それでも夫婦
二人の私邸に戻ったのは本当に久しぶりだ。
雪山の別荘で過ごし、帰って来てもそのまま離れに滞在して。
懐かしいあの場所はもう自分の居場所ではないのに、どういうわけかそれが相応しいと思わずにいられないような、それでいてアシュリーのいる邸に帰りたいと思ってしまう。
まるで居場所を失くした放浪人のようだった。
怪我で気分が沈んでいたせいなのだろうが、愛人が妃になるだなんて高望みをしてはいけなかったのではとシャロットらしくもない考えを巡らせた。
――そんなの失礼よね。アシュリーにも私自身にも。
キャサリンはアシュリーがシャロットを妃に選んだ事や母親との関係を知って、衝撃と絶望を味わったのではないだろうか。彼にこんなにも拒絶されているのかと。
問答無用で追い返すアシュリーの顔はまるで感情が見えなかった。
現場を目撃される可能性はあったのだし、キャサリンは従妹。今更、取り乱す必要も誤魔化す理由もない。だからこそ堂々としていたのだ。
そして、それがどうした君には関係ないと言わんばかりの態度が月夜を覆い隠す雨雲のようで、シャロットの心は幾らか沈んだ。
――そうよ、キャサリン様には関係ない。きっと私もね。
「もう痛まないのか?」
居間の暖炉ではオレンジ色の炎がパチパチと音を上げている。
これがもしも内なる火なら、アシュリーはもっと強く赤く燃え盛っているだろう。
「元々、そんなに酷くなかったもの。大袈裟すぎるくらいに労って頂いたわ」
「そうか」
アシュリーが離れから邸までシャロットを抱えて戻った時、居間の寒々しさを感じた。
使用人が世話をするとはいえ、彼一人。他に誰もいない部屋はやはり寂しくて、薪の温もりすら失せていた。
杖で歩けるからと拒否しても、こんな時に示すアシュリーの優しさが暖炉の着火剤になれば二人とも少しは温まるのかもしれない、そう思ったのに。
そして居間のソファーにシャロットを下ろし、暖炉の目の前で火の揺らめきをじっと見つめるアシュリーの背中は、心にもない台詞を放った後悔を感じているようだった。
「ごめんなさいね、キャサリン様にあのような言い方をさせてしまって」
「悪いのは勝手な行動をしたキティの方だ」
アシュリーの背中が遠い。夫婦のはずなのに、いつもそこに厚い壁がある気がするのだ。
離れの片づけや後始末は使用人の仕事だ。
侍女のサラは二人の後をついて来ながら、どこか憮然とした表情。
アシュリーの事がどうしても気に入らないらしい。本来が真面目な彼女、どんな指示にも嫌な顔を見せずに対応するのに、アシュリー関連になるといつもこうなのだ。
――王子に対して、それはやはり良くないと思うのよ。
「キャサリン様がかわいそうだわ」
「忘れるなよ、君も俺と共犯なのだ」
「貴方も苦しそうだわ」
「君は俺の妻で、それは今後も変わらない。それが全てだ」
「では、あの女はどうなさるつもり?」
「誰にも手出しさせない。俺一人で何とかするさ」
「せめてウィルには話した方が良いのではないかしら」
「明らかにしろと言うのか? 隠し通すはずの真実を」
シャロットのその言葉に殺気立つ視線。苦しそうな表情だ。
「君は今でもウィリアムを愛している。いや、最近は少し違うな」
「どういう意味?」
「気づいているはずだと思うが」
「今は余計な話はやめて」
「話を反らすのだな。まぁ、いいさ」
どうしてこんな風に互いの感情がすれ違ってしまうのだろうか。
まるでアシュリーとの間に何人もの人間がいて、それぞれを阻んでいるようだ。
決して近づかせない、そんな声がどこからか聞こえて来るような。




