交錯する感情
結った髪を下ろして寝間着のネグリジェに着替えたら眠気がすっかり襲って来ると思っていたのに、襲って来たのはアシュリーだった。
――疲れた心身の方が好むのかしらね。
「ご立派だったわ」
「舌を噛みそうになったよ。全くもう、あんな仰々しいのはごめんだ」
式典での国王、王妃両陛下へ感謝の意を示す場でも、王宮前の広場に集まった大勢の民へ向けて姿を現した時でも、一年前の婚姻の時のようにアシュリーは堂々と振る舞って見せた。
普段は物にも人にも執着しないような、国の行事ですら淡々とこなす人間なのに、やはりこれが王子なのだと感心するほどに惹きつけられたのだ。
「こんなにもお祝いして頂けるのはすぐに別れるだろうと予測していたからなのかしら」
「さぁね。少なくともウィリアムの時はここまでしなかった」
二人横たわる寝台の側、燭台の蝋燭は灯っていない。
バルコニーへと続く扉は閉めていても、照らす月明かりが心地良くて気分は悪くない。
「陛下の考えはわからないわね」
「というより、権力を手にしたい人間だろ」
「例えば?」
「王弟、とかね」
「ブランドン公爵?」
「まぁ、それはないと思うが。少なくとも王宮の中枢外で不穏な動きはあるようだ」
「どういう事?」
「俺を次期国王に推す派がいる」
「ウィルは王太子よ。彼がいるのに貴方を推す意味は? それにレオン様を差し置いて」
アシュリーがウィリアムの座を狙っているのではなく、地下で目論む人間がいるという事らしい。
「現実的にはウィリアムとレオンが死なない限りはありえない。だが、そんな危険は犯さないはずだ。しかもウィリアムには王子がいる、そこまで手を回すほど愚かな考えを持つ人間はいないさ」
「だったら推す意味なんてないじゃない。貴方がその気なら話は別だとしても」
「まさか。だが、一人いるだろ。考えそうなのが」
「イライザ……?」
「とてつもなく、不愉快な発想だがな」
「公爵と手を組んだ可能性なんてないわよね」
「そう思いたいが、情報も何もない」
「本気で貴方を?」
「キティの母親だぞ。彼女がどういうつもりだとしても迷惑な話だ」
――忘れていたわ。イライザはキャサリン様の母親なのよ。
彼女が幼い頃に別れた公爵とイライザ。
兄と違って真面目一直線、あまりにも真っ直ぐすぎて面白味に欠けると言われる公爵の欠点は唯一それなのかもしれない。そしてイライザは別邸で元公爵夫人のまま、優雅に一人暮らしている。
そんなキャサリンの母親が今はアシュリーの女という。
しかも愛人ではない。彼が足繁く通い、気に掛ける存在なのだ。
本当の関係はわからないし、そこに男女の愛があるのかもアシュリーとシャロットの二人のように誰も知る事はできない。
もしも愛があったとしても、イライザが王宮で暮らす事は決してない。シャロットがウィリアムの愛人として離れで暮らしていたようには。
「貴方を国王にして、彼女は何がしたいの? 目的がわからないわ」
「父上への恨みを晴らしたいのかもしれない」
アシュリーには守りたい人がいて、愛する人がいて、真実と偽りの狭間で揺れる世界がそこにある。
「イライザの魂胆は別としても、君が俺の妻だと知らしめられた。第三王子妃は紛れもなく、君なのだと」
「貴方が私に求婚した時、何と言ったか覚えているかしら」
「もちろん。結婚してくれと」
「俺が君を愛する事はないが、相応しいのは他にいない。そう言ったわ」
「もっと熱烈に言って欲しかったのか?」
「そうでなくて」
――ウィルとの間にあるはずのない波風。それを立てる立場にわざわざ身を置かなくても良いのではなくて? 私を妻にしたのは本来ならウィルに喧嘩を売るやり方よ。それを形にしたのは貴方の言葉を信じたからだわ。当時、私は彼を愛していた。その私が弟アシュリーの妻になったのはウィルと、貴方の大切な人を守る為よ。




