届く距離と届かない想い
取り繕うべき表情も何もかも忘れて、取り乱さずにいられない。今のキャサリンにはシャロットに詰め寄る以外の考えが頭の中に存在しないようだ。
「シャロット様はご存じなのでしょう?」
「今一度、冷静になって頂きたいわ」
「教えて下さい。母はアッシュの愛人なのですか?」
どう答えようかと思案していたところで、レオン様が口を開いた。
それまで座っていた向かい側の椅子から立ち上がってシャロットの後方に回り込み、 まるで騎士だと言わんばかりに。
「失礼だが、キャサリン。弟は第三王子だ。いくら従妹とはいえ、愛称呼びは止めるべきだと思うのだが」
「ですが、レオン殿下。幼き頃より親しくしてまいりました私にとって、アッシュはアッシュに他なりません」
「こちらのシャロットが弟アシュリーの妃なのを承知で申されるのか?」
「シャロット様もウィリアム王太子殿下を愛称で呼んでいらっしゃるではありませんか」
「そういう問題ではない」
「私はアッシュが好きなのです」
「アシュリーは君をそのような対象だと思っているのか?」
「同じ気持ちだったはずです」
「まるで子供だな」
レオンの冷淡な話し方を見るのは初めてかもしれない。弟のアシュリーを軽く見られているようで、気に入らないのだろうか。
「キャサリン様、アシュリーは執務の忙しい身です。邸に行かれたのも、その一貫でしょう」
「そんなはずありません。だってアッシュは朝方早くに母の邸を出て行ったのですもの」
キャサリンの受けた衝撃はかなりのものだったようだ。
令嬢の中の令嬢という、絵に描いた模範のような雰囲気が影を潜め、まるで駄々を捏ねる子供だ。
彼女はまだ知らないのだろう、男と女の当事者にしかわからない絆を。愛だけでは語れない感情も。
「私はアシュリーの妻ですわ。こんな女ですが」
「だったら」
「彼は女の所にいるのだと、私の口から言わせたいのですか?」
「シャロット……」
――レオン様が辛そうな顔で見ているのが空気で伝わるわ。大丈夫、私は打たれ強い女。悪女で名高い女ですもの。
と、そこへ……。
「キティ」
離れの玄関から居間へと続くホールで、憮然と立つのはアシュリー。
彼女をキティと呼ぶのは一人だけだ。という事は、キャサリンがここにいると知っていたのだろう。
「公爵邸に帰れ。君のいるべき場所はここではないはずだ」
「アッシュ、私は……」
「シャロットに何の用があって来たのだ。見舞いなら必要ないぞ、我が邸に連れ帰るから」
「アッシュ、聞いて」
「外で侍女が待っている。一人で王宮に乗り込むとはずいぶん無礼な真似をするようになったものだ」
こんなにもキャサリンに対して怒りを露骨にするとは思わなかった。いつも優しく包むような眼差しなのに。
「俺がそこまで送る。これ以上、アシュリーを怒らせるのは君にも得ではないはずだ」
今にも泣きそうなキャサリン。背中が寂しそうだ。
シャロットの方に一度振り向いて頷き、彼女の肩を支えるようにレオンが静かに出て行く。




