取り違えた赤い糸
ウィリアムに押し切られる形となったのは納得いかない気がする。
だが、そうは言っても王太子。あまりに断って機嫌を損ねてしまうのを良しとしないのは誰もが同じ。
結局、しばらく離れで過ごす事になった。レオンの看病と共に。
――兄の命令でも義妹の為にそこまでするなんて、レオン様には頭が上がらないわ。
『お似合いですわ』
侍女のサラはシャロットとレオンを見て、そんな台詞まで言う。彼も満更でもなさそうなのだから呆れてしまう。
それでも、ここでの療養が効いたのか怪我は日に日に良くなっていく。
もしかしたら心の安寧が治療においての有効的な役割を果たしているのかもしれない。
――おかけで、ずいぶん快方に向かっているもの。杖で歩く時でも支える配慮はとてもありがたくて、これがアシュリーならきっとレオン様のような心遣いは発揮されなかったでしょうね。あぁ、もちろん私の寝間着は着替えているわ。あんな物を着ていたら、ますます馬鹿な女の印象が強くなってしまう。それはさすがに私だって悲しいわ。
この離れに滞在してからというもの、私邸でのアシュリーの様子はシャロットの耳には入って来ない。
サラも、あえて報告しない。寧ろ、今の状況を楽しんでいるようだ。
かと言って、アシュリーもウィリアムほど毎日ではないが、離れを訪れる。そしてシャロットの経過が順調なのを確認すると帰って行くのだ。それ以外は女の所に入り浸りの可能性もあるのだが。
悪女だし、無関心でも不快感でもない。アシュリーに愛されていないのはわかっているし、誰を愛しているのかも知っているつもり。
シャロットにとって今のこの適度な距離の方が楽なのは、何も望まない何も得ようとしないという愛人時代に唯一得た逃げ道だからだ。
――そうでなければいけないもの。悪女だって疲れるのよ。
☆ ☆ ☆
寝台から起きられるようになった。杖がなくても動けるこの時をどれほど待ち望んだだろうか。
それでもサラを始め、レオンやウィリアム達はシャロットを離れに縛りつけようとする。
ここ数日も居間の暖炉の側の椅子で、患部が冷えないようにブランケットを掛けて貰って寛ぐ事が多くなった。
その向かい側ではレオンが難しそうな本を読んでいる。
「ねぇ、レオン様。もうずいぶん良くなりましたし、そろそろ戻ろうかと思いますの」
すると、本に向けていた視線をシャロットに移して言う。
「このままでいたい、もしも俺がそう言ったら貴方は迷惑ですか?」
「レオン様?」
ウィリアムとアシュリーが女を泣かす甘い顔立ちなら、レオンは端正な男らしさと誠実さで女を蕩けさせるのではないだろうか。
だからこんな言葉を囁かれたら、つい心が持って行かれそうになるのだ。もしもアシュリーの妻でなければ。
「もしも……」
レオンが言葉を発しようとした時だった。
大きな音を立てて誰かが離れの室内に入り込み、それが使用人を介していないのは止める声があまりにも慌てふためいているから。
――誰……? 一応、ウィルの愛人宅なのよ。今は私が借りているものの、レオン様もいらっしゃるのだから失礼な態度は取らないで頂きたいわ。
「シャロット様!」
ドタバタとした足音は貴族令嬢のそれらしからぬ乱暴さ。
「え、キャサリン様?」
突然現れたその顔は令嬢というより、冷静さを失った哀れな一人の女。
普段の姿や行動とは相反する、そこから怒りと混乱が滲み出たような態度だ。
「どういう事ですの、シャロット様」
「キャサリン様、どうなさったの?」
侍女のサラが後ろからも慌ててキャサリンを止めに入るが、聞く耳を持たないようで彼女の意識はシャロットのみに向けられている。
「何をおっしゃっているのか、すっかりわかりかねます。落ち着いて頂けませんかしら」
「どうして私の母の邸から、アッシュが出て来るのですか?」




