして彼も勇気を見せたのだろう。
自分に会いに来た魅力的な令嬢に対して、可能性はゼロではないと踏み出したのだ。
祝賀パーティーから二ヶ月も経っていないというのに、心境の変化にシャロットは驚いた。
アシュリー以外の誰かという事が想像できなかったのだ。
――あれほど一途に想っていたもの。報われなくても縋り続けるキャサリン様を見ているのは辛かったわ。
ただわからないのだ。
どうして自ら会いに行ったのか、彼の申し入れを受ける気になったのは彼女の意思なのか。心中でどんな感情が入り乱れていたのか、推察するのは難しい。
アシュリーも婚約報告を耳にしても特段の感情は見られないようで、寧ろ抑えている気がするのだ。
一方でキャサリンの母親イライザは、娘の婚約をどう受け止めているのだろうか。
☆ ☆ ☆
そんな発表のあった最中、今日は盛大なパーティーが催される。
ウィリアムとグレースの婚姻五周年を祝うのだ。王太子夫妻なのだから当然の祝賀だ。
今回は国内外から招待客が多く集まる。そこにこの国の王太子はウィリアムだと改めて宣言する意味も含まれているのは、地下で牽制し合っている者達へ示す為なのだろう。
――アシュリーも勝手に回りに持ち上げられて、本人はその気もないのに迷惑だと言っているもの。
それでもアシュリーを国王にして恩恵をと考える人間はいて、動きを止めるのは容易い事ではない。
だから今はパーティーが無事に終わってくれる事だけを祈るしかない。
☆ ☆ ☆
「今回はジェシカは来ないのだな」
「彼女の心配なんて珍しいわね」
「皮肉るな。元はウィリアムの愛人だった女だ、この場に現れたら格好の噂の的だろ」
「そうね。来たのは王子と第一夫人よ」
「あの性格だから、どんな時でもへこたれはしないだろうがな」
「子供の存在は女は強くするものなのね」
「寂しいか?」
「何が?」
「本当は気にしているのだろ?」
「きっと私には縁がないのよ」
「そんな事はない」
招待客と挨拶を交わしながら、僅かな雑談の時を楽しむシャロットとアシュリーの視線は大広間中央で注目を集める王太子夫妻の方を向いている。
重要な客とそうでない客の対応の差は、あしらい方を見れば一目瞭然だ。相手に不快な思いをさせない去り方なのはもちろん、尚且つ残り香で魅了していくのだから。
二人の威厳はさすがの次期国王夫妻。シャロットがもしも同じような対応を求められたら、とてもグレースのようにはいかないはずだ。
「アシュリー殿下」
それは視察先だった、あの王太子。妃と共に招待に応じて出席していたのだ。
シャロットにとっては初めての対面だ。端正な顔立ちというよりは隙を見せると食べられてしまいそうな獰猛さを隠して、能天気に振る舞う狡猾な男という印象の方が合っている。
――確かに頭は切れそうね。
「王太子殿下、視察の際の有意義な時間を改めて心よりお礼申し上げます」
「こちらの国に伺ったのは初めてですが、とても穏やかな素晴らしい所で感激致しました」
「ありがとうございます。殿下、紹介が遅れました。こちらにおりますのが、我が妃のシャロットにございます」
「王太子殿下、お初にお目に掛かります。シャロットと申します、どうぞ今後ともお見知り置きを」
丁寧に挨拶すると、王太子殿下はじっと視線を逸らす事なく、食い入るようにシャロットを見つめる。
「アシュリー殿下は魅力的な殿方だが、妃は一人にお決めになった方がよろしいぞ」
「……と申しますと? 我が妃はこちらにおりますシャロット一人にございますが」
「挨拶はなかったが、確か先日視察に同行なさっていた美しい方がお妃だと臣下から聞いていたのだが」




